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*tales of…*
peace of mind(フレン&エステル)
【peace of mind】


 彼女はよく一人でいることが多かった。と言うより、今までが一人でいざるを得ない状況だったという方が正しいのかも知れない。それは、周りの人間が気安く声をかけてはいけない人物であるという彼女の立場であるとか、彼女の活動する拠点が広大過ぎて、人がいたとしてもどうしても閑散としてしまうという環境などが、原因に当てはまるのだろう。
 実際、剣の練習や食事以外の自由な時間帯のほとんどを彼女は読書で過ごしていたというし、そんな彼女を幾度となく見たことがある。ひっそりとした図書館で、さまざまな種類の本を両手にたくさん抱えた彼女の姿も。
 だから、気付けばフレンはエステリーゼに近付いてしまっているのだ。そして、うっかりと声さえかけてしまう。

 風が穏やかだが途切れることなく吹くのは、高いところにいるからだろうか。屋外に出ると吹きつけた風が金色の前髪を揺らし、一番初めにそんなことを思った。カツン、と踵が石畳を捉える。遮られることのない陽の光にフレンは目を眇めた。あまりに青すぎる空。少し前まで結界魔導器の輪のあった空。これほどザーフィアスの空が何か物足りなく感じるのは、本当に結界魔導器のせいだけなのだろうか。
 風が吹きつける。髪を揺らす。桃色の髪は煽られるがままで、それにも構わずに視線は真っ直ぐに城下を見つめていた。
「寒くないですか?」
 フレンのその問いに、彼女はフレンの方を見るでもなく視線は前に向けたまま、大丈夫です、と答えた。そうは言っても、ドレス姿のぴったりとした首や肩の部分、露わになった腕を見るとどうしてもフレンは心配になってしまうのだが、風が吹いているとはいえ陽の光も降り注いでいるし彼女が寒くないというのだから寒くないのだろう。
「フレン。騎士団長という仕事はどうですか?」
 依然前を向いたままの、その問いにフレンは一瞬虚をつかれた。
「そうですね……。月並みですが……、難しく大変な立場ですけど、やりがいのある仕事だと思っています。でも、僕にはまだまだ……」
 やっと騎士団長になれたというのに、その任務や職務に追われて終える日々。正直想像していた以上だった。これをアレクセイは毎日顔色一つ乱すことなくこなしていたのだと思うと、自分のなんと情けないこと。元よりアレクセイと自分を比べることこそが間違いなのかもしれないが、それでも不甲斐ない自分が悔しくて仕方がない。
「エステリーゼ様は……、ここのところ無理をされておいでではないですか?」
 それは形式こそ質問だったが、フレンの中では確信だった。夜の遅くまで、灯りの付いているエステリーゼの私室を、フレンは何度も目にしている。
「……国を、治めるという仕事の大変さを、とても痛感しています」
「そう、ですか……」
 つまりそれが無理をしている理由だというのだ。
「難しいです。何とかしたい気持ちはこんなに大きいのに、気持ちだけではどうにもならない……。目の前のことばかりが心配で、気になって、困っている人達みんなを助けてあげられない……」
「エステリーゼ様……」
 無理もない。フレンとて騎士団をまとめ上げ、機能させ、動かすことの困難さを日々痛感させられているというのに、ましてや皇帝の補佐とはいえフレンよりも四つ年下の彼女は国一つを動かす立場で苦悩しているのだ。
「本当に駄目ですね、わたしって……。これではあの頃とまるで変わっていない……」
 細い指がテラスの手すりをぎゅっと握りしめる様子は、何とも頼りなげにフレンには見えた。
 だけど今の彼女の為にフレンに何が出来よう。彼女の気持ちは痛いくらいに分かる。それどころか抱えている悔しさや無力感はフレンの思っている以上かもしれないのに、簡単に言葉などかけてもいいのだろうか?
 だけど。それでもフレンには――。
「エステリーゼ様は……、エステリーゼ様は、十分に頑張っています!」
 フレンには、こんなにも頑張っている彼女を、こんなにも心を痛めているエステリーゼを、そっとしておくなんて出来ない。彼女に今必要なのは、気持ちを理解することと、彼女の苦しい気持ちを和らげてあげること。
「エステリーゼ様がどんなに頑張っておられるか、僕は知っています。だから――」
 そっとしておいてほしい時もあるかもしれない。一人で考えることで落ち着きを取り戻したり、誰かに意見されることで怒りを感じることもあるかもしれない。だけど、フレンは知っている。辛い時、誰かがそばにいてくれることの嬉しさを。整理しきれない気持ちを吐き出したい時、受けとめてくれる人のいることの有り難さを。
 きっと、だから、寄り添うことも共有することも、今の彼女には必要なのだと、思うのだ。
「だから、そんな風にご自分を追いつめないで下さい……」
 フレンを見上げるエメラルドブルーの瞳が、ゆらゆらと揺れる。それでもエステリーゼは言いたいことをぐっと我慢したような表情で、唇を引き結んだ。自分が簡単に弱音を吐いてはいけない立場だということを、よく理解しているのだろう。それでも溢れる気持ちはどうしようもなく、エステリーゼには止めることが出来なかったらしい。フレンから目を背け、顔を俯かせると手すりをぎゅっと握りしめる。その肩が小刻みに震えていた。まるでそんな自分を認めたくないかのように、そんな自分をフレンに見られなくないかのように、声を殺して泣いていた。
 フレンは声をかけなかった。その代わり、エステリーゼの桃色の頭に手を乗せると、優しく撫でてやった。エステリーゼが控え目な嗚咽をもらす。フレンは、ただ優しくエステリーゼの頭を撫で続けた。
 強くあろうとせずとも良い。弱い自分をさらけ出すことも必要で、大切なのはそれを認めて、受け入れて、乗り越えること。それは誰かに道を指示してもらったりなんてことは出来ないが、せめて隣りで励ますだけのことは出来る。
 そうして、人はさらに大きくなれるのだから。
「大丈夫ですよ、エステリーゼ様。……大丈夫です」
 だから今日だけは目を瞑ろう。彼女がまた、一つ学び大きくなる為に。
 風は依然吹いていたが、その風がエステリーゼの小さな“ありがとう”をフレンの耳に届けてくれたことを素直に感謝しながら、フレンも“いいえ”と呟き、微笑んだ。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

テルカ・リュミレースの政治がどのようになされているのかは分かりませんが、未熟な統治者達にはたくさんの試練が待ち受けていたはず。挫折はどんな仕事にもありますが、落ち込んでしまった時に誰かに聞いてもらえる、誰かがいてくれる、それってすごく恵まれていることだとおもいます。

フレンは部下の愚痴とかも聞いてあげてそうで、あまりに真面目に返しすぎてそうな感じですが、落ち込んだエステルを見守るよりかは優しく慰めてほしい。そう思います。



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あきゅろす。
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