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*tales of…*
emperors are still(ヨーデル&エステル)
【emperors are still】


 混乱の世に突如決まった救済措置。
 それは、弱体化した評議会が主たる力の持ち主を亡くしてついに騎士団に屈服したからだとか、男であることが女よりも優先されるとか、そういったことではない。
 何となく分かっていた。そうなることが。そういう風に動くだろうことが。自分の置かれる立場がどうなるかが。
 事実上、自分が皇帝になるのだということが。
 次期皇帝候補――否、暫定次期皇帝、ヨーデル・アルギュロス・ヒュラッセインは、自分の為にあてがわれた質素ながらもどこか豪奢であろうとあしらわれた部屋で、ため息を一つ吐いた。
 分かっていた。自分が皇帝になることなんて。エステリーゼではなく、自分なのだということが。
 そのことを感じたのは、ようやく悪漢から解放され、ヘリオードでエステリーゼと会合した時。
 対面に座ったエステリーゼの目を見て、雰囲気を感じて、彼女のどこかが違うと、思った。そしてそれまでの経緯を聞く。
 ヨーデルは思った。エステリーゼは、やりたいことを見つけたのだ、と。ザーフィアス城で会った時と、目の輝きが違うということ。やりたいことの為に、彼女の意志で動くことが出来たのだということ。
 ヨーデルが次期皇帝に任命されたのは、この小さな街が街とはまだ呼べない頃のことで、つい先だっての出来事だが、実をいうとその頃から薄々気付いていたことなのだった。
 窓から街の様子を眺める。
 人々は皆、自分の成すべきことの為に“街”と呼ばれて間もない環境を忙しく走り回り、己の生き様を見せ付けるように声を張り上げている。希望にあふれた街。空を不気味に這いずる“星喰み”などに臆することのない、望想の地“オルニオン”。
 その名付け親だという彼女も、今はどこで何をしているのだろうか。そして彼女が彼女の使命の為に、十八年目にして初めて見る世界を駆けているのなら、ヨーデルは自身に問う。
 ――私に出来ることは、私にしか出来ないこととは、何か?
 そう思い至った時、大いなる決意と大きな不安がヨーデルを包んだ。そうして、それをついにザーフィアス城から持ち出すことにしたのだ。
 心は決まった。覚悟を決めた。細く頼りないそれをしっかりと握ると、ヨーデルはしっかりとした足取りで、部屋を辞した。

 その日の天候はあいにくの雪。それなのに傘もささずに川縁に佇む姿は、美しいを通り越して何だか儚く見え、ヨーデルの胸をどきりとさせた。
 一瞬声をかけようかかけまいかと迷ったが、彼女の手が抱きしめるようにして持っていたものを見て、ハッとなった。
「……本当に情けない話です」
 気付けばそう、声をかけてしまっていた。それに気付いて振り返った彼女が、“ヨーデル”と小さく呟くのが聞こえた。
「寒くないですか?エステリーゼ」
「ありがとう、わたしなら大丈夫です。ヨーデルの方こそ」
「私も、大丈夫ですよ」
 そう言って微笑んでみせたが、すぐにその表情が暗いものに変わるのも自覚してしまう。
「……本来なら、こちらの事は気にせずにやりたいことを優先させてくださいと言えればよかったのですが……」
 隣りにいるエステリーゼの顔を見ることが出来なかった。皇帝になる為に、皇帝になった時の為に、幼少の頃からさまざまなことを学んできた。その瞬間の為に生きてきたようなものだった。ついにその時がやってきたのだ。皇帝になるべき時が。
 それなのに。覚悟も決めたはずなのに。気付けば副帝の証など持ち出し、エステリーゼに頼ってしまっている。
 自分よりも遥かに城を出ることの少なかったエステリーゼ。ようやく広がった世界で自分の成すべきことを見つけた彼女。
 自分はその貴重な時間を少なからず奪おうとしている。それは、まるで羽ばたこうとしている鳥を、どうにか自分の傍に置いておこうとしているようなもので。そしてそれをしてしまったというのが変えられない事実であって――。
「本当に……すみません……」
 今更謝っても遅いというのに。もう、ブルークリスタルロッドは彼女の手の中にあるのだ。
「ヨーデル……それを言うならわたしだって同じです」
 驚いて隣りを見る。少し悲しそうな横顔は、どこか遠くの方を見つめていた。
「わたしだって、皇族の生まれです。次期皇帝候補として生きてきました。背負うものはわたしもヨーデルと同じなんです。なのに、その全てをヨーデルに押しつけているようで……」
 こちらを見るエメラルドブルーの瞳は、やはりどこか悲しそうで。
「わたしって駄目ですね。傷ついている人を助けたいとか、自分の力の事を知りたいだとか、まだ知らない世界の色んなことを学びたい、とか、本当に目の前の事しか見えていない」
「エステリーゼ……」
「よく、叱られるんです」
 そう言って自嘲的に、困ったように微笑んだ。
 ああ、自分は。自分たちは何と脆く、弱いのだろう。きっとエステリーゼも自分も似たもの同士で、目に見えることしか知らないのだ。
 ラゴウの手回しで悪漢にさらわれた時にヨーデルが感じたものも、世界を成す彼が知らない部分のほんの極少なものなのかもしれない。そして、エステリーゼはヨーデルの体験したものよりも遥かにたくさんの事をその身に、その心に刻んできたに違いない。
 そうして自分たちは世界に適応すべきなのだろう。だけど悲しいのは、世界はもう待ってはくれないのだということ。
 皇帝がヨーデルに決まったことで、世界は指導者を求めている。それが自分のすべき事だと、周りも自分も認めている。
 それでも不安だということに変わりはなく、その何とも情けない気持ちに泣きたくなってくる。
「ヨーデル、わたし思うんです。わたしもヨーデルも、世界の全てを理解しているわけじゃない。でも、それを動かす立場にいなくちゃいけない。それってとっても不安なことです」
「………」
「だから、わたし達は二人なんだって思うんです」
 エステリーゼを見る。少し自信のなさそうな瞳は地面を捕らえていたが、ゆっくりと言葉を紡いでいく様子に聴き入らずにはいられない。
「これってこじつけかもしれないですけど、この時の為に次期皇帝候補って二人いたんだと、思いません?」
「エステリーゼ……」
「ヨーデルがこれを預けてくれたこと、貴方を支えられる立場にいること、嬉しく思います」
 それはもしかすると、単なる甘えなのかもしれない。それでも今は彼女の気持ちが素直に嬉しくて、ヨーデルは泣き笑いのような表情を浮かべてしまう。
 エステリーゼにきちんと向き直ると、ブルークリスタルロッドを抱いたその手をそっと握る。雪の中にさらされた手袋の手は、とても冷たかった。なのに、ヨーデルの胸の中は切なく、温かい。
「ありがとう、エステリーゼ。貴女がいてくれて、……本当に良かった」
 心からのその言葉にエステリーゼは柔らかく微笑む。それにヨーデルも微笑み返しながら、揺らいでいた決意や覚悟が確固たるものに変わったことを今ようやく実感出来た気がした。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

オルニオンでBCロッドを貰うくだりが予想以上に可愛くて、ヨーデルの“不甲斐ない皇帝ですが……”にこれってプロポーズみたいだとやたらキュンキュンしてしまいました。

勝手な見解なんですが、ヨーデルも一人の人間だし、皇帝になることに迷ってたり、弱さをエステルに見せてたらいいのにな、と思います。エステルは、“そういうことなら喜んで”と、どっちなのか一見わからない返事ですが、やっぱりあの皇族コンビ特有のふんわりとした雰囲気が、好きなんです。



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