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*tales of…*
falling apart(幼少ユーリ&幼少フレン)
 いきなり腕を掴まれ、制止させられた。それを即座に振りほどく。ぎっと睨みつけてくる碧い眼があった。
「ユーリっ!本気なのか?!」
 ユーリも眦の上がった目をさらにつり上げ、碧眼を睨んだ。
「当たり前だろ。冗談でこんなことするかよ?」
「頼むから冗談だと言ってくれ!結界の外に出るなんて……馬鹿げてる!」
「馬鹿でも何でもいいから行くんだよ!」
 ユーリの手には一振りの剣があった。およそ子どもが持つには不似合いな、代物。真剣。安くてどこでも手に入りそうな……とは言っても、その刃に触れると斬れる、本物の剣だった。それを小さな手でぎゅっと握りしめ、切実な思いを込めユーリは訴えかける。
「誰かが行かないでどうすんだよ!待ってたら騎士団や貴族サマが薬をくれるってのか?んなわけねーだろ!採りに行くしかねーじゃねえか!」
「だからって何もきみが……いや、きみだと無理だ。結界の外だぞ?ちゃんと考えろよ、ユーリ!」
「ちゃんと考えた結果がこれなんだよ!もう放っとけ、オレのことは!」
 そう吐き捨て、結界の外へと迷いのない足取りで歩いてゆく。本気だった。誰に何を言われようと。もとより、決めたことを曲げる気などユーリにはない。曲げるつもりなら決意してなどいない。
「ユーリっ!!」
 悲痛な叫びがユーリの肩を掴んでなんとか引き戻そうとするのを感じながら、それでも無視という形で抗い歩を進める。
「ああ、もうっ!!」
 苛立った声に続く、こちらへと駆けてくる足音。ユーリの口元が自然と笑みを象る。こうなるだろうことはわかっていた。だからユーリはこの親友が好きだった。自分一人だった心に、親友の存在が加わりずっしり重たい剣さえも軽くなったかのように思える。
 しかしその後、親友に対してユーリは謝っても謝りきれない気持ちを噛みしめることになることを全く知る由もないまま、隣りを歩く仏頂面の少年に向けて、
「サンキュ、フレン」
 そう呟いた。

【falling apart】

 渋い緑の小さな葉っぱの集まりを、千切ってはポケットに詰め込み、という作業を延々と繰り返す。やがて、ユーリとフレンのズボンのポケットはその草でパンパンに張り詰めた。
 結界を超えて五キロメートルほど歩いたところでの採掘だった。とりとめて珍しい部類の植物でもなかった為、群植している場所は子どもながらに分かっていた。つまり、どこにでも見かける葉っぱ。それが五キロも足をのばす羽目になったのは、近場のものはすでに、大人達によって採掘しつくされていたからだ。それでもまだ足りない。帝都下町の流行病は深刻になりつつある。ユーリのような年端もゆかない少年が、結界の外に薬草を採りにいくなどという決意を強いられるほど。
 幸い、驚異になるような魔物にはまだ遭遇していない。出逢ったのは“プチプリ”という葉に似た触手を振り回す小型の魔物だけ。それもユーリやフレンで撃退せしめている。
 あるいは、その事が彼らにとっての不運であったのかもしれない。簡単に倒せたことへの物足りなさが、少年特有の、“もっと、もっと”を誘発してしまったことが。
「もう充分だろう。そろそろ戻ろうユーリ」
 そう言ったフレンの目は常に周囲を警戒している。その彼に、ユーリは短く“そだな”と返す。薬になる葉っぱを採りにいく、という当座の目的は果たしたものの、ユーリの胸中はどこか物足りなかった。
 結界の外など、そうそう出られるものではない。その希有さが、住み慣れた下町へ帰ることに少しの勿体なさを感じさせていた。
 二人無言で歩を進める。
 胸が疼く。
 手が疼く。
 足取りが知らず重くなる。
 その手の中にある一振りの剣。大人からしてみれば何でもない安物の剣。しかしそれは、ユーリとフレンにとっては特別な剣である。二人の決意の固まりである、二人の剣。二人で一つの、唯一の剣。
 それが、ユーリには戦いたがっているように思えて仕方がない!
「……なぁ、フレン」
「ダメだ」
「な……っ!まだ何も言ってねーだろが!」
「どうせ、寄り道したい、とか言うんだろ」
「う………」
「ダ、メ、だ。まだ帝都まではかなり遠い。こんなところでもし魔物に襲われて動けなくなったりでもしたら、助けを呼ぶことだって出来ないんだぞ?」
「……わかってるよ」
 フレンはいつだって正しい。だからこそ、ユーリはもう何も言えなかった。ユーリにだって分かっているのだ。改めて言われなくとも、そのくらい。だけど、それだけではどうしても抑えられない。正論と衝動は相容れない。それでいて、衝動は正論にも成りうる。
 足が重い。帰りたくない。何か寄り道をする為の口実はないか。もはや何の為に結界の外に出たのか、そもそもの理由さえも忘れてしまっていた。
 ただただ、無言で歩く。辺りは平原というより草地と呼んだ方が良いくらいの丈の長い草が目立ってきた。
「結界が見えた。もうすぐ帝都だ」
 ふいにフレンが口を開いた。
 ずっと自分の靴を見ながら歩いていたユーリは、その声にのろのろと顔を上げる。その紫紺色の瞳に、帝都ザーフィアスの結界魔導器の白い輪環が映る。
 ――帰ってきた……。
 ひどく辟易しながら段々と大きくなってゆく結界をぼんやりと見ていると、その視界の端に何かが過ぎった。
「ユーリ?」
「あの魔物だよ。ちょっと行ってくる」
「わざわざ倒さなくてもいいんじゃないか?こっちに気付いてないみたいだし……」
「気晴らしだよ。すぐ終わる」
 ちょこちょこと歩く魔物の死角から忍び寄り気合いと共に刃を一閃させる。プチプリの触手が吹き飛ぶ。悲鳴らしき金切り声を発しながら逃げていく様が何とも小気味良くて、ユーリは更に追いすがろうと地面を蹴る。
「ユーリっっ!!!」
 フレンの悲鳴にも似た叫びが聴こえたのがその時だった。
「……っ!!?」
 “何に”なんて思う暇もない。一体今までどこにいたのか。何故気付かなかったのか。
 青みがかった猪のような魔物がそこにいた。
 見た。合ってしまった。“魔物と目を合わせて”しまった。
「え……あ……」
 動けない。動けるはずがない。プチプリなどとは比べ物にならないほどの体躯。威圧。狂気。肉を噛み千切ることに特化した、ズラリと並んだ牙――。魔物と目を合わせてしまった瞬間に標的はユーリに決定してしまった。
 逃げないと、死ぬ。だけど、足が動かない。ユーリをいたぶる様にゆっくりと彼我の距離まで詰めてきた魔物が、今正に飛びかからんとしたその瞬間――。
「こっちだ!こっちに来い!!」
 そんな声と共に飛んできた小石が、魔物の横っ腹にぶつかった。
 ユーリと魔物が同時にフレンを見た。
 フレンが猪に似た魔物を睨み付けていた。手にした拳ほどの石は反撃に使うつもりなのか、しかしそれは限りなく丸腰。
「僕が、相手だ……っ!」
 親友は、ユーリを救う為に必死で去勢を張りながら、足はがたがたと震えていた――。
 ――あいつ……!!
 じり、と蹄で地面を擦ってから魔物は新たな肉を喰う為にその距離を一気に詰めようと走り出す。
「馬鹿フレン!!何で剣を――」
 使わないんだ、と言おうとして言葉を飲み込んだ。
 剣は、今は、“自分が持っている”。
 全身の肌がぞわりと粟立った。
「――っっ!!!」
 何かをしようにも、何もかも、間に合わない。
 金髪の少年の体が、宙を舞った。それから、まるでゴム鞠のように地面に一度大きくバウンドして、動かなくなった。
「フレーーンっっ!!!」
 急いで駆け寄り、ぐったりとした少年を抱き起こしてからユーリは息を飲んだ。
 出血がひどい。頭のどこかから次から次へと血が溢れ出て、金髪と顔の半分を真っ赤に濡らしていた。それでも少年は懸命に目を開け、“逃げろ”とかすれた声で呟く。
 完全に頭が真っ白になった。
 何をどうしていいのか分からない。自分は一体何をしている?何故こんなことになっている?何故、フレンは血まみれなのだ?
 手の中の剣が、硬く冷たかった。その事に言いようのない恐怖を感じた。
「うわぁぁああ!!!」
 絶叫が響き渡る。そんな声を嘲笑うかのように魔物が迫る。フレンを抱きしめたまま、重たい剣を振り回した。
「この野郎ぉお!!」
 わずかにかする。が、何の傷も与えられない。剣が効かない。魔物はぎろりとユーリを睨み、その石のような蹄で地を蹴ると、跳んだ。顎を開く。剣山の牙が並んでいた。
「う、あ……っ!」
 衝撃と激痛を想像した瞬間。魔物はユーリとフレンの脇へと倒れ込んだ。
 一瞬何が起こったのか分からない。でも、魔物は何故か倒れたままで動かない。よくよく凝視してみると、魔物の腹から一本の矢が生えていた。
「馬鹿野郎!何してんだ、ガキ共!!逃げろ!群が来るぞっ!!」
 大人の声だった。怒鳴り声に肩を竦み上がらせ周囲を見回すと、確かに見えた。魔物の群れが。土煙と共にこちらに向かってくる。
 気を抜けば脱力しそうになる足を叱咤して立ち上がるとフレンを負ぶさる。目の前の結界に向けて歩き出した。結界をこれまで以上にユーリは望んでいた。
 怒鳴り声のした方をもう一度振り返る。さきほどちらりと見えた紫の服は、恐らく逃げたのだろう、もう見えなかった。

 結界魔導器は何故魔物をその中へと通さないのだろう。その仕組みなんて当然分からない。興味もなかった。ユーリにとって結界魔導器の光は、環境の一つでしかなかった。それをあれほどまでに望む日が来るなんて。
 ぼんやりと白く光を放つ片輪を見上げる。フレンを負ぶって倒れ込むように下町へと帰ってきた時、その惨状を見つけた大人に保護された。フレンは治療の為に即座に連れていかれ、それを怯えた表情で見守っていたユーリは、いきなり胸ぐらを掴み上げられ思いっきり殴られた。ユーリ達を心配してのことだったが、フレンに怪我をさせた当然の報いだと思った。だから、赤く腫れ上がった頬も、切れた唇も全然気にならない。フレンはもっと痛い目をしたのだから。自分のせいで――。
「らしくない顔。してる」
 見上げると、親友の姿があった。その金髪に巻かれた包帯が痛々しい。
「フレン……」
「まさか後悔してる、なんて思ってないだろうね?」
「え……?」
「僕達が採ってきた薬草で実際熱の下がった人達が何人もいるんだ。それはユーリがあの時決意したからだよ。“行く”って」
「でも、オレは……お前を……」
「これは僕が自分の意志でついていった結果だ。誰のせいでもない」
「………」
 いっそ、なじってくれた方が楽なのに。親友はあくまでも“ユーリが悪い”とは言わない。もしくはその事がユーリへの制裁なのだろうか。恐々と視線を上げると、目の覚めるような碧眼が静かにユーリを見つめていた。
 失うかと思った。失わずに済んだ。大切な、親友。
 腫れた頬がじくじくと痛む。少し、涙が込み上げた。
「また出ようよ。今度はもっとずっと、強くなって」
 そう言ってにっこりと微笑む。だからユーリはこの親友が好きなのだ。その存在にありったけの感謝を込めて、呟いた。
「……サンキュ、フレン……」




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ユーリの無謀に付き合うのは、それは彼の正義だって分かってるから。ユーリもそれに気付いてるからこそ甘えてしまう。だから親友なんだと思います。



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あきゅろす。
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