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*tales of…*
carelessly happiness(ユーリ×エステル)
【carelessly happiness】


 料理とは命の洗濯――。そう思うようになったのは一体いつからだろう。ふと、そんなことを考える。以前の自分は料理などに楽しさも嬉しさも何も感じていなかったはずだ。
 ただ、食えるものを作って、食う。栄養を補給する為に。空腹を満たす為に。生きていく為に。まだ幼い頃から自分の為にちゃんと料理を作ってくれる人がいなかった環境だったから、自分で自分の為に作るしかない。要は食えりゃ、何でもいい。
 それが、料理って凄いと思うようになったのはいつからだろう。そんなことをぼうっと考えてながらも、手はてきぱきと要領よく動き止まることはない。まるで手そのものが一つの意思をもっているかのように、よく働く。
 と、ふと次の作業に移る為に物思いから覚めた時に、ある視線に気付いてユーリは顔を上げた。
「エステル」
 カウンター越しに、ずっとユーリの料理を見守っていたエステルの瞳が、こちらを向く。嬉しそうな、それでいて少し羨ましそうな、そんなエメラルドブルーの瞳。
「はい?」
「まだ時間かかんぞ。本でも読んでたらどうだ?そこら辺探せばあるだろ」
「いいえ、いいんです。待ちます」
 静かに首を振ると、やはり嬉しそうに微笑んだ。何がそんなに嬉しいのかは分からないが、本人がいいと言うならいいのだろう。“そうかい”とだけ言って再び作業に戻る。
 正午より小一時間経った宿屋は、人の出入りもなくとても静かだ。今はユーリとエステルの二人きり。その会話もなくなれば、宿屋の中に響くのは調理器具のカチャカチャという音だけ。
 それをエステルはまるでクラシック音楽でも聴くみたいに心地良さそうに聴いている。

 突然のことだった。
 “クレープを作ってほしい。”
 帝都ザーフィアスの副帝よりそんな注文があったのは。丁度ダングレストでギルド依頼終了の手続きを踏まえ、ザーフィアス下町の自分の部屋へと戻ってきた時に、同じように仕事あがりで下町へと顔を出していたエステルと遭ったのだ。
 軽い再会の挨拶を交わした後、エステルから注文をもらった。思わず、
「そりゃ、依頼か?」
 なんて言ってしまったら、エステルは“え”と一瞬停止し、それから焦ったように、
「依頼でも構いません!ユーリに作ってもらいたいんです。お願いしますっ!」
 そう言って綺麗に結い上げた桃色の頭を深々と下げるものだから、何だか可笑しくて笑ってしまった。丁度暇だったし、ユーリ自身甘いものが食べたい気分でもあったので了承することにした。宿屋の女将は、客も来ない時間帯だからとあっさり厨房を借してくれると、さっさと買い出しに行ってしまった。
 そして、現在に到る。

 クレープの生地の中にトッピングするカスタードクリームを混ぜ終わり、指ですくって舐めてみる。甘い。舌から脳に駆け上がる優しく満たされる味。感覚。自分の中で、悪くない評価を下し次の作業に入る。
 ふと顔を上げると、じっとこちらを見つめるエステルの目。別に今までなんとも思わなかったが、一度意識してしまうとなんだか気になってしまう。
「そんなに見つめられると照れちまうな」
「――え?今、なんて言いました?ごめんなさい、見るのに集中しててよく聞いてませんでした……」
「………」
「ユーリ?」
「お姫様は耳が遠くてあらせられる、と……」
「あ、えっと……ごめんなさい……」
「冗談だ。トッピングする果物は何が良いかって聞いたんだよ」
「あ……、ユーリにお任せします」
「了解。後悔すんなよ?」
「な、何入れるんです……?」
「はっはっは」
 そんなやり取りを交わしながらも手と意識は着々とクレープを作り上げてゆく。果物を手頃な大きさにカットして、いよいよ要である生地の作成にかかる。薄生地なんて要は薄焼き卵と同じだ。少なくともユーリの中ではそうである。だから、常人には緊張するような作業であっても、彼にかかればなんでもないかのように作ってしまう。
 そんな職人技めいた手さばきを、目の前に座るエステルは息を飲んで見守っていたのだが、それにもユーリは気付かないでいた。
「ほらよ。お待ちどうさん」
 出来上がったばかりのクレープをエステルに“手渡す”と、なんとも嬉しそうな“ありがとうございます”が返ってきた。下町仕様のハンディタイプなそれを素手で包み小さな口で控えめにかぶるその様子は、サブと言えど、治世を生業とする上層階級の人間の姿とはあまりにもかけ離れていて――。
「美味しい、です……!」
 目の前にはとても幸せそうな、満面の笑み。
 ――ま、そんなエステルの方がオレは好きだけどな……。
「どうかしましたか?」
 少し不躾にじろじろ見すぎていたかと反省して、視線を外した。きょとんとした顔は口元に付いたクリームのせいでひどく無垢に見えて、そらした顔が知らず熱くなる。
「クリームついてるぞ」
 そう指摘してやれば慌てて口元を押さえた彼女の方も頬が真っ赤に染まる。そのなんとも微笑ましい光景に思わず苦笑を浮かべてしまった。
「しかし、なんでまたわざわざ下町になんか来るかね。クレープぐらい城のコックにでも作ってもらえばいいだろ」
 食べ終わり、丁寧に“御馳走様でした”と手を合わせると、エステルは天井に瞳をさまよわせ少し逡巡してから、再び口を開いた。
「お城のコックなら、確かにお願いしたらすぐに作ってくれます……」
「だろ。それもこんな安っぽいやつじゃなくてもっと上品なもん作ってくれんだろうが」
「そうですね……。でも、こっちの方が良いんです。下町で食べるご飯は、なんだかあたたかい……。ユーリは、そう感じませんか?」
「感じるも何も……オレはこの味しか知らねえからな」
「そう、ですか」
 そう言ったものの、エステルの言っている感覚を分からないでもない。
 まだユーリが十を少しばかり過ぎた歳の頃。
 食べるだけの飯が美味くなくて、食べたくなくて、作るのも嫌で、それでも空腹は何か胃袋に入れろと命令してきて、もう何をする気にもなれなくてただ床に惨めたらしく横になっていた時。宿屋の女将がユーリを見つけて、すごく怒って、心配してくれて、そしてサンドウィッチを作ってくれたのだ。
 それを食べた時のことは今でも覚えている。何しろ泣いてしまったのだし。涙と鼻水がユーリの心の奥底からこんこんと湧いてきて、喉と胸が苦しくて、それでもひたすら美味かった。料理を食べて泣いたことなんて初めてだったし、そんなユーリを見守る女将がとても優しくて、ひどく安心していられた。母親がいたらこんな感じかな、とも思った。
 それからユーリは女将より料理を教えてもらう機会も増えた。
 “料理ってのは命の洗濯だね。”そうだ。確かこの言葉も女将の受け売り。
 確かに。込めるのはこころ。
 あたたかくないはずがない。
「ユーリ?」
「ん、ああ。そうだな。下町の料理は高級食材なんかにゃ負けねえ愛情がたっぷり込もってるからな」
「ふふふ」
「……なんだよ?」
「だから、好きなんです。わたし」
「へ……?」
 あまりに唐突過ぎるストレートな“すき”という言葉に、ユーリの心臓がどくんと大きく跳ねた。
 ――馬鹿かオレは。
 自分に向けられたものでもないのに何をこんなに狂わされる。平静を装う努力の向こう側で、エステルも自分の言ったことに気付いたのか真っ赤な顔であわあわと手を振った。
「あ、いや、ち……違いますよ?これはそのユーリのことが好きだとかそういうことじゃなくて、あ――、えっとユーリのことも好きですけど、そういうのじゃなくって……!」
 ――そんな必死に否定しなくていいんじゃねーか?
 可哀想なくらい慌てふためくエステルに、“わかってるよ”と頭をぽんぽんと叩けば、納得いかない様子で見上げるエメラルドブルーの双眸。
「わ、わたしは……」
「あん?」
「わたしは、ユーリの作る料理が大好きなんですっ!」
 言いきった、と赤い顔でこちらを見上げる様子に、何だか愛の告白を受けたみたいでどこか気恥ずかしくなりながら、“そりゃどーも”とだけ返した。
 料理とは命の洗濯。
 作る側も幸せ。
 作られる側も幸せ。
 ――照れくさいってのも、入ってんのかもな。
 そんなことを思いながら、未だ気まずいこの雰囲気から逃れるように、ようやく自分の分のクレープにパクついた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

それにしても料理ネタばかりですか。エステルが料理をしなくていい世界で生きてきて、ユーリは料理が半分趣味な(偏見)感じで、二人+一匹の旅立ちは料理が必要不可欠で、そんな旅路を想像する度に料理のことを考えてしまいます。

むしろ料理が接点。ユーリは前半ほとんど振る舞ってたのかな、とか、エステルはユーリに手ほどきを受けたのかな、とか。

きっとジャガイモの皮を思いっきし厚く剥くエステルからジャガイモ奪ったりしてたんですよ^^(はいはい)



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あきゅろす。
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