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*tales of…*
shelter you(ユーリ×エステル)
 気付いたらいなくなっていた。はぐれてしまった。と言うのもこの人通りの多さでは当然と言えば当然で、仕方がないと言えば仕方がない。おそらく宿屋にでもいるのだろうと思いつつ、しかしあえてそこに足を向けることはしない。まだ買い出しの途中ではあるし、散歩も兼ねているので一旦戻ってまた出かけるのは無駄足になる。
 それに。彼女はおっとりとしてはいるがあれで剣の腕もなかなかのもの。それほど心配するものでもあるまい。
 だけど、ユーリの足はその歩みの速さを徐々に落としていく。脳裏に過ぎるのはあの時の寂しそうな表情。ちくりとまた、胸に不快感を覚える。ため息と共に目を閉じ、開けた時には不快感を振り払っていた。
 ――とにかく今は買い出しだ、買い出し。
 無理矢理そう納得させ歩く速度を速めてはみたものの、その想いは今はここにいない少女のもとへと馳せていた。

【shelter you】

「エステル?」
「あ……、えと、……すみません」
 腕のあたりに突如感じた柔らかな感触に、不思議に思って声をかけると、そんな戸惑った謝罪が帰ってきた。“すみません”なんて全く理由になっていないが、どういうつもりなのか小さな両手はユーリの腕をしっかりと掴んで離さない。その表情はおろおろと不安そのもので、エメラルドブルーの瞳は落ち着かなく辺りを見回している。
「もしかして……はぐれるのが嫌なのか?」
 なんとなく言ってみただけだったが、ぎくりとした感触が腕に伝わってきた。どうやら図星のようらしい。
 確かに人の多い街ではある。それも地元の人間に加えて旅人、傭兵といった様々な人の姿もあるのは、さすがに闘技場都市といったところか。空を仰げば結界魔導器の白い光輪に加えて他の街では普段見られない花火の色鮮やかさが破裂音と共に確認出来る。“毎日がお祭り騒ぎ”とはよく言ったものだ。もっともその人通りの多さというのは、闘技場というイベント施設の存在だけに限らず、それを利用した客引きをしている露天商の活気にも相まっているのだろう。
 とはいっても――。
「あのさ」
「はい」
「そんなにくっつかれちゃ歩きづらいんだが」
「え、あ、そ……そうですよね!……ごめんなさい……」
 自分が何をしていたのかを自覚したエステルの顔が真っ赤に染まり、おずおずと手を離す。人混みの中、半ばしがみつくような形でがっちりと掴んでいた両手が離れて動きやすくはなったものの、その分潮風が直に腕をなでて余計に肌寒く感じた。
 エステルはユーリのすぐ後ろを付いてきている。ユーリは人混みをすり抜けて目当ての物を買うための店へと歩いていく。不意にユーリとエステルの間を何人かの人が横切っていった。そうすると二人の距離は離れてしまう。エステルが困惑の表情を浮かべて必死に追いつこうとしているのにユーリは背後の気配が変わったことで気付いた。後ろを向き少し歩いて、手を伸ばす。
「あっ?!」
 エステルの白い手袋の手首を掴み、自身の側へと引き寄せる。言わなければならないことを言うためだった。
「エステル。多分このままじゃいつかはぐれちまう」
「はい」
「だから、はぐれたら宿屋に集合だ。いいか?」
 その時だった。
 自分を見上げる端正な顔が、表情を無くしてぴしりと固まった。まるで何を言われたのか分からないと言う顔。
「エステル?」
 何か自分がおかしいことでも言ったのかと不穏に思い名を呼ぶと、エステルの表情が瞬時に変わった。
「あ、はい。宿屋ですね、わかりました」
 そう言って微笑んだエステルの顔は、何とも淋しそうな表情だった。
 思わず胸にちくりと何か妙な感じが過ぎる。それが何かは分からないが、何となく不快なものを覚えた。
 ――なんだってんだ……。

 それから、何度か離れては追いつき、追いついては離れ、という状態が続き、そのうちにずっと背後にあったエステルの気配が消えていた。
 ――エステル?
 少しその場に立ち止まる。ユーリのすぐ後ろにいた人間が急に立ち止まった彼に迷惑そうな視線を寄越して脇を通り過ぎていった。それにも構わず辺りを見渡す。
 忙しく動き回る人間。声。世界。その中でただ一人ユーリだけが動かないでいる。
 視線を巡らせ少女を探す。
 どこにも桃色の頭と白い法衣は見つからなかった。
 ――宿屋にでもいるだろ。
 早々に見切りを付け、再び歩き出す。
 人混みの中をひたすらすり抜け、切り抜け、目当ての物を買いに目当ての店へ。ユーリの足は止まることはない。動いている世界。動いている自分。耳に入ってくるのはザワザワと、人混みという世界の音。ただ“ザワザワ”という擬音で聴こえるだけで、一字一句を聞き取ることは出来ない。
 それが何故か、ユーリには酷く耳障りに感じる。
 ザワザワ。
 ザワザワ――。
 その音に比例するように胸の中が落ち着かなくざわつく。
 どこにもエステルの姿はなかった――。

 あまり人の事は言えないが、よく一人でふらふらといなくなる少女だと思った。彼女の立場や自分達の境遇を考えるとあまり目立つ行動は差し控えたかったのだが、それでも彼女はふらりと消えた。
 ただそれは、視界に入ったあらゆる物の為に他ならない。彼女の視線の先には普段見られない彼女の興味を引くなにかがあったり、治癒を必要としている怪我を抱えた誰かであったり、彼女が向かった先ではいつもいつでも何らかの目的があった。
 つまり、彼女はふらりと消えても、進んではぐれたくて消えていたのでは一切ないということ。はぐれるのに慣れるだとか、それが平気だという保証は決してない。
 少女の華奢な両手が自分の腕を強く掴んでいた感触を思い出す。
 はぐれた後のことを告げた後に淋しそうに笑った表情を思い出す。
 ――はぐれるなんて慣れてるだろ。あいつの居た所は馬鹿みたいに広い“城”だったんだから。
 だから、広い場所で一人になるという孤独の本当の辛さを知っているのかもしれない。
 ――それでも誰かが居てあいつの場所ぐらい把握してたはずだ。なんたって“お姫様”なんだから。
 だからこそ、姫君という立場のものに周りの人間が親しく接するとは思えない。
 それは孤独。かつて孤独であった少女は、今もきっと、この人混みの中の孤独の中で一体何を思っているのだろう――。
「何してんだ、オレは……っ」
 ついに走り出す。踵を返し、闘技場内の宿屋へ。今歩いてきた道を急いで戻ってゆく。人混みをすり抜け足をひたすら前へ前へ。動き続ける世界の中、探し求めた少女の元へ。

 案の定、宿屋に戻るとそこの受付から少し離れた壁に背を預けて佇んでいる白い法衣の姿があった。人混みの中で散々探した少女がそこにいた。
 その顔は無表情で、ぼうっと人の波を見つめている。なんとなく声をかけるのを躊躇われて、ユーリは彼女から少し離れたところで立ち尽くしてしまう。まるで切り取られた世界の中にいるみたいだと思った。しばらくそうして見つめていると、少女の桃色の頭が動き、こちらを向いた。
「ユーリ」
 さして嬉しそうな様子もなく、待たされたことで怒ったような様子もなく、少女はそう言った。その事に対してまた、胸にちくりと不快感を感じた。
「悪かった」
 不意にそんな言葉が口を突いて出た。
「随分待たせた。ほんと、すまねぇ……」
 何故だか分からない。だけど口から出てくるのは、そんな謝罪の言葉ばかり。
 いや、ようやく理解出来た。自分はずっとエステルに謝りたかった。胸を占める不快感はすなわち罪悪感。ずっと望んでいた。それを伝えることを、ずっと望んでいたのだ。
「いいえ」
 エステルはあくまで“普通に”答える。
「全然待っていませんよ?大丈夫です」
 そう言って笑った表情の裏に隠されたものは、決して小さく軽いものではないはず。なんだかいたたまれなくなって、自然と手が伸び、エステルの桃色の頭をポンと叩いた。
「……そっか」
 今はまだ、爆発させることはしないでおこうと思う。彼女は恐らく感情を押さえ込んでいるのだと分かるし、それはきっと強固でユーリなどには壊せない。だから留まるよりも進むを選ぶ。
「行くか?」
「えっ?行くってどこへです?買い出しならもう終わったんじゃ……」
「散歩、だよ。行かねえのか?」
「い……行きますっ」
 そう言ってにっこりと笑った顔は、紛れもなく笑顔。そこには何の淋しさも感じられない。今はそれでいい。
「はぐれるのが嫌なら――」
 恐らく彼女はきょとんとこちらを見上げているはずだ。
「……しっかり捕まってな」
 自分の言ったことが酷く柄にもなくて、その綺麗過ぎる瞳を直視することは出来ないが。
「は、はい」
 声色に少し、嬉しさが混じっているのは分かる。それから、おずおずと伸びてくる白い手袋の右手。それがさ迷うより早く、ユーリの黒の手袋の左手がしっかりと掴んだ。
「え、え……っ?」
「そうじゃなかったから……捕まえといてやるよ」
 気恥ずかしくて仕方がない。エステルの目など見れる訳がない。握りしめた小さな手。あまりにも柔らかく温かい手。今きっと、自分の顔はみっともなく赤いに違いない。
 だけど、この手の感触も温もりも、逆にエステルに伝わっている自分のそれも、証明だ。一人にさせない為の。孤独を感じさせない為の。彼女以外の誰かが彼女のそばにいるという何よりの、それは証明だ。
 だから、気恥ずかしくても柄にもなくても、ユーリはエステルの手をしっかりと握ってやった。
 そっぽ向いた先には空がある。歩くと風を感じた。それはエステルの髪も同じように撫でていて、透き通った空よりも綺麗な瞳は同じように闘技場都市の空を映していて。
「ユーリ」
「ん?」
 ただエステルの方を見ずとも一つだけ確実に分かるのは――。
「……ありがとうございます」
 きっと寂しいではなく嬉しいで笑っているんだろうな、ということだった。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 ほんとに柄にもなくて……ユーリには申し訳ないことしたな、という気持ちでいっぱいです(え)。
 でも、あの人混みの中で、はぐれるかもというスリルを味わいつつも誰かのどこかに捕まって安心していられる気持ちは幸せな時間だと思うんです。


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あきゅろす。
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