[携帯モード] [URL送信]

*tales of…*
want for answer(ユーリ×エステル)
【want for answer】


 勢いだったにしても、たしかに初めは少し抵抗があった。足はあんなにも出したことがなくてとても冷えたし、胸元だって、コルセットでウエストを締めたことはあっても、胸だけをあんなに締め付けたことなどなかった。ザーフィアス城にいた頃には考えられない服装だ。
 はっきり言ってしまうと、自分でもはしたないと思う。でも、もうその時には引くに引けない状況になっていたし、正直な気持ちを言うと、城で着たことのないそんな服が着れたことの方が嬉しくて楽しかったのもまた事実。機会があれば、また着てみようと胸の奥へと楽しみをしまうのと同時に丁寧に荷物の奥底へとしまいこんだのだ。
 だから、エステルは何故そんなことを言われるのかが分からない。
「売る、って……これをですか……?」
 ベッドに広げた衣服の数々。その中心に埋もれるようにして腰掛けた白い法衣。膝の上には例の服が置かれていた。それを両手でギュッと握りしめながら、戸惑う瞳で眼前に立つ青年を見上げた。
「ああ。お姫様にゃ、そんなもん必要ねえだろ」
 言われたことの意味が分からない。何故そうしなければならない?表情にもきっと出ていたに違いない。そんな目でユーリを見上げると、彼は少し怒ったような目で見下ろしてきた。
「何故、です?」
「もう必要ねえからだよ」
「そんなの分からないじゃないですか?!もしかしたらまた着る機会が――」
「ねえって、そんなの」
「どうして言いきれるんです?!」
 それはもはや懇願にも似た抗議だった。これほどまでに彼に意見するのは、自分が自分の意見を譲れないという性分なだけではないことも、分かってる。
 旅に出て初めて手に入れた、“お城のものではない”服。
 ザーフィアス城にいた頃は考えられない衣装。そしてそれ以上に、使用人やメイドの用意した、いかにもといった感じの服ではなくて、それを旅先で手に入れたということ。
 たとえそれが着るのに少しはしたなくても、エステルにとって思い出の、記念の服なのだ。
 別に男の子を“イチコロ”にしたい訳ではないけれど、思い出の服にまた袖を通したいと思うのは、悪いことなのだろうか?
「エステル、おまえ……もしかしてその服、また着ようとか思ってんのか?」
 上から見下ろされているからか、彼の声音がワントーン落ちると、凄みも増して、エステルはどきりとした。声色は静かだったのに、エステルの動揺を誘うには充分だった。
「……駄目、ですか?」
 動揺をなんとか押し隠してエステルはユーリを見上げる。その目に出来る限りの強い意志を宿したつもりで。しかしユーリはその目を見てはいなかった。エステルの目の前に立っているのにそっぽを向いて、でも心底呆れたようなため息を吐く。その顔は、部屋の薄明るい光の中、よく見てみると――、
 ――赤い……?
「……ユ、」
「おまえ、あの時あんな目に遭ったってのに、……まだ懲りねえのか」
「え?」
 がしがしと頭を掻くユーリは実に歯がゆそうな表情を浮かべていた。それでも彼の言葉の意味が分からずにいると、彼はイライラと言葉を紡いだ。
「思い出してみろ。あの時おまえはどんな目に遭った?どんな思いをした?」
「あの、時……?」
 記憶の引き出しから引っ張り出してみる。
 それはヘリオードでの出来事。
 街の人々が強制労働されていると聞いて、それを突きとめたくて階下へと続くエレベーターへと近付いたものの、見張りの騎士のせいで通れず、カロルの提案で騎士に色仕掛けを使うことにしたのだ。ユーリの挑発によってエステルが実行することになり、その為の服を道具屋で作ってもらった。ジュディスが言うには、“どんな男の子もイチコロに出来る服”。
 ――それから、それから……。
「わたしが騎士の方を誘い出して……ユーリが騎士の方を気絶させて……」
「違げえって。その前。おまえ、危ない目に遭ったろ」
「あ……、そうでした。確かわたしのことを疑ってました……」
 その時、エステルは胸の辺りに気持ち悪い何かがこみ上げるのを感じた。だけど、それが何なのかは分からない。
「だから、違うって言ってんだ」
「え、え……?」
 ユーリのイライラは更に募っているように見える。だけどエステルには彼の望む答えが分からない。見つけられない。
 胸の気持ち悪さは無くならない。
「えっと……よくわからないです」
 先ほどからユーリの言うことは抽象的過ぎて、言いたいことをあえて避けているように見えるのだ。何故、言わないのだろう。何故、言えないのだろう。
「はっきり言ってもらえないと、わからないです」
「はっきり、ね……。そうかよ……。なら、オレが思い出させてやる」
 ユーリの雰囲気がおかしい。そう気付いた時には、胸の気持ち悪さは最高潮に達していた。ゾクゾクと肌が粟立つような感覚。エステルの目がユーリの視線を捉えて離さない。すう、と細くなるユーリの瞳。それに釘付けになっていたせいで、エステルは気付けなかった。否、気付けていたとしても反応など出来なかった。
「え……、あ、きゃあっ!?」
 腕を掴まれたと思った瞬間、エステルはベッドの上に仰向けに倒れていた。背中への衝撃は柔らかく、上からの圧力は衝撃的で。何がなんだか分からない。視界が暗い。自分の体の上にあるあまりにも近すぎるユーリの体。ふりほどけない理由はプレッシャーだけではない。腕を掴まれていて身動きがとれないのだ。エステルには抗うことが出来ない男性の握力。抜け出そうともがいても、ユーリの体に阻まれベッドのスプリングがぎしぎしと虚しい音を立てるだけ。
「あ、あ……う」
 喋ることすら出来ず、喉からは言葉にならない呻きしか出てこない。視界が暗い。目の前にはユーリの漆黒の瞳。彼の長い髪が、背中から垂れてエステルの両頬のすぐ隣りに、カーテンのようにパサリと落ちてきた。まるで、エステルをそこに閉じ込めるかのように。
 胸が気持ち悪い。自分の目の前にいるのは、本当にユーリなのだろうか。
 怖い。怖い。こわい……っ。
「……と、まぁ。こんなことになるかもってことだ」
 視界が急激に変化した。黒から、薄明るいオレンジへ。エステルの体の上からプレッシャーが消えた。
「これに懲りたらもうあんな服は……――っ!?」
 気持ち悪かった胸が、ぎゅっと収縮した。喉も収縮した。鼻がつんと痛かった。目の奥は熱かった。
 そして、溢れ出した。溢れて、流れて、どうしようもなくなった。
「う、うぅ……、ううぅ……っ」
 怖かった。ユーリじゃないみたいだった。自分の体は明らかに危険信号を発していた。なのに何も出来なかった。それはまさしくヘリオードで感じた胸の気持ち悪さと全く同じものだった。
「エステル、その……悪りい。泣かせるつもりじゃなかったっていうか……じゃなくて、つまりだな……」
 何かぶつぶつと喋っているユーリの言葉も聞き取れない。
「ううぅ〜〜っ……!」
 ついに両手で顔を覆って泣いてしまった。悲しくもなければ悔しくもない。ただただ、本当に、怖かったのだ。
「エステル……」
 その時、ベッドの軋む音が聴こえ、ユーリが隣りに腰掛けたのが分かった。直後、頭をふわりとした感触が包んだ。手だった。
「本当にすまなかった。もうあんな事しねえから。約束する」
 肩を抱き起こされ、抱きしめられた。今度は、プレッシャーを感じなかった。彼の腕の中に閉じ込められ、その鼓動を聴く。荒れ狂っていた自分の心が段々と落ち着いていくのを感じた。同時に、胸の気持ち悪さが薄れていくのも。
「けど、あの服本当にどうにかしてくれねえか?オレの知らないところでおまえがアレを着て、危ない目に遭ってからじゃ遅いんだよ」
 涙は止まっていた。言葉も理解した。ユーリが服を売れと言った訳も。でも声は出なかった。だから、コクリと一度、頷いた。
 結局のところ、自分はまだまだ世間知らずで、まだまだ理解が足らなかったのだ。あのような服を着ることも、それを見た周りの反応も。それを、この上ないくらいに勉強させられてしまった。
 世界は広い。世間は大きい。これから見ることも聞くことも知ることも、もちろん良いことばかりではない。だけど、自分は決めたのだ。もっと自分の知らないことを知っていきたいと。
 今日感じた気持ちも、経験だと思えば――。
「もしおまえが、どうしても着たいってんなら……」
 自分にとってプラスだったと思うことが出来る。
「……オレの前だけにしてくれ。……頼むから」
 囁いた低い声を聴きとり、脳が処理するまでにかなり時間はかかったのだが、エステルは思わず答えてしまっていた。
「……はい」
 やっと出た声は、風邪をひいたみたいにかすれていた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

セクシータイフーンなのに、真剣に書き過ぎたんでしょうか……。でも、天然世間知らず姫の勘違いをそのままっていうのもどうかと思いまして。

お城の中では有り得なかったことも、一歩外に出てみればごろごろとたくさん転がっている。博識なエステルだけど、本に載ってないこともたくさんある。それを知った時のエステルの反応が逐一気になります。

ヘリオードで初お披露目のまんざらでもないローウェルさんは、少なくともあの時はむっつりだと思いました(え)。



[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!