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*tales of…*
turning(ジュディス)
【turning】


「ジュディス!」
 轟音が聴こえた。と、いうより、感じた。まるで地震でも起きたかのような、下から突き上げるような衝撃。最初のそれが聴こえてから、轟音は何度も何度もジュディスのいるところを襲ってきた。大きく、小さく。いや、ジュディスのいる場所だけではない。どうやら、この街全体を何かが襲ってきているらしい。
「ジュディス!!」
 顔を上げた。無意識に立ち上がっていた。走り出す。声は依然聴こえている。自分を探している。行かなければ。なのに、ジュディスはそこへたどり着けない。落ちてきた。家だったものが、瓦礫となってジュディスの進路を阻んだ。
「逃げ、なさい!!」
 異常事態だということは、幼いジュディスにも容易に理解出来た。母は無事だろうか。もしかすると、このまま会えないなんて事にもなりかねないのではないか。しかし、考えを巡らせている時間はない。
「逃げて、ジュディスっ!!」
 すぐ近くで聞こえた轟音に、ハッとなる。生きていればいつでも会える。とにかく、いつ崩れるか知れないここから逃げなくては。後ろ髪を引かれるような想いでジュディスは転がるように家から飛び出した。
「!!?」
 その光景にジュディスは愕然とした。一瞬自分がどこにいるのか分からなくなる。
 それはまさに異常事態だった。轟音、悲鳴、怒号。襲い来る、衝撃。
 吹き付ける突風に空を見上げる。
 ――始祖の隷長!!
 飛び交っている。それを包む術式。爆音。
 ――人間が、戦っているの?!
 始祖の隷長に砲火を浴びせているのは、脆弱で矮小な、人間。始祖の隷長達もやられてばかりではなく、人間のことごとくを消し炭に変えている。
「どういう、こと……?!」
 ジュディスは、まさしく戦火のただ中にいた。だけど、それが戦争というものだとは、思いもしなかった。
 呆然と空を見上げる。突如、ジュディスのすぐ近くで凄まじい爆音がして、ジュディスの小さな体は爆風に煽られ、簡単に吹き飛ばされてしまう。
「う、あ……ッ」
 起き上がる。肘や膝を擦りむいていたし、打ちつけた箇所も痛んだが、ジュディスは走り出した。とにかく、逃げなければ。どこに行けばいいのか分からないけれど、ここから逃げなければ。
 ――どうしてこんなことが起きてるの?
 ――どうしてここなの?
 ――どうしてこんな目に遭わなきゃならないの?
 分からないことや教えて欲しいことはたくさんあったが、とにかく今はただ走った。それが今やるべきこと。それが今唯一出来ること。
 ジュディスは走りつづけた。時に転び、時に休みながら。
 はしっている途中、人間ともすれ違った。しかし人間たちは逃げ惑うジュディスや街の人々を保護するでもなく、始祖の隷長への攻撃を繰り返していた。
 その途中で聞こえた共通する言葉。上空の始祖の隷長も口にしていた。
 “魔導器”。
 ――魔導器のせいで始祖の隷長と人間が戦ってるというの?!
 もう幾度目かの爆音、衝撃。ジュディスのすぐ近くを直撃する。
「ああ……ッ!!」
 瓦礫と砂塵だらけの街をジュディスはごろごろと転がる。体中が軋んで、すぐには立ち上がることが出来なかった。
 うっすらと目を開ける。目の前に、兵装魔導器があった。壊れているらしい。そのせいか、異様なエアルを噴出しているように見える。その様子を見つめながら、ジュディスの胸にふつふつと何かが湧き上がってきた。
 ――どうしてこんな目に遭わなきゃならないの?
 ――人間って本当に愚か。
 ――こんな……、こんなものの為にッ!!
 近くにあった槍(人間の使っていたものだろう)を反射的に掴む。それを握り、杖のようにして立ち上がった。よろよろと二本の足で体重を支えると、殺傷力が出る位置で槍を構える。重い。穂先がゆらゆらとゆれた。それでも壊れつつも異様なエアルに包まれた魔導器を睨み付けると、
「わあぁ――ッ!!」
 重力に従った槍の重さにジュディスの体重も乗せて一気に叩き潰した。核の砕ける音を聞いた後、異様なエアルが霧散するのを確認した。すると、ジュディスの膝ががくりと折れ、座り込んでしまう。何故だか涙が溢れ、それに驚きを隠せない。喉から爆発しそうな感情をどうにかわずかな嗚咽に押しとどめて、溢れるものを手の甲でぐいと拭った。
 へたりこんで空を仰ぐ。飛び交う始祖の隷長。浮かぶ術式。爆炎。黒雲。轟音。怒号。悲鳴。ジュディスの耳は、鳴り止まない大きすぎる音のせいでよく聴こえなくなっていた。
 ジュディスの赤い瞳は空を映す。そこに、兵装魔導器の弾が写る。徐々に大きくなる。ジュディスは微動だにせず、一直線に向かってくるそれをただじっと見つめる。
 瞬間、体が物凄い速さで後ろに引っ張られた。と思いきや、浮遊感を感じた頃にはジュディスは始祖の隷長と砲火の飛び交う空にいた。
 “誰が”自分を掴んでいるのかは気配でわかっていた。だからジュディスは素直に身を預けたのだし、驚くこともなかった。
 目を閉じると、激しい眠気が襲ってきた。

「――っ!!?」
 目が覚めるということに驚き、ジュディスは自身を叱咤した。まさか眠ってしまうなんて。不注意にも程がある。周りの気配を探りつつ、星の位置を確認する。どうやら眠っていたのは、ほんの少しの間だけだったらしい。周辺にも今のところ誰もいないようだ。その様子に胸をなで下ろす。それにしても――。
 ――ずいぶんと懐かしい夢を見たものね。
 ここがかつて故郷だった場所だというのも関係しているのだろうか。そういえば、あれからだろうか。相棒との二人旅が始まったのは。そう。あれからずっと変わらない。今までも、これからも。ジュディスは何も変わらない。
 ジュディスの背後にひっそりと広がる空洞から風が吹き抜け笛のような音が聴こえた。そして控え目な、細い鳴き声。
 ――大丈夫よ、私なら大丈夫。今は自分のことに集中して、ね?
 声に出さずにジュディスは感謝の念を伝える。相棒はそれにまた細く鳴いて応えた。
 背中に動けない相棒を庇って、ジュディスの赤い瞳は虚空を見据える。少し、冷たい風が吹いてきて膝をきゅっと抱えた。込み上げるのは封印したはずの気持ち。浮かぶのは自分を見る驚きと悲痛の表情。
 “さよなら。”その言葉と共に断ち切ったはずだった。辛くない。それは今までと同じで、何も変わらないのだから。自分は彼と使命の為に旅を続けていくのだ。この命の続く限り。
 なのに、この晴れない靄のかかったような気持ちは何なのだろう?
「大丈夫よ。私は大丈夫……」
 まるで何かのおまじないのように繰り返す。ジュディスの赤い瞳が虚空を見つめる。相棒は必ず守る。あの時、この場所でジュディスを救ってくれたように、今度は自分が。
 辛いなんてあるはずがない。
 目を閉じる。開けるとそれは彼女の決意の表れ。靄を追い払い頭をクリアにする。相棒を守る為に。自分の使命の為に。
 迫りくる危険へと全身の神経を研ぎ澄ませながら、しかし振り払った靄が再び迫っていることを微塵も思わず、ただジュディスは闇の中、前を見据えていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

捏造人魔戦争なんですが、テムザはどんな感じで巻き込まれたのか、テムザが激戦地だったのは何故か、ジュディスはどんな風にバウルに助けられたのか、疑問は尽きませんが、ジュディスの人魔戦争からの十年間はきっと壮絶だったんだろうな、としか言えません。

バウルがいる分孤独でということはそんなにないとは思いますが、やっぱりバウルはクリティアでも人間でもないし、わずか九歳の少女が生きることを繋ぐこと、戦闘力を磨くこと、それを一人でしていたという現実は辛いだろうと思います。

それが遅くても、ユーリ達に出会えたことは、ジュディスにとって最高のターニングポイントだったんだろうな。



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