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*tales of…*
struggle for all(ユーリ&エステル)
【struggle for all】


 予想以上に疲れるのは、それが普段握っている獲物と違う形状で手に馴染まないからか、それとも、普段の戦闘を完全に魔導器に頼っていたという証なのか。いずれにせよ、これだけの作業にこんなにも疲れ果ててしまう自分が情けなく感じることに変わりはなく、ユーリは手にしていたシャベルを放り出し、ごろりと仰向けに寝転んだ。
 視界には下町の狭い空。建物のセピアが空の青をより一層強調しているように思う。結界魔導器の片輪の無い空。今まであったものがないだけで、ひどく物足りなく感じる。自分が小さな頃から見上げた空は、こんなにも青かっただろうか。
「お疲れさまです」
 不意に視界が暗くなり、見知った顔がユーリを上から覗きこんだ。空の青と視界に入ってきた桃色が、優しい色合いを醸し出していた。
「エステル」
 寝転んだまま、そう言ってから半身を起こすと、お久しぶりです、と言ってにっこりと微笑んだ少女は、嬉しそうにユーリの隣りに腰を下ろした。
「今日はこっちにいんだな……ってか、おまえその格好……」
「ちょうどお仕事が終わったところでしたので……おかしいです?」
 少し自信なさげに小首を傾げる副帝は、いつかユーリがザーフィアス城で見た装いだった。彼女の桃色の髪を引き立てる、鮮やかなブルーのドレス。懐かしい、エステルと初めて会った時の衣装。このドレスを見ると、彼女の置かれた立場を改めて認識してしまう。
「いや……似合ってねえなと思って」
 言ってふいと顔をそむけると、エステルはくすくすと笑う。怪訝そうな目で彼女を見れば、少女の瞳もこちらを向いた。
「ごめんなさい。何だか懐かしいなぁって思ったんです。確か、初めてユーリと会った時も、そんな風に言われたんですよね」
「そういえば、そうだっけか?」
「ええ。何だか、随分昔のことのように思えます。でも、あの時とは世界も、わたしも、ずいぶんと色んなものが変わってしまいました」
「……だな。あん時、壊れたドアを直せって駄々こねてたお姫様が、今じゃ陛下殿を助ける副帝だ」
「もう……。そんなこと忘れてしまいました」
 あの時には思いもよらなかった今の状況に、現在のこの雰囲気さえも慣れないことは否めないが、それでもそれが、悪いとは思えない。
 確かに隣りに座る、下町の雰囲気とは明らかにミスマッチな少女は色々と変わらざるを得なかったのだと思うが、ユーリにしてみれば、あの頃も今も、大してやっていることは変わっていない。大きく変わったのは、行動範囲が結界の中と外とで、大幅に広がったことぐらいだろうか。
「井戸の方はどうです?」
「ん。まだまだって感じだな。掘っても掘っても出やしねえ」
「皆さんもお疲れのご様子ですね」
 辺りを見渡せば、座り込んでいる人も少なくない。中には、“本当に出るのかよ”と愚痴をこぼす者もいる。
 それを耳ざとく聞きつけたエステルは、
「絶対に出ます!リタとウンディーネがここだと言ってるんですから、ここで間違いありません!」
 と、場違いなドレス姿で立ち上がるものだから、下町の民から一斉に視線を浴び、“姫さんだ”“エステルさんだ”と散々もてはやされて恥ずかしそうに小さくなって再びその場に座ってしまうのだった。
「みんな焦ってんだ。何せ今まで水道魔導器が全部やってたことを自分達でやろうってんだからな」
「……そう、ですね」
 そういうエステルの表情は恥ずかしくてばつが悪い、というよりかは座り込んだ下町の民と同じような顔をしている。これは、疲労感だ。
 彼女とて焦っているのだろう。気持ちは分からなくもない。世界存続の為とはいえ、今まで頼ってきた魔導器のない生活になることをテルカ・リュミレースに住む全ての人に了承を得ずに、行ったわけではないのだから。
 恐らく、いやきっと、責任を感じているのだ。彼女の役柄、国を束ねる立場にいる為、尚更。
 ――ったく、この姫さんは……。
「わたし、皆さんに治癒術かけてきますね。傷を作っている方もいるみたいだから――」
「待て、エステル」
 ぎくりと少女が肩をすくませる。こちらの言わんとしていることが分かったうえでのそんな反応、認めたということの証拠でしかないのに。
「おまえ、ここのところ無茶してるだろ」
「無茶なんて……してませんよ?」
 何とも白々しいその台詞に、ユーリの口に意地悪そうな笑みが浮かんだ。
「ふぅん。本人に自覚がねえんなら仕方ねえな……。んじゃ、オレから天然陛下に――」
「あ、えっと……ちょっとだけ、その……無茶したかも、しれないです……」
 そう言って副帝は肩を落として畏縮してしまう。それを楽しげに眺めてから、不意にユーリは立ち上がった。エステルが顔を上げてこちらを見るのが気配で分かったが、それに構わずに辺りを見渡すと、広場で座り込む人々に紛れて、うずくまっている少年を見つけた。
「テッド!!どうした!怪我でもしたのか?!」
 “怪我”という言葉にエステルがハッとなったのが見えた。ユーリの声に気付いたテッドは、おぼつかない足取りでこちらへ歩いてくる。足でも滑らせたのか、膝を擦りむき血まみれにしていた。
「ちょ、大丈夫です?!今治療しますね!」
 それを見つけるや否や、テッドの方に駆けつけたエステルが瞬時に治癒術を発動させた。治癒の術式が浮かび上がると、眩い光と共に少年の膝の傷は、跡形もなく消えてしまった。
「テッド、おまえはもうやめとけ。あとはそこら辺でへばってる暇なやつらに任せてたらいいんだから」
「ユーリみたいな?」
「はっはっは、違いねえ。井戸掘りはオレらに任せといておまえはおまえに出来ることをやんな」
「そうするよ。ユーリもさぼってないでちゃんとやりなよ!」
 そう言って走り出した少年は一度だけ振り返り、
「怪我、治してくれてありがとう姫さま!」
 叫ぶと走り去っていった。
 隣りで微笑みを返したエステルは、少年の背中をいつまでも見ていた。その表情に浮かぶのは、もはや疲労だけではなかった。それを見たユーリの口にも知らぬ間に笑みが浮かぶ。
「ユーリ」
「ん?」
「わたしは、わたしの役割をきちんと果たせているでしょうか」
「果たせてないって、思うのか?」
「分かりません。でも、わたしはもっと頑張れるんじゃないかって……」
 エステルの瞳は下町を見ている。それは、どういった意味合いに映るのだろう。
「下町の皆さんを見ていたら、そう思うんです」
「……そっか」
 それはきっと不安だったに違いない。人は目に見えるものでしか納得することが出来ない。世界の安定を目指して治世することも、水が出てくることを祈って土を掘り続けることも、目に見えない間はまさに暗中模索だ。
 それでも動くしかない。自分に出来ることを、自分に出来る限りやるしかないのだ。いつだって。そう思った瞬間、ある答えにたどり着いた。
 ああ、そうか。予想外に疲れたように感じたのは、普段シャベルを握らないからでもなく、魔導器に戦闘を頼っていたわけでもなく――。
 ――オレも同じだったってことか。
 シャベルを足で蹴り上げ、左手で掴む。今は魔導器の装着していない左腕。自身の中にやる気が湧いてくるのを感じた。
「十分休憩したし、もうちっと働くとしますか」
 旅に出る前も、結界のない今も、何も変わることはない。下町はいつだってたくましく、人々は今を自分で生き抜く為に奔走する。
 そしてこれからは、世界中の人々が。そこは、エステルやヨーデル、フレンの頑張り次第だが。
「無茶だけはしないでくださいね、ユーリ」
「それ、オレのセリフ」
 こちらを優しく見つめる少女に少し呆れたような笑みを返し、ユーリは再び喧騒の中へと戻っていった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

EDで、ヨーデルと一緒にドレス姿で仕事しているエステルを見て、ああ、頑張ってるんだなって思いました。で、ザーフィアスで仕事してたら井戸掘り中のユーリと会えるんじゃないかと^^下町の人達ならエステルのことも受け入れてくれるんじゃないかと思いました。これを気に、オルニオンの時みたいに距離が近くなったらいいのにな。



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あきゅろす。
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