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*tales of…*
hesitation bud(ユリエス寄り)
「ぶえっくしょいっっ!!?」
 部屋から出てきたと思ったらそんなおおきなくしゃみが聞こえ、エステルはびくりと肩をすくませた。慌てて振り返り、大丈夫です?と問う。
「う〜〜、何か駄目っぽいわね。俺さまも感染っちゃったかもしんないわ……」
 気怠そうにそういったレイヴンの表情はかなり辛そうで、目などとろんとしている。熱のある証拠だ。
「レイヴン、もう休んでください!わたしが代わりますから……!」
「あー……。そうさせてもらうわ。けど、嬢ちゃん。あれは放っといた方がいいかもよ?そうすりゃ勝手に治る。風邪ってなそんなもんよ」
「そんな!?放っておくなんて……出来ませんっ!」
 立っているのも辛そうなレイヴンの背中を、部屋へとぐいぐいと押しやりながら、エステルは毅然と言い放った。


【hesitation bud】


 満月の子が病気に強いなどという話は聞いたことがないし、実際幼い頃に病気になった時にまだ存命だった母が付きっきりで看病をしてくれたのもおぼろげながら覚えている。
 しかし、仲間達がバタバタと倒れていく中で自分が何も影響を受けずにこうして動いていられるのも事実。動ける者が看病をせずに何をするというのか。
「ジュディス……大丈夫です?今タオルを取り換えますね」
「……おかしいわね。クリティアは風邪をひかないと、思っていたけれど……」
「そう思ってるのはきっと、ジュディスだけです」
 微笑みながら、絞ったタオルをジュディスの額へ乗せる。少しだけ手の触れた額はまだ、熱かった。
「……エステル……。治癒術……使っちゃ、ダメ……」
 リタが苦しそうに呻いた。すぐさま駆け寄って様子を窺う。どうやらうなされているようだ。額のタオルを濡らし顔を拭いてやると、幾分か落ち着いたように見えたが、まだ呼吸はずいぶんと荒い。
 苦しんでいるのを見ると、どうにも治癒術を使いたくなる。なぜなら、治癒術とは痛みや苦しみを治癒するためにあるのだから。
 ――分かっています。
 それでも、この人数を治癒したとなれば、いずれ自分が倒れてしまう。そうなれば、逆に迷惑をかけてしまうのだろう。結局自分は何も出来ないのだ――そう思うと、悲しくなってくる。
「……何も、出来ないなんてことはないわよ?」
 まるで心を読まれたかのようなジュディスの言葉。驚いて振り返ると、熱に浮かされながらも穏やかな瞳が、エステルを見つめていた。
「でも無茶だけはしては駄目」
 そう言って微笑むジュディスにつられて、エステルも少しだけ微笑む。今は仲間を精一杯看病しよう。元気づけられた心が行動を起こさせる。
「また来ますね」
 扉を出る直前にジュディスがゆっくりと目を閉じたのが見えた。

 カロルは呼吸も荒いし汗も酷いが、よく眠っている。どうやら落ち着いてきたようだ。レイヴンはとりあえずは眠りに陥っている。しかしその表情はやはり苦しそうだった。タオルを絞り、取り替えてやる。
 問題はユーリだった。とりあえずの眠りから一時的に覚めてしまい、何度も寝返りをうっている。こうなると次に眠りに落ちるまでが辛い。荒い呼吸がエステルの耳に否応無しに届く。
「ユーリ……大丈夫です?眠れないんです?」
「……エステル……。あっち、行ってろ……感染る」
 壁の方を向いたままそう言った声は何とも苦しそうなもので、エステルの胸を苦しくさせた。口調がいつもよりぶっきらぼうなのは、喋るのも辛いくらいに熱に浮かされているからだろう。自分は治癒術士なのに。人を治癒する術がこの手にあるのに。
 ジュディスに元気づけられたといってもやはり無力感は拭えないまま、それでも気丈にエステルは微笑んでみせた。
「大丈夫ですよ。わたしはまだ動けるから、みんなの看病をしないといけないんです」
「そ……だな、おまえ、そういうヤツだもんな」
 はは、と笑いながらまた寝返りをうった。ユーリの顔がこちらを向く。汗が酷い。ずり落ちてしまったタオルを拾う。濡らして絞ったところで彼の手が伸びてきて、自分で顔をぐいと拭った。
「ごめんなさい。治癒術、使わなくて……」
「は……、エステルにしちゃ、使わないだけでも、たいしたモンだ。……は、……」
 喋るだけでも辛そうなのに、すぐにそう返してくれる。彼の優しさに心がどうしてもめげてしまう。もしかすると、自分はいない方がいいのではないか。いや、寝られないのならせめてもの間、話相手になった方がいいのだろうか。それとも話すだけでも辛そうなのに、無理に話させて辛い思いをさせるなら、いっそのこと退室した方が良いのだろうか。
 そもそも自分は、彼らに、彼に、要る存在なのだろうか?
 そう考えると段々と怖くなってきて、エステルはぎゅっと目を瞑ってしまう。だから彼女は気付かなかった。ユーリが熱に浮かされた目で、だがしっかりとエステルを見つめていたことを。
「ユーリ……あの、わたし――」
「エステル」
 やはり退室しようと思い至り、口を開いたところでそう、声をかけられた。言おうとしていた言葉は喉の奥に引っ込んでしまい、エステルはきょとんとユーリを見た。
 ユーリは荒い呼吸をゆっくりと調えると、エステルから少し目をそらして、言いにくそうに呟いた。
「オレの……風邪が感染ったら、……は、オレがおまえを全力で看病すっから……」
 最後はタオルをずらして、目を完全に隠してしまった。
「……しばらく、ここに居てくんねえか……?」
「ユーリ……」
 それに気付かないほどエステルは鈍感ではない。初め、駄目もとで“感染るから寄るな”と言ったユーリが、今は“ここに居ろ”と言ってくれている。
 その大いなる矛盾が示すのは、彼の気遣い。優しさ。言ってくれているのだ。おまえの存在は必要だと。受け取ってくれているのだ。エステルのユーリ達に対する気持ちを。
 病人に気遣ってもらうなんて、やはり自分は駄目だなぁ、と思いつつも、その温かな好意が嬉しくて、同時に胸が苦しくて、だけどそれは皆が今体験している苦しさとは全く異なるもので。油断していると泣いてしまいそうになるのを懸命にこらえ、顔を隠してしまったユーリに心の中で“ありがとうございます”と、呟く。
「……大丈夫ですよ。わたし、きっと感染りませんから」
「………」
「そんな気がします」
 そう言うと、依然顔を隠したままの優しい青年は、タオルの下から“なんだよそれ”と言った。
 ユーリにも、ジュディスにも。そして普段気付かないことも多いが、きっと仲間達にも。エステルの存在価値は治癒術だけじゃない、そう思ってくれていることが、エステルの脳の理解を司る部分にしっかりと染み渡ってゆく。
 そんな彼らに自分が出来ることはきっとたくさんあるはず。ユーリの傍らで、彼に言われた通り“そこに居ながら”も、彼らの為に出来ることを懸命にやろう、そう改めて決意した。




ここまで読んで下さってありがとうございます。

そんなこと、ユーリの絶対に言わなさそうな言葉ですが、ぜひ言って頂きたい言葉(ユリエスを愛してる!)。ユーリって本当に優しいですよね。VSの時に疲れたファラを気遣って、“オレが休みたいの”と言った場面。V本編のユーリではないですけど、本当に優しい兄さんだと痛感させられました。本人は“違うっての”とか言うんでしょうね。

とは言え愛されエステル過ぎました^^そうやって彼女、どんどん悩んでいったらいいんですよ、若いんですから!



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