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*tales of…*
I don't know the flowering period.(フレン&エステル)
 信じられないものを見た。
 そしてすぐに、それはきっと見間違いなのだろうと思い至り、目の前にいる人物を凝視する。少し恥じらい、頬を赤く染めながらおどおどとした上目遣いでこちらを見上げる少女は、しかし紛れもなく――。
「え、エ……、エステリーゼ、さま……?」
「……えっと、やっぱり、その……似合って、ません、よね……」
 頭が真っ白になった。直後に彼女が自分のよく知るエステリーゼ姫だということを認識すると、次々と浮かび上がる様々な言葉のどれを選んで口にして良いのか分からず、ただ口をぱくぱくとさせているしか出来ない。
「フレン」
「は、はいっ?!」
「……そんなに見られると……恥ずかしい、です」
 自分自身を殴りつけたい思いで視線を引き剥がした。


【I don't know the flowering period.】


 自分は駄目だなぁ。
 しみじみとそう思いながら空を見上げる。今日は雲一つない空の青が、少し憎らしいほど。いっそのこと黒い雲がひろがって、彼女を何もかもから隠してくれたら。それとも、その雲が雨でも降らしてくれれば、彼女も着替えてくれるだろうに。そんなことを考えてしまう。
 エステルは、未だに先ほどの格好のままだった。
 結局のところ、似合ってないかとこわごわ訊く彼女に、着替えろなんて言うことも出来ずにフレンはいた。無駄だとは思うが、一応聞いてみる。
「エステリーゼ様。寒くないですか?」
 視線は彼女の方に向けないまま。
「あ、はい。大丈夫ですよ」
 当たり前だ。寒いなんてわけがあるはずがない。ここは熱砂の地域コゴール砂漠。そこの上部に位置する“ヨームゲン”という街があったと言われる場所。
 じりじりと砂を焼く太陽をフレンは恨めしく見上げる。
 この“ヨームゲン”と呼ばれる街が以前は幻だったというのなら、自分の隣りに座る信じられないほどの光景も、蜃気楼か何かだったらいいのに――。そう思わざるを得なかった。
「フレンのそれ、とても格好良いですね。似合ってます」
「え……?」
 唐突に話しかけられ、慌ててエステルの方を向こうとして、そして慌ててそうせずに視線を膝に落とした。
「ユーリとはまた違った感じですね。フレンは、そういったのがお好きなんです?」
「あ、ああ……。これだと水の抵抗なく泳げますから。以前に任務で潜った時も、似たようなものを支給されました」
 そう言って、着ているウェットスーツの膝の部分をなでた。好きなものを選べと言われ、フレンが選んだのがこれだった。これが恐らく一番抵抗を感じずに速やかに泳げ、潜れ、尚かつ体温の低下も緩めてくれる水着のはずだ。何の無駄な動きもなく、任務が遂行出来るに違いない。
「うふふ」
「エステリーゼ様……?」
「フレンは相変わらずですね、ふふふっ」
 突然そう言って笑われ、思わずエステルの方を見てしまう。フレンの良く知るいつもの彼女と随分違った雰囲気の彼女は、桃色の髪をわずかに揺らして、本当に楽しそうに笑っていた。
「そういうあなたは……変わられましたね」
「そうです?」
「ええ」
 きょとんとした目で小首を傾げる顔を、フレンは優しく見つめた。どこか、自分とは違う空間に彼女が居るような錯覚を覚えながら。
「城にいらっしゃった頃は、そんな風に笑われることはなかった」
「え……」
 まるで今の自分が変であるかのように、エステルは両手で両頬を包みこむ。
 ザーフィアス城の中のエステリーゼ。十八年間の城の中の日々。フレンと会って話した日は、フレンの語る“城の外の世界”の話を聞く度に、羨ましい、と口にしていた彼女。
 話の中で笑うことはあっても、それはどこか別の世界の他人の出来事。主観的に捉えようとするにも限界はあるのだろう。今のエステルは、随分と楽しそうに笑う。
 自分は彼女の表情を笑顔にすることは出来ても、心まで笑顔にすることは叶わなかった。それを成し得たのは自分ではなくて、彼女をついにザーフィアス城の外に連れ出したフレンの親友だというのだから――。
「……何だか、妬けてしまいます」
「?、何です?」
「あ、いや!えっと……日、焼け……するんじゃないかと思って……」
 しまったと思った頃にはもう遅かった。今更自分の服装に改めて気付いた彼女は、剥き出しの膝の上の両拳をぎゅっと握りしめてうつむいてしまった。
 その顔は、先ほどよりも真っ赤に染まっている。
「エステリーゼ……様」
 声をかければ、そっとこちらを見上げるエメラルドブルーの瞳。
 もう、視線を剥がせない。外せない。
 フレンは知らなかった。エステリーゼの肩がこんなにも細かったなんて。エステリーゼの足がこんなにも白かったなんて。エステリーゼのうなじが、こんなにも綺麗だったなんて。全くもって彼は知らなかった。
「フレン……」
 愛らしい唇から自分の名前が紡がれる。
「エステリーゼ様――」
「……やっぱり変ですよね」
「……え?」
「やっぱり変ですよね、この格好。水着なんて着たことがなかったので一度着てみたかったんですけど、やっぱり駄目ですね。わたし、返してきます」
「あ、いや……えっと……、あのっ!」
「はい?」
 相変わらず、という言葉が、果たして褒め言葉であるのか、そうでないのか、フレンには分からない。だけど、それが自分――フレン・シーフォなのだし、そんな自分を変えたいとも変わる必要があるとも、全く思っていない。否があるなら正さねばならないが、どうやらそうだというわけではない。
 エステルはどうなのだろうか?
 フレンが、変わったと言ったことでどう思ったのだろうか。良い方向に受けとめたのか、悪い方向に受けとめたのか。変わった、と言ったフレンでさえも、褒め言葉なのかそうでないのか、どちらの意味で言ったのかも分からない。彼女が本当に変わったと思ったから、そう言ったまでだ。
 ただはっきりとしているのは、そんな彼女が、フレンにはやっと陽の元に出られた花のように生き生きと輝いているように、そして何より美しく見えたのだということ。
 それを、変わるなというのは、もしかしなくとも“罪”なのではないだろうか?
「エステリーゼ様!」
「?」
「その格好、素晴らしいと思いますっ!」
 相変わらず、ただただ真面目なフレンは、その発言の意味をエステルや近くにいる仲間達に全く別の意味で捉えられ、冷たい視線を浴びる羽目になるとは露とも思っていなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

さわやかワンピースとテクニカルダイバーの格好です。水着、御披露目後みたいな。でもあれ、男性は男性、女性は女性で一緒に水着姿になってないんでしたっけ……(あれ

“エステル”だったり“エステリーゼ”だったりややこしすぎました。私の中で、城時代の彼女はエステリーゼ、旅後はエステルと表記するようにしていますが、フレンの中ではエステリーゼのままだし、フレンから見たエステルもエステリーゼだし、かなりごちゃごちゃしいことに……。

それにしても、このパーティーの中で天然真面目ぶりを炸裂させるフレンが相変わらず好きでたまりません。(え



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