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*tales of…*
solitary society(セネル×クロエ)
【solitary society】


 目が覚めた時、状況を確認するよりも早く、自責の念が押し寄せた。それから遅れて自分がそこにいる前の記憶が蘇り、自分がどこにいるのかを理解する。
 クロエは体を起こすこともせず、仰向けにベッドに横たわったまま、深い深いため息を吐いた。それからゆっくりと息を吸う。嘔吐感と頭痛はとっくに消え失せており、眠ったことで回復したのだと確信した。
 悔やまれるのは、自分が今ベッドに寝かされているのだということ。“寝ている”のではない。“寝かされた”のだ。つまり、クロエは誰かにここまでかつぎ込まれて、今ここにいる。
 そこは、灯台の町、ウェルテス。クロエの居候している病院の、彼女にあてがわれた一室だった。
 ――またやってしまった。
 自分が酷く情けない。こうしてまた誰かに迷惑をかけてしまうなんて。日々の鍛錬の足りない結果なのだろうか。けれども、それでは一体誰がここまで運んでくれたというのか。
 そう思った時、ようやくクロエは周りを意識した。白い天井に固定されていた視線が動く。自分の頭の横。サイドボード。水の入っているだろう洗面器が一つ。額にかけられていたタオルは、ずり落ちて顔のすぐ隣りに落ちてしまっていた。
 頭を動かす。視線の範囲が広がる。そこで初めて、この部屋にクロエ以外に人間がもう一人居ることに気付いた。
 ベッドの隣りに置かれた椅子に腰掛け、腕を組んだままの姿勢で俯いている。伏せられた目蓋。一定のリズムで上下する白い衣服の胸元。銀髪。
「クーリッジ……」
 そうだった。倒れて意識と記憶がぶつりと寸断される前、自分は彼に手合わせを頼み、まさしく剣と拳をあわせている最中だったのだ。だとすると、不甲斐ない自分をここまで運んでくれたのは恐らく彼だろう。
「すまない……クーリッジ……」
 胸がきゅっと痛くなる。押し寄せた感情は、大きな情けない気持ちと、小さな何故か嬉しいという気持ち。そんなこと、思う筋合いなんてないことも分かっている。だけど、彼の優しさが、彼が今ここにいる事実が、クロエには嬉しくて仕方がない。
 ゆっくりと上半身を起こす。少しだけ頭がくらりとした。その眩暈も、目を閉じ開けると、すぐに光が戻ってきた。
 じっと、セネルを見つめる。腕を組み、頭を垂れさせて、すうすうと寝息をたてている。一体いつからここに居てくれたのだろう。頭の横に落ちたタオルを手にとる。このタオルも、セネルが乗せてくれたのだろうか。
 微動だにせず、セネルは眠っている。クロエはその顔を静かに見つめる。自分が倒れてから恐らく一日が経っている。差し込む陽光は、手合わせをしていた時と同じ、オレンジ色の夕陽だった。それがセネルの寝顔をうっすらとオレンジ色に染めている。
 一度寝てしまうとなかなか起きない少年だということはわかっていた。だから内心で詫びはしても起こすつもりも無かったし、起こさなければならない理由もなかった。そして何よりこの部屋で今彼と二人でいることが嬉しかったのも密かな事実。
 クロエの瞳が嬉しそうに細められる。
 ――もう少し……もう少しだけ、このままでいても罰は当たらないだろう……。
 不甲斐ないうえに何という我が儘。胸中で自身を恥じ、揶揄しても、どうしても状況を変えようという気持ちにはならない。目を閉じ重たい溜め息を一つ。
 そして、クロエは気付かなかった。その時セネルがまどろみから覚めて、クロエの横顔をじっと見ていたことに。
「……クロエ。もう大丈夫なのか?」
「!」
 その声に驚いて彼と目が合うも、言葉がうまく出てこない。“運んでくれてありがとう”なのか、“迷惑をかけてすまない”なのか。ただ口をぱくぱくさせるしか出来ないでいると、セネルが不意に目をそらし大仰に溜め息を吐いた。その様子にクロエの肩がぎくりと強張る。無理もない。自分をここまで運んでくれたのは恐らく彼で、だということはもうすでに彼には多大な迷惑をかけてしまった後なのだから。
「その……クーリッジ、すまない――」
「クロエ。お前、無茶しすぎだ」
「……え?」
「あの時、相当無理してたろ」
 被せて言ってきたその言葉にきょとんとなる。
 正直、確かにかなり辛かった。頭は痛いし、嘔吐感はあるし、体の節々が痛く寒気もした。
 だけど、それが一体何だというのだ。それぐらいのことで倒れるほどでは騎士など到底勤まらないし(結局倒れてしまったのだが)、そして、セネルと剣を合わせているこの瞬間が何より好きなクロエにとって、途中で止めるなど考えもつかないことだったのだ。
「もっと甘えてみてもいいんじゃないか?」
「甘、える……」
「ああ。お前自分にも厳しすぎる」
 今まで誰かに甘えたことがない訳ではない。両親が健在だった頃、まだ自分が何も知らない小さな少女だった頃はきっと甘えん坊だったのだろう。だけど、両親が亡くなった後、クロエの生活が激変した後は誰かにも自分にも甘えることは出来なくなり、きっと甘え方を忘れてしまったのだ。一人だった頃は辛くて、それでも没落した家の復興の為にただがむしゃらに生きてきたけれど、今は――。
「そんなに頑張らなくても、いいんじゃないか?」
 一人だった。クロエの味方など誰もいなかった。騎士になろうと、それまでの何倍も努力した。騎士になった時も、クロエのことを鼓舞したり祝福してくれた人など誰もいなかった。騎士になった後も、安心して背中を預けて共に戦う者などいなかった。クロエの立っている場所は、いつだって切り立った崖の上のようで、少しでも踏み外してしまうとクロエの人生そのものが奈落の底にたたき落とされてしまいそうな状況で。
 それでもクロエはいつも耐えなければならなかった。いつだって耐えてきた。頑張ることが、自分を保つための方法だった。
 なのに今は――。
 クロエは泣き笑いのような表情を浮かべた。あの時の自分が、今の自分を想像出来ただろうか。
 クロエに知識を教えてくれる者達がいる。
 クロエと共に競い合いながら切磋琢磨してくれる者達がいる。
 クロエをからかいつつも共に笑い合ってくれる仲間がいる。
「もっと自分、大切にしろよ」
 クロエを気遣ってくれる人がいる。それが嬉しくて、嬉しくて仕方がない。
「クーリッジ……、私はもう、十分甘えている」
「何言ってる。甘えてるやつが倒れるまで無茶するかよ」
「そう……かな」
「ああ。もっと甘えてみろって」
「なら……、我が儘を言ってもいいか?」
「何だ?」
 もしあの頃に戻れるのなら、一人ぼっちで頑張る幼い自分に言ってあげたい。今はまだ辛いけれど、きっとあなたには幸せな未来が待ってる――と。
「……クーリッジに、……もう少しそばに居て欲しいんだが……」
「え?あ……、え?!えっと、そっちかよ……」
 ――な、何か変なこと、言ったかな……。
 何故だか赤くなって俯きながらぶつぶつと何かを呟くセネルの姿に、甘えるって難しい、なんて実感しながら、徐々に熱くなってくる頬をクロエは両手で包み込んだ。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

きっとクロエって、あの時から普通のお嬢さまではなくなって、色々なことを忘れてしまったり、色々なことが初めてだったりするんでしょうね。誰かに甘える、なんてのもそうだと思います。そのきっかけをくれるのがセネルだといい。

最後のは、自分に甘えると人に甘えるを勘違いしてます^^



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