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*tales of…*
general gorgeous dinner(フレン&パティ)
【general gorgeous dinner】


 足の赴くままたどり着いたところに、膝を抱えて座る一人の騎士団長代行。今が人も魔物も眠りにつく夜だからか、それとも星空とわずかな焚き火の炎だけが光源だからか、その背中は哀愁という二文字では片付けられないほどの寂しさが漂っている。
 ざり、ざり、とブーツが砂利をこするままに近付けば、振り返ることもせず、また微動だにもせず、彼は“パティか”と呟いた。
「交代の時間なのじゃ、フレン」
 そう言って傍らに立つも、フレンの碧眼はただ一点を、焚き火の炎を見つめるだけで、返事すら返さない。内心がやれやれと嘆息するのを自覚しながら、パティはフレンの隣りにちょこんと座る。しばらく二人して焚き火の炎を眺めた後、パティは確信だった一言をフレンに投げかけることにした。
「気にしとるのかの?」
「……パティにはいつも驚かされるよ。僕の考えていることが分かるんじゃないかって……」
 そこまで言ってフレンの瞳がようやくパティを捉える。焚き火の明かりを受けたその顔には、“無理矢理”という言葉がこの上なくしっくりとくるほどの悲しそうな笑みが浮かんでいた。端正な顔に浮かぶ憂いは美しく、同情を誘うどころか思わず見惚れてしまう。お年頃の女の子がもしこの場にいたら、間違いなく黄色い歓声を浴びせるであろう顔。
「うぅむ。フレンのこの表情を独占出来るとは……うちはもしかしてラッキーだったのかの?」
「え?」
「冗談なのじゃ。今日の晩ご飯のことじゃの?」
 否定しないこと。すなわち肯定。再び炎へと眼差しを向けたフレンの唇が、ぽつりと呟きを漏らした。
「……今日も残ってしまったんだ」
 残ってしまったのは言わずもがな、フレンの料理のことだ。何故かというと、見た目美しい彼の料理のその味は、なんとも破壊的。彼がパーティーに加わったことで彼が料理の腕前を披露する場面はもちろんあったが、そこで彼の料理の味を学んだ者たちは防衛規制を働かせることになる。誰だって不味いものは食べたくないのだ。
 腹痛や、つまみ食いで腹が減ってない、などその場を辞する仲間たちを端から見ていたパティ自身、見ていられないものがあった。と言っても、パティも彼の料理を食べなかったのだが。
 ――だって緑色のハンバーグなんて食べる前に味の想像はついてしまうのじゃ……!
 だけど、パティは知っている。一生懸命作った料理に手をつけてもらえない悲しみも、余ってしまった料理を自らが平らげることの苦しみも、それを処分することの切なさも。それを知っているからこそ、そんなフレンを見ているのが何より辛い。
 ちらりと横を盗み見る。依然として焚き火の炎を見つめる様子は、哀しげというか、感慨深いというか。
 ――要するに、考え過ぎなのじゃな。
 食べる人の事を考える。食べる人に喜んで欲しい。その気持ちは料理を作る上での大前提だが、それが間違った方向に強すぎるのだ。それが、フレン・シーフォ。この青年。
 込めすぎた気持ち。想いすぎる優しさ。それが、緑色のハンバーグを生み出す。
 ――どうしたもんかの。
 ため息を吐く。それが、フレンのものと重なりユニゾンした。
 ――笑顔で食べてもらいたくて悩んでおるのか……。
「フレン――」
「リタにカロル」
「え?」
「お腹が痛いって言ってたけど、大丈夫だろうか……」
「……は?」
「腹痛の人間には何を食べてもらえばいいんだろう……」
 ――そっちなのか!!!
 ある意味ポジティブというか。ずれているというか。まさしくそれこそが緑色のハンバーグの原因なのかもしれないが。パティは思わず引きつり笑いを浮かべてしまう。
「そう言えば、パティ、お腹空いてないかい?さっきは眠たいから寝るって言って、食べなかったけど……。ハンバーグは――ごめんよ、もう処分してしまったんだ。良かったら何か作ろうか?」
「あ、いや!えっ……と、まだ起きたばかりで胃がなんにも受けつけんのじゃ……」
 ぐううぅぅ〜〜――。
 ――う、うちの阿呆……!!
 絶妙なタイミングで意味ある音を奏でる己の腹を恨んだ。きょとんとなるフレンの碧眼。あはは、なんて誤魔化し笑いを浮かべようとも、もう何をどう頑張ってもどうにもならない。
「少し待っててくれないか?簡単なもので良ければすぐに――」
「あ〜〜〜っと!!」
 手早く荷物から手鍋を取り出し、料理の準備を始めるフレンの手を、神速の勢いで伸びたパティの手ががしりと掴んだ。
「い……、一緒に作るのじゃ!!」
 そこまで持ち込めた自分を今度は逆に、褒めたいと思った。

「出来た」
「……ああ、そうだね」
 壮絶な料理に対しての議論と討論と少しの口論の三十分間の果てに、パティとフレンの前にサンドウィッチが出来上がる。たかだかサンドウィッチを一人前作るだけで三十分も時間をかけた上に、フレンの料理に乗せた多大な気遣いをその小さな体で一身に受けとめ、パティは心底ヘトヘトだった。
『サンドウィッチを食べれば口の中は水分を取られてカラカラになる。いちいちその度に食べる手を止めて何か飲むよりかは先にパン自体をその何かで浸しておいた方が良いと思うんだ』
『何か……とは?』
『今はパナシーアボトルしか手持ちがないからパナシーアボトルを――』
『駄目なのじゃ!』

『今は深夜だ。この時間帯は無理に脂肪や炭水化物をとっては体に毒だと聞く。なら、野菜や海藻類だと良いのではないか?』
『………』
『野菜は人参しかないか……。あ、出汁用にとっておいた昆布が大量にあるな。これを挟んで――』
『フレン!これは何かの罰ゲームか?!』

 こういったフレンの何種類もの提案をことごとく却下し、その度に何故そうなのかの説明をし、納得してもらい、ようやくパティの望んだ“普通のサンドウィッチ”が目の前にある。しかしパティの達成感も余所に、フレンの表情は晴れない。
「そんな顔をするな、フレン。せっかく料理が出来たというのに」
「そうだね」
「さあ、フレンも小腹が空いておるじゃろ?一緒に食べるのじゃ!いただきます!」
「……いただきます」
 両手で持って、かぶりつく。パンのふわりとした食感が優しく歯を押し返す。焼いた卵の厚い層を歯で断絶すれば、香ばしい匂いが鼻腔へと通り抜ける。次いで口の中に広がるのは香辛料と、それと卵が合わさった絶妙な旨味。
「……美味しい……」
「うむ!美味いのじゃ!」
 焼いた卵を挟んだだけのサンドウィッチ。それだけなのに、フレンの顔に驚嘆と羨望が浮かんでいた。パティはそれに構わず二口目にかぶりつき、もぐもぐと咀嚼する。
「さすがだね、パティ」
「何を言う。フレンも作ったのじゃ。うちと、フレンの、二人で作ったのじゃ!」
「僕は何も……パンを切っただけだ。作ったのはほとんどパティ――」
「フレン」
 最後の一口にかぶりつこうとした手を止め、パティはフレンを見る。フレンの碧眼がこちらを向く。それを真正面からしっかりと見据えた。
「このパンを見るのじゃ。見事な切り口。具を挟むのに丁度良い大きさ。崩れているところなど一切ない。完璧なパン。フレンがやったのじゃ」
「………」
「フレン、普通で良いのじゃ」
「普通……」
「うむ。普通じゃ」
「………」
「うちとフレンが作った普通のサンドウィッチなのじゃ。普通のサンドウィッチは不味いか、フレン?」
 パティの大きな瞳がフレンを見上げる。フレンは手に持ったサンドウィッチをじっと見つめてから一口かじり、咀嚼し、嚥下した。
「いいや。とっても美味しいよ」
 そう言ってにっこりと眩しい笑顔をパティに向けた。
「………」
 思わず見入ってしまった。
「パティ?」
「な……何でもないのじゃ!!」
 真っ赤な顔を見られないようにフレンから顔をそらして、最後の一口を強引に口の中にねじこんだ。ちらりと横目でもう一度フレンを見ると、焚き火に照らされた顔は何食わぬ顔でサンドウィッチをもぐもぐとやっていた。
 ――元気、出たみたいで良かったのじゃ。
 まだ熱い頬を無視してフレンの横顔を見つめる。もっとも、この青年が初めから何に悩んでいたのかも今となってはパティの思っていたものとは違うのだろうが。そしてこれからの彼の料理が、他人を気遣い過ぎる裏目の気持ちを取り除かれた“普通の料理”になるという保証はない。それでも料理というものは、凄い。
「なぁ、パティ」
「ん?」
「やっぱり料理って良いものだね」
「じゃの……!」
 三十分前には憂いを帯びていた端正な顔が、今は清々しいほどの微笑みを湛えているのだから。これほどの殺人的なスマイルを一人占め出来る自分は、やはりラッキーなのだろう。再び熱くなる頬を暗がりでフレンに見えないことを祈ると、目下の懸念など一時的に消え失せてしまう。そうしてとりあえずの幸せに浸りつつ、パティは二つ目のサンドウィッチへと手を伸ばした。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

味音痴のフレンと、料理上手なパティ。少なからず絡みのあるだろう二人だろうなと思いました。見た目完璧に作ってる最中のフレンが見てみたい^^きっと何事も真剣に取り組む彼は、人参で薔薇の花も完璧に作るんだろうな。


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あきゅろす。
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