*tales of…*
connection(セネル×クロエ)
手の中のヘルシーバーガーを見つめ、クロエはふと疑問に思い、尋ねた。
「これ…、誰が作ってるんだ?」
【connection】
今日も晴天。のどかな青空が広がっていた。眼下には目指すウェルテスの町が見える。少し小高い丘の上でセネル・クーリッジとクロエ・ヴァレンスは遅めの昼食をとっていた。
「クーリッジがか?!!」
のどかな草原にクロエの大仰な声が響く。まるで信じられないものを見るかの様に、手の中のパンとセネルを見比べた。
「そんなに驚くことかよ」
セネルは憮然とした表情で肩を竦めてみせる。
「あ、す…すまない」
さすがに失礼だったか。急いで謝る。
「そんなことより、そろそろ出発しよう。ウィルが待ってる」
昼食の跡を片し、セネルとクロエは再びウェルテスへ向けて歩き始めた。
「今度、クーリッジがパンを作るところ、見に行っていいか?」
隣りを歩くセネルに尋ねる。
もうウェルテスの町は目と鼻の先に迫っていた。
「うむ。わざわざすまなかったな、セネル、クロエ」
ウィルが玄関先でセネルとクロエに労いの言葉をかける。今日二人は、ウィルの遣いで内海港まで赴いていたのだ。
「どうってことない」
「丁度今日は私も用が無かったからな。お安い御用だ」
「用件は以上だ。気をつけて帰れよ」
玄関先で別れを告げ、ウィルは家へと消えていった。
セネルの家とクロエが居候として生活している病院は、丁度反対方向にある。
「じゃあな、クーリッジ」
そう言い残し、帰路に着こうとするクロエにセネルは声をかけた。
「よかったら明日、家に来るか?」
「えっ?」
クロエの心臓がどきりと跳ねた。
──俺、今変なこと言ったか…?
クロエには、今、自分が何を言われたのかすぐには理解出来なかった。全身が硬直してしまう。
「あ、いや、さっき俺がパン焼くところ、見たいって言ってたろ?」
なんだかこっちまで緊張してしまう。
──俺は一体何に緊張してるんだ?
途端、クロエが弾かれた様に答える。
「…あ!あぁ、うん、そうだった。いいのか?明日お邪魔しても」
「あぁ、構わないぞ。それじゃ、明日待ってる」
そう言い残して、セネルは自分の家の方角へと去っていった。
病院へと戻る足が信じられないくらい軽かった。まるで足に羽が生えているみたいだ。
「あぁっ!何を浮かれているんだ、私はっ!?」
クロエの足は当分スキップを止めてくれそうになかった。
──…ちょっと早いかな?
──でも、もう朝もいい時間だし…
およそ、“早起き”と呼ばれる人が起き出すだろう時間に、セネルの家の玄関先でクロエは行ったり来たりを繰り返していた。
気持ちがそわそわ、むずむずする。待っている時間というものは、どうしてこうものろのろと感じるのだろう。
やはり、自分にはいつまでも待ってるなんて性に合わないと悟り、意を決してドアに手をかけた。
「じ…、邪魔するぞ!クーリッジ」
──…??
家の中はひっそりとしており、人が活動している気配が無い。
木の階段を軋ませながら二階へ上がる。
もちろんこんな早い時間にセネルが起きているはずも無く。当の本人はまだベッドの中で安らかな寝息をたてていた。
普段の戦闘の迫力からは到底考えられない程の安らかな寝顔。薄く開かれた口から零れる規則正しい寝息。
──猫みたい…──
思わず見とれてしまっていた。
はっと我にかえる。急に恥ずかしくなり、二、三度頭を振った。
セネルの枕元から、声をかけてみる。
「クーリッジ。朝だぞ」
「すー…、すー…」
「起きてくれ、クーリッジ」
起きる様子はまるでない。
──〜、どうしよう?
クロエはセネルの側に屈み込み、周囲に人の気配が無いことを確認してから耳元で囁いた。
「セ…、セネル…」
言ってから、かぁっと頭に熱が昇るのを感じる。頬が熱い。
それでも彼は起きない。自分は一人で何をやっているのだろう、と馬鹿馬鹿しくも思えてきた。
無意識にセネルの銀髪に触れる。
──さらさらだ…。
胸の鼓動が早くなる。
「ん〜…」
わずかにセネルの眉が動いた。そして──
「…シャーリィ、あと5分…」
自分の中で何かが音を立てて千切れたのが分かった。
「クーリッジッ!!いい加減起きろっっ!!!」
「ぅわあっ!??」
静かな朝にクロエの怒号がこだました。
「クロエは早起きなんだな」
欠伸をかみ殺し、身支度を整えながら階下のクロエに声をかける。
「悪かったな、早起きで」
「何、怒ってんだよ?」
「怒ってなどいない!」
──怒りたくもなる。私は早起きなんかしていない。一睡も出来なかったんだ!
「怒ってるだろうが」
身支度を終え、一階へ降りてくる。
「〜〜、もういい」
やるせない気分だが、喧嘩をしに来た訳では無い。この件は保留だ。
少し気になるが、クロエがいいと言うなら、もういいのだろう。セネルは焼窯の傍らにあった残り物のパンで朝食を取った。
パン焼窯の横にある天板には、トーストやバンズ、コッペパンなどの様々なパンがずらりと並んでいる。
「これ、全部クーリッジが…?」
クロエは、驚きと圧巻の入り交じった様子で聞いた。
「やってみると意外に面白くてな」
「一つ、もらっていいか?」
「あぁ、好きなだけ持っていくといい」
トーストを一つつかむ。一口噛むと、焼いてから時間が経っているにも関わらず、香ばしい匂いが鼻腔へと広がる。
──この味 この香り
「本当にクーリッジが作っていたんだな。私はてっきり買ってきたものか、レイナードが作っていたものだと…」
「ミミーが次から次へとレシピをくれるもんだからな。もうかなりの種類を覚えたぞ」
──それを素直にいちいち全部作ってゆくところが可愛いというか…
「で、今日は何を作るんだ?私に何か手伝えることはあるか?」
「そうだな…、クロワッサンとカレーパンを作りたい。クロエは野菜を切ってくれるか?」
「カレーから作るのか、本格的だな。よし、了解した」
パン作りと格闘技は似ている。──と、セネルは感じる。
こね上げる際には、自らの拳を生地に叩き込む。形成する際の集中は、奥義を発動する時のそれそのものだ。
「これでいいか?クーリッジ」
クロエの前のまな板には、規則正しく切り揃えられた野菜が並んでいた。その大きさは寸分の狂いも無い。さすがは剣士というものだろうか。
「あぁ、ありがとう、クロエ」
……それよりも
セネルはクロエの姿に見入っていた。
厨房で洗い物をするその姿は、いつもの帽子を外しており、シャーリィのエプロンを着用している。
無意識に心臓が早くなるのを感じた。急いで平静を取り戻す様、努力する。その時彼は、傍らに大量の小麦粉をぶちまけていることに気付く様子も無かった。
「そっちはもう済んだのか?」
クロエがこちらへと歩み寄ってくる。
「あ、あぁ!今から発酵だ」
セネルは我に帰り、動揺を押し隠しながら答えた。
クロエは足下に広がる小麦粉に気付く様子も無い。彼女もまた動揺していた。
いつもの戦闘を見ているからだろうか、セネルがパンを作っている姿はとても新鮮だった。
──お、男が料理するというのは、何か頼もしいというか…可愛いものがあるな…
クロエの片足が、小麦粉の海に踏み込まれ、案の定、靴を滑らせる。
「──っ?!きゃぁあ!!」
仰向けに倒れる。
「クロエッ!」
セネルは咄嗟にクロエの背に腕を回し、転倒を阻止しようとしたが、彼もまた足下の小麦粉で足を滑らせ──
二人して盛大に転んでしまった。
小麦粉の白い霧が晴れ、だんだんと視界があらわになる。
「痛…、大丈夫か?クロエ」
「す、済まない、クーリッジ」
──!!?
クロエは我に帰って目を疑った。自分は足を滑らせて、倒れていて。でも彼が庇ってくれたから、今、自分の下には彼がいて──
セネルはぼうっとクロエの顔を見ていた。
──前から思ってたけど、こいつってやっぱ肌白いよな…
──あぁ、瞳はこんなにも綺麗な濃焦茶だったんだな。
目の前に信じられない程大きく映る互いの顔。二人の距離は今、信じられない程近くて…
「くっ…」
「あははははっ!!」
どちらから共なく、吹き出して、二人で声をあげて笑ってしまった。
「クロエ、顔小麦粉まみれだぞ!」
「なっ…、お前こそ髪が銀髪を通り越して白髪じゃないかっ!!」
いつまでそうして笑っていただろう。こんなに笑ったのは久しぶりの様な気がする。
──セネル
──私は、いつでもお前の隣りでありたい。
剣以外でも貴方の隣りで居られることがあるのなら
私は喜んで何でもしよう。
──貴方と少しでも繋がりをもっていたいから──
【END】
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