*tales of…*
kidnap then fuse(ユーリ&エステル)
【kidnap then fuse】
目の前の何とも呑気な光景に、ユーリは思わずため息を吐いてしまう。腰に手を当て、肩を落として、肺の中の空気をそれこそ全て吐き出すかのように、盛大に。
「ここは城の中じゃねえっての……」
天を仰ぐ。空はどこまでも澄みきっていて、雲は緩やかに流れていて。雨の降りにくい地域だとは下町で暮らしていた頃から知っていることだが、今日は一段と陽の光がぽかぽかと温かく、絶好の“昼寝日和”だとは思う。
思うのだが。
「ふにぅ……」
まるで猫の鳴き声のような妙な呻きを漏らしながら、少女は少しだけ身じろぎをした。
エステルは寝ていた。爆睡もいいところだった。今にも“すやすや”という擬音が聴こえてきそうなくらいに完全に眠っていた。
「勘弁してくれ……」
今まであまり自分の足で遠出というものをしたことがないのだろう。それも貴族なのだから仕方がないと言えば仕方がないのか。きっと貴族サマは、足が棒になるまで歩いたことなどないに違いない。
いや、エステルに限ってはもしかすると、ザーフィアス城からあまり出たこともないのかもしれない。
出会ってから今に至るまで、彼女の行動や言動はおかしなものだった。
あまりにも世間知らず過ぎる。
城から出るとまず空の広さに感動し、下町では人々の生活の様子を興味津々で見物し、帝都から出ると視界に入る生物や草花に“本で見ました!”と言って近付く。何かに例えるなら、まさしく“籠の中の鳥”。
――が、籠から逃げ出したってとこか?
貴族というのはみんなそうなのだろうか。それにしても度が過ぎているとも思うのだが。
――さすがにハイタッチを知らなかった時は笑ったな……。
あまりにも何も知らない少女。それでいて、本からだというあらゆる知識の豊富な少女。
気になるのはそれだけじゃない。
以前に手を怪我していたからといって彼女がユーリに施した治癒術。それが何だかユーリの知っている治癒術とは違っている気がした。本人が何も言わないのだからあえて聞こうとも思わないが。
謎の治癒術を使う、謎の貴族の少女。
「エステル、おまえは一体何なんだ……?」
「うみぅ……」
それに答えるように発せられたのは、何とも間抜けな呻き声。ユーリの目が丸くなり、思わず吹いてしまった。
エステルが何者なのかユーリには分からないし、知る由もないが、今目の前にいるのはただの少女の可愛らしい呑気な寝顔だった。
「……ていうか、何でおまえはそこにいんだよ」
寝息をたてる少女の桃色の頭の下で、背中を貸している青い犬を半眼で見下ろす。
「フン」
隻眼の相棒は、くわえた煙管を少しだけ動かし、構うなとでも言いたげに鼻を鳴らした。
いつもは構って欲しいらしいエステルを軽くあしらうふりをして、からかっているような素振りさえ見せるのに、まさか枕になってやるとは珍しいこともあるものだ。
そう思ったのも束の間。
よく見てみると、エステルの体勢がわずかにおかしい。これはまるで、意図的に寝転んだのではなく――。
背もたれにしていた樹から、重力にしたがって徐々にずり落ちていったかのような――。
つまり、相棒もフレンと同じフェミニストだったということか。そんなことを思っていると、考えていることがわかったのか、ギロリと睨まれてしまった。
「って言ってもなぁ……」
確かに、“平気だ”と強がる彼女を休ませはしたが、まさか本格的に休んでしまうとは。かと言って、いつまでもこうしているわけにもいかず。
「エステル」
声をかける。眠った少女は微動だにしない。
「おい、エステル」
しゃがみ込んで呼びかける。全く反応しない。
「もう行くぞ、エステル」
肩を叩いてみた。
「う〜〜ん」
ごろりと頭を横に向けて、優雅に寝返りを決められてしまった。そして聴こえてくる安らかな寝息。
がっくりと肩を落として今日何度目か知れないため息を吐いた。
「フレンのことが心配じゃないのかよ……」
と言っても眠りの世界にいる彼女はそんなこと露とも思わないのだろうが。
どうにもユーリは、この少女にペースを乱されてばっかりだ。もともと貴族と行動を共にしたことがない上に、むしろ関わろうともしてこなかった。貴族なんて傲慢で貪欲で、嫌なやつばかり。関わってもロクな事がない。付き合い方なんてそれこそ知るわけがない。
エステルにいたっては、やはり貴族。物事は穏やかで品があるものの、現実を知らず物事を為すにも他人頼み。ユーリの苦手とする人種だが、どうにも彼女は真っ直ぐ過ぎるらしい。貴族にしては珍しく、ユーリとの逃亡を経た旅にも文句言わずついてきている。だからこそ、今までの反動もあり、体は相当疲れていたのだろうが。
――無茶すりゃいいってもんでもねえけどな。
それにしても。
「ほんと、よく寝てんな……」
無防備過ぎるにもほどがある。わかっているのだろうか。自分と旅をしているのが男だということが。いや、城を出てから目に映るものにいちいち感動していた彼女のことだ。きっと何も考えていないに違いない。
「緊張感ってもんを知らないのかね。……このおじょーさんは……」
ラピードが何か言いたげにこちらを睨んでいたが、この際気付かないことにする。
その、気持ち良さそうな寝顔にユーリの視線は釘付けになる。
伏せられた長い睫毛。薄紅色の頬。柔らかそうな唇。何のやっかみからも解放されたような顔で、少女は眠る。ユーリの瞳は、それをじっと見つめる。ただ、静かに。
無意識のうちに手が伸びていた。人差し指を形作り、それが薄紅色の頬をとらえた。
「……誰かに襲われても知らねーぞ」
――オレはお行儀のいい騎士さまじゃねーんだから。
指でつつけば、頬は柔らかく押し返してくる。その度にエステルは寝苦しそうに眉根を寄せた。その様子がどうにも可愛らしくて、可笑しくて、ユーリはくつくつと笑う。
何で自分はここにいるのだろう。何で自分は、彼女と今ここにいるのだろう。
下町にいた頃もよく何らかの厄介事に巻き込まれてはいたが、この状況は今まで以上の異質さだと思う。まさか結界を越えた先で貴族の少女の寝顔を見る羽目になるなんて、思いもしなかっただろう。だけど――。
「……駄目ですよ、ユーリ……」
「……!」
「……それは、……食べるものじゃ、ないです……」
「どんな夢見てんだか……」
だけど、不思議と胸中は穏やかで、そんな気持ちも悪くない。どこまでの付き合いかは分からないけど、先が思いやられるのは確かだけれど、それも少しだけ楽しみに思えてくる。
気付けば自分の髪がエステルの顔にかかる位置にまで近づいていて、離れようとした瞬間、目を覚ました彼女と至近距離でパチリと目が合って叫び声をあげられてしまい、ラピードが迷惑そうに鼻を鳴らしたことにユーリが気付くことは、なかった。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
帝都出た頃のユーリ&エステルみたいな感じです。ユーリとエステル。真反対みたいな二人。エステルには普通だと思えることがユーリには考えられないことで、それの逆もあったり、初めユーリはイライラする場面もあったんじゃないかと思います。
そんなユーリが、エステルのほんわかぶりに思わず脱力してしまってたら可愛い^^振り回してしまうのも、それに付き合ってあげるのも、きっと許してないと出来ないことかと。
二人の出会うきっかけになった行動を二人が起こしたことと、その出会いに感謝です。
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