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*tales of…*
want be your sympather(フレン×エステル)
【want be your sympather】


 雨のめったに降らない地域だとしても、それは“全く降らない”というわけではない。たとえ訪れる度に晴天に恵まれ、曇天とは無縁のように見えても、色んな気象状況が重なれば雲は生まれ、水粒を作り、地表へと落下する。
 テルカ・リュミレースは人工物ではない。生き物だ。要するに、お腹の痛い時だってあるかも知れないということだ。
 と言っても果たしてこの状況がテルカ・リュミレースの腹痛なのかどうかは分からないが。
「どうしたんです?お腹でも痛いんですか?」
 斜め下から聴こえた気遣わしげな声に、フレンは我に返った。憂鬱な気分で考え事をしていたから、思わずそれが顔にでてしまったようだ。隣りを見ると、やはり。心配そうに自分を見上げる少女の顔。安心させられるように、無理して微笑んだ。
「いえ、何でもありません」
「そうですか?それなら良かったです」
 そう言ってにこりと笑うエステルの顔は、フレンの胸中とは裏腹に晴れやかだ。その顔が、空を向く。
「降ってきちゃいましたね」
 フレンも倣い、空を仰いだ。その碧眼が映すのはどんよりとした黒雲。先程からぽつりぽつりと地面を叩いていた雨粒は、今や水の集合体となって降り注いでいる。向かい側の露店もはっきりと見えないほどの、豪雨。
「……申し訳ありません、エステリーゼ様」
 そんな謝りの言葉が口を突いて出る。憂鬱が、形を成して現れた。隣りに立つ少女が、“え”ときょとんとした表情をフレンへと向ける。
「どうしてフレンが謝るんです?」
「僕が迂闊でした。空が曇っていた時からこうなることは予測出来たのに……。本当に申し訳ありません」
「そんな……フレンのせいじゃありません。マンタイクで雨が降るなんて、誰にも予想出来ませんから」
「せめて宿を出る時に雨具だけでも持ってくれば……少々お待ちいただけますか、エステリーゼ様。すぐに買ってきます」
「あ、待ってください!大丈夫です、すぐにやみますよ!それに……雨具なんて買ったら荷物になるし、“無駄使いだ”って、ユーリに怒られちゃいますよ?」
「そう……ですね」
 力無く言って、降りしきる雨の中飛び出そうとしていら体を屋根の下に留めた。自分の不注意のせいで、エステルに店の軒先で雨宿りをさせる羽目になってしまったこの状況がひどく歯がゆい。それに、たとえ今雨具を持っていたとしても自分もエステルも両手一杯に抱えた買い出しの荷物が邪魔をして、それを使うことしか出来なかっただろう。つまり、雨がやむか、ないしは小降りになるまでこのまま。ここで雨宿り。となると、この状況の一番の原因はこの曇天の中での買い物を強行してしまった、自分の不注意。
 繰り返す後悔の無限ループ。情けない。何かをしていないと、この半永久的な自分責めでおかしくなってしまいそうだ。
 雨のカーテンが織り成す灰色の景色が、さらにフレンの憂鬱を大きくさせる。そんな暗い気分で周囲を見ると、突然の雨にフレン達同様、屋根を求めて駆け込んでくる人々の姿が見えた。這々の体で服を濡らす水を払い落とそうとしていたり、迷惑そうな顔で空を見上げていたり、その胸中もフレンと似たような感じのようだ。
 それを見ていた碧眼を、自分の隣りに佇む少女へと向ける。エステルだけは負の感情を表情に出していなかった。両腕に買い出しの荷物を抱きしめ、同じように雨宿りする人々や、慌ただしくテントの中に商品を避難させる露天商などを、どこか笑みをたたえながら眺めている。
「なんだか嬉しそうですね」
 思わず、そう話しかけてしまっていた。
「え?そうですか?」
「はい。とっても嬉しそうでした」
 言うと、その白く端正な顔がみるみるうちに赤く染まってゆく。両手が塞がっているせいで頬を押さえることも出来ず抱えた袋に顔をうずめてしまいそうな勢いで、恥ずかしそうに俯いてしまった。
「あ……、その、すみません。エステリーゼ様を困らせるつもりは……」
「いいえ、わたしが不謹慎だったんです」
 こちらを向いたエメラルドブルーの瞳が、とても澄んでいて優しい。
「不謹慎、ですか?」
「はい。先を急ぐ旅だというのに、なんだか楽しいなって思えてしまって……」
「楽しいって、その……雨宿りが、ですか?」
「おかしいですよね。本当ならそんなこと、思ってる場合じゃないのに」
 そうだ。彼女はかつて籠の中の鳥だった。皇帝家の血筋だという理由で評議会と騎士団の諍いに巻きこまれ、本来なら色んなことを経験すべきだった多感な少女時代にそうすることを許されず、齢十八年もの歳月を、城の中だけで生きてきたのだ。すなわち、城の外に出た彼女の経験するほとんどのことが初体験。彼女は今、通り過ぎていった十八年の年月を急いで取り戻そうとしている。
 それは、突然の雨に慌てて軒下に滑り込み雨宿りをすることだって然り。フレンや、今雨宿りをしている他の人間には何でもないことのようでも、エステルにしてみれば、大切で貴重な経験なのだ。きっと。
 ばつが悪そうに桃色の頭を俯かせるエステルを見てフレンは自己嫌悪に陥った。
 自分はいつだって自分に出来ることをしてきた。それが誰の為であろうと、自分の道であるなら信念に従って行動してきた。それなら、今は?今自分に出来ることとは何なのだろう。
 やみそうもない雨を恨めしそうに見上げることか?原因を追求しひたすら後悔して同じことを繰り返さない為に誓うことか?吹き込んでくる雨水から買い出しの荷物とエステルを守ることか?
 どれも違うと思った。今、自分が出来ることは、すべきことは、何よりエステルの為にとるべき行動とは――。
 ふっ、と一つ息を吐くと、その澄み切った意志の強い碧眼をエステルへと向けた。
「そんなことはありません。僕にはそんな風に思えないことも、エステリーゼ様は真摯にお受け止めになる。エステリーゼ様のそういう所、僕は素敵だと思います」
「フレン……」
 こちらを見上げる白い顔が、ほんのりと赤く染まる。本当に純粋で、無垢。だけどそれは彼女の十八年を守ってきたものであって、フレンが二十一年の間にどこかへと忘れてきてしまったものだ。
 だから、フレンは大切にしたい。そんな気持ちを。そんな思いを。そんなエステルを。
 フレンが今すべきことは、エステルの気持ちに寄り添うことだ。
「ありがとう、フレン」
 エステルのはにかんだような笑みを受けて、フレンも微笑んでみせた。胸の内が、温かく優しい何かで満たされていた。
「……あのですね」
「はい?」
「フレンが“嬉しそう”って言ったの当たってます」
「え?」
「だって、本当に嬉しかったんです」
「あ、はい。“雨宿りが”ですよね……?」
「それもそうなんですけど、“フレンと一緒に雨宿り出来ることが”、です」
「………え?」
 フレンの思考が一瞬停止する。見たものと聞いたものを疑って、それからのろのろと回り始めた脳がようやく何を見て何を言われたのかを理解する。
「あの……エ、エステリーゼ、様」
「あ!何だか小降りになってきましたよ!」
 赤く染まった頬をフレンには見せず空に向け、ことさら明るい声で誤魔化した少女は空を指す。雨の屋根や地面を叩くばらばらという音がにわかに弱くなり、しとしとと雨のカーテンも薄いものに変わった。雨宿りしていた者の何人かは、今の内とでも言わんばかりにそれぞれの目的の場所へと散ってゆく。
 しかし、フレンの胸中の混乱はそんなものでかき消されるほど小さくはない。
「わたしたちも今の内に宿屋へ戻りましょう!」
 そう言って少女は楽しそうに雨の中に飛び込んでゆく。
 慈しむべき純粋や無垢も、時には奇行を生んでしまうこともある。フレンはどんなものでも大切に共感してあげたいと思っている。それはエステルの当然の権利であり、フレンにとっての義務――いや、願いでもあるのだから。
 胸の内のざわめきをエステルに問い出そうとしたものの、彼女が雨の中を走り体を濡らしたことで彼女の身の心配が胸を占め、それの前ではフレンの正体の分からない気持ちなどさすがにあっけなくかき消されてしまう。
「待ってくださいエステリーゼ様!」
 そう叫びながら、フレンは楽しそうな白い法衣の背中を必死で追いかけた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

フレンが加入するのは旅の中盤だけど、ふとエステルが、フレンと二人並ぶことに安堵感やそれに変わる何かに幸せになってたらいい。エステルのピンクと、フレンの白または金髪、甲冑の水色が、とても優しい色合いなので、並んでると本当に可愛い。

そんな優しい色の二人が優しい雰囲気を醸し出しながらほわんとしているのが、とても好きなんです。



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