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*tales of…*
blush strawberry(ユリエス寄り)
【blush strawberry】


 食べ物の恨みは恐ろしい、という話を聞いたことがある。どこで聞いたのかは忘れてしまったが、食べ物関係の恨みというものは、何時いつまでも覚えているものだというのだ。初めてそれを耳にした時エステルはあまり想像がつかず理解に苦しんだものだった。食べられなくて悔しい思いをしたというのなら、もう一度食べればいいではないか。しかしそう思ってしまうのも、その食べ物を望めばすぐに出てくるという環境で育った世間知らずの姫君の、贅沢過ぎる感性のせいだということは当時は気付かない。
 それが、城から出て旅をする今となってはあの時よりも想像出来るし、よく分かる。食べ物関係の恨みというものは、恐ろしいのだ。
「ほんと恐ろしいったらないわよ。とほほ……」
 がっくりと肩を落としてため息をつくレイヴンに治癒術を施しながら、エステルは苦笑を浮かべた。どうやら彼は食べ物の恨みを買ってしまったらしい。それというのも、昼食の後、皆でケーキを食べた時によりにもよってユーリの苺を奪ってしまったというのだ。それで先ほどの戦闘では詠唱中の援護をしてもらえなかったのだという。
「わざとじゃないって言ってんでしょーよ〜。誰が好き好んで青年の苺とったり……」
「だ、か、ら!別に気にしてねえって言ってんだろが。しつけえおっさんだな」
「あれが気にしてない態度に見える?ねね、嬢ちゃん、治癒術で俺様の心も癒やしてくんない?」
 二人のやりとりを眺めていたエステルが苦笑いを浮かべつつ、“それはちょっと無理です”と言うと、何故だかレイヴンは“そーいうんではなくて……”とうなだれてしまった。彼がどれだけ謝ろうと、どれだけ弁解しようと、地面に落ちて潰してしまった苺はもう戻らない。そう。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。
 かと言って、このまま二人の関係がぎくしゃくしたままだというのも気になるし、レイヴンがまた援護してもらえないのも危険ではある。
 どうにかしなければならない。
「やれやれ……。嬢ちゃん、ありがとね」
 気怠そうに腰を起こして去っていくレイヴンの背中と、努めていつも通りに振る舞いつつもやはりどこか機嫌の悪そうなユーリの背中を交互に見やり、エステルは心に決めた。
 ――わたしが作ります……!

「――って、エステル、あんた聞いてる?」
「え?あ、ごめんなさい、何でしたっけ?」
「だから……、あれぐらいであんなに拗ねるなんて大人気なさすぎじゃないって話よ」
 確かに言う通りなのかもしれない。でもそれは、それだけ好きなのだという彼の気持ちの表れであって――。
「エステル?」
「あ、えっと……それがいいんじゃないんでしょうか」
「………」
「リタ……?」
 思わず手をとめて顔を上げる。半眼でひきつり笑いを浮かべながら絶句している親友の顔が、そこにはあった。
「……あはは、何よ。そういうことなんじゃない。バカっぽい」
「リタ?」
 訳がわからずきょとんとなったエステルの呼びかけにはひらひらと片手を振ってさっさとリタは去っていってしまった。怪訝に思いながらも、休めていた手を再び動かす。液体からようやくもったりとした白い固まりになってきたところで、エステルの表情に満足げな笑みが浮かんだ。
 袋に詰め、丁寧に搾り出していく。そもそも自分はどうしてケーキを作っているのだったか。思い出せない。贈る相手はユーリのはずだ。どうしても思い出せない。ケーキ作りに無我夢中になってしまったことと、贈る相手のことを考えている内に、ケーキを作る羽目になった理由も、忘れてしまった。
 確か。
 そうだ、きっと。
 自分はユーリの喜ぶ顔が見たかったに違いない。だから作った。理由はそれだ。
「……出来た……!」
 そしてにっこりと微笑んだ。
 誰かの為に何かを作る理由なんて、きっとそんなものだ。

「オレに?」
 差し出した箱と、エステルの顔とを交互に見比べ不思議そうにそう言ったユーリに、エステルは笑顔で首肯してみせた。怪訝そうに箱に目を落としながらも、彼の手が蓋を開けると、エステルが作った苺のショートケーキが、二人の前に姿を現した。
「………」
「……!?」
 そして、エステルは見てしまった。
 すぐにその口元を手で覆い、俯いて彼の前髪がその表情を隠してしまったが、エステルはしっかりと見た。
 ユーリの口元に浮かんだ、明らかに嬉しそうな笑みを。まるで、とびきりのおもちゃを貰った子どものような表情を。
「……か」
 ――かわいい、です……!
「あ〜〜……」
「え?」
「悪ぃ。気ぃ使わせちまったか……」
 そっぽを向いたユーリの顔は、エステルに見られたことに気付いているのか、赤い。必死でそれを隠そうとしている様子が、普段の彼からは考えられないくらいに、微笑ましい。
「そんなことないですよ?わたし、ユーリの喜ぶ顔が見たくて作ったんですから。そんなに喜んでもらえて、嬉しいです」
 言ってにっこりと微笑むと、ユーリは何故だか片手で顔を覆い、何かを堪えるように眉間に皺をいっぱい寄せて目を閉じた。その様子をエステルは楽しそうに見つめる。
「おまえなぁ、ほんと……」
「はい?」
「……いや、何でもねえ。何か自分が馬鹿馬鹿しくなってきた……」
 今、やっと思い出した。
 食べ物の恨みは恐ろしい、という話だ。食べ物関係の恨みというものは、何時いつまでも覚えているという。だけどエステルは思う。やはり、食べられなくなったのなら食べればいい。簡単に手に入らないのなら手に入れる努力をすればいい。それがどれだけ傲慢だと言われる考えだろうと、食べ物は楽しむ為にあるのだから、喜ぶ為にあるのだから、それで恨みだとかぎくしゃくするとか、そんなものはひどく悲しいと、そう思うのだ。
「おいしいです?」
「……まぁな」
 照れ隠しの為か、むっつりとした表情で、それでもエステルの作ったケーキを口へと運んでくれるその光景に、込み上げる嬉しさを隠そうともせず満面にたたえながら、エステルはにこにことユーリを見守っていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

あまりに大人気ないユーリになってしまい…でも、大好きな食べ物を食べられなくなったら誰だって機嫌損ねますよ、ね(聞くな)というよりは、大好きなスイーツを目の前にして嬉しそうな顔するユーリがただ書きたかっただけなのかも知れません。

ただでさえ大人気ないことして恥ずかしい思いしてるのに、天然姫様のおかげでさらに恥ずかしさ倍増。青年は姫様の天然に振り回されてたらいいですね^^



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あきゅろす。
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