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*tales of…*
adventitious adventure(幼少エステル&幼少ヨーデル)
【adventitious adventure】


 ふう、とため息を一つ吐く。どれくらい読んでいたのだろう。きりの良いところで心を本の世界から引き剥がし、現実世界へと戻ってきた。本の活字を集中して追っていた目が自室を眺めると、いつもは狭いと感じるその部屋は、急に広い空間のように感じる。
 少し休憩をしようと分厚い本の中ほどに栞を挟む。それにしても、この本はなんて面白いのだろう。何度も読んだ本なのに、その都度エステリーゼを興奮へと誘う。どきどきと躍動する気持ちを抑えることが出来ない。
 いつか自分もこの本の主人公のように、世界の不思議に遭遇するような大冒険が出来たら――。この本を読んだ後に必ず感じる羨望に、今日も例外なくうっとりとした後、そんなことは自分には到底無理なのだとやはり思い知らされ、先ほどとは違った意味合いのため息をもう一つ吐く。
 エステリーゼの狭い空。窓から見える景色が彼女の外の世界の全て。結界の片輪。空。雲。窓のすぐ近くの木。今日も今日とて変わらない景色。
「……?」
 そのまま、また本の世界に帰るつもりだったのが、今日は違った。エステリーゼの変わらない景色が、いつもと違った気がしたのだ。いつもの景色の中に、“いつもはないもの”を見た気がしたのだ。
 見間違いだろうか。もう一度、目を凝らしてしっかりと窓の外を凝視する。
 やはり。
 いつもと同じ景色の中に何かがひょこひょこと動いている。
「なに……?」
 椅子から立ち上がって窓に近づく。手と額が窓に触れ、ひんやりとした冷たさを感じた。よく見てみると、動くものはどうやら人の足であることがわかった。
「!?」
 木の生い茂る葉から、足が見え隠れしている。それもどうやら、子どもの足。不器用だが、少しずつ木の上の方へ登っているような動き。エステリーゼの私室はザーフィアス城の二階にある。それに隣接して生えている木の、そこまで登ってきたということは相当な高さであるはず。
 子どもの足は非常におぼつかない。細い枝を足場にして探り探り上へと登っていく様は、エステリーゼを酷く不安にさせた。
「〜〜〜っ!」
 思わず顔を窓にぴったりと貼り付けて見入ってしまう。危なっかしくてまるで見ていられない。でも、気になって見ずにはいられない。もしこの嵌め殺しの窓を開けることが出来たら、そんな危ないことは今すぐ止めて、と叫びたいのに。
「っ!!」
 その時、ついに怖れていたことが起きた。子どもが、枝から足を踏み外してしまったのだ。エステリーゼは大きな瞳をいっぱいに見開いて、口を両手で覆った。子どもの体が、エステリーゼの視界を上から下へ一瞬で移動していった。考えるより先に体が動く。ドレスを翻して、急いで部屋から飛び出した。

 そこにたどり着いた時に倒れている少年を見て、エステリーゼは声を失った。なぜ――。分からないことだらけだが、とにかく頭を打って気を失っているらしい少年のそばに跪き、“秘密のお祈り”を捧げた。目を覚まして、と。瞬時に傷を治してくれる模様と光がエステリーゼと少年を包んだ。光が消えてもエステリーゼが祈っていると、呻き声をあげながら少年が瞼を開く。その青い瞳がエステリーゼを見て、驚愕に見開かれた。
「……エステリーゼ?」
「ヨーデル……、良かった。もう痛くないです?」
 うん、と頷く少年はエステリーゼを安心させるような微笑みを小さく浮かべた。
「それにしても、どうしてヨーデルがここにいるんです?」
 エステリーゼがヨーデルにめったにあうことが出来ないのは、彼女がザーフィアス城からあまり出してもらえない、ということだけではない。彼とて、次期皇帝候補の一人である皇子なのだ。一般の年頃の子どものように、自由に出歩いたりは出来ない。エステリーゼと同じように。その皇子がどうして一人でザーフィアス城の庭で木登りなどしているのか。彼はその質問には答えずに、何かを思い出したらしく、慌てた様子で懐を探り出した。大事そうに取り出されたのは、小さな鳥の雛だった。
「落ちてたんだ。さっき見つけた時に気になって、来てみたらまだいて……。猫に食べられてなくてよかったよ」
 どうやらそれを巣に戻そうとしていたらしい。お付きの大人に頼ろうとしなかったのは、子どものそんな戯言に付き合ってもらえないことを分かっていたからだろう。
「でも、どうやって一人で?」
「えっと……、騎士団は、ずっとぼくにくっついとかないと守れないくらい弱いのかい?って言ったら、少しだけ時間をくれたよ」
「まあ……!」
 正直驚きを隠せない。ヨーデルに対しては、初対面の時から“そういう事”が出来る子だという認識はなかった。
「そういうエステリーゼはどうやって一人で……?お付きの人はどうしたんだい?」
 逆に問われうろたえてしまう。まさか下に落ちている少年がヨーデルだとは思わなかったのだ。もし一般の子どもであれば、必要以上に怒られてしまうに違いない。出来るならば、エステリーゼがこっそりと逃がしてしまいたかった。
「その……ですね。お手洗いです、って言ったら……」
 はしたないことを口実にしたことでエステリーゼの頬が赤く染まる。ヨーデルは目を丸くしていたが、やがて本当に楽しそうに笑った。
 その様子にエステリーゼは頬を膨らませる。
「あは、ごめん。いや、エステリーゼもそういうこと、言うんだね……!うふふ」
「もう!ヨーデルだって同じじゃないですか!」
 怒ってはみたものの、内心では嬉しかった。いけない事をしたのは分かっている。それでも、ヨーデルと二人だけの共通の秘密ができたみたいで。何だか胸がわくわくしてしまうのだ。
 顔を見合わせると可笑しくなって、二人してもう一度笑った。
「じゃ、この鳥を巣に返したら戻るよ」
 そう言って、ヨーデルは再び雛を懐にしまい、木に登り始める。
「大丈夫です?もう落ちないでくださいね……!」
「うん、今度こそこの子を返すよ。この子はお母さんと一緒にいるべきだ」
 きっぱりとそう告げ、手をかけ足をかけ、少しずつだが上へと登ってゆく。だがやはりその動きはおぼつかなく危なっかしい。ハラハラとエステリーゼは見守った。自然と手は胸の前で組まれ、祈るような気持ちで見ていた。
 何度か足を踏み外す度に、エステリーゼは両手で目を覆った。その内に、エステリーゼの私室ほどの高さから、賑やかな鳥のさえずりが聴こえてくる。どうやら巣に辿り着けたらしい。
「ヨーデル!すごいです!」
 ゆっくりと降りてきたヨーデルに、エステリーゼは尊敬の眼差しを込めて駆け寄った。と、その時ヨーデルの指に裂傷を見つける。枝を引っ掛けたのだろう。
「エステリーゼ?」
 その汚れた指を取り、“秘密のお祈り”を捧げると、光が瞬時にそれを癒やした。
「もう大丈夫」
「ありがとう。きみのそれは……本当にとてもあたたかいね」
 ヨーデルはしばらく意味深に指を眺めていたが、すぐにいつもの優しげな顔で微笑んだ。だから、彼のそうした意味は分からなかったが、エステリーゼもにっこりと微笑んだ。
「服、汚れてしまいましたね」
「そうだね。でも、あの鳥が猫に食べられるよりかはずっとマシだよ」
 そう言って土埃や葉を払っていた、その時――。
「ヨーデル様!!」
 鋭い、怒った声が聴こえてきて、エステリーゼは肩をびくりと竦ませた。
「いけない!エステリーゼも、もう戻って……!じゃあね」
 言ってヨーデルは駆け出して、その姿は見えなくなった。瞬時の出来事。エステリーゼは口をぽかんとさせているしかなかった。
 仕方なく、自室に戻ることにする。それにしても、あんなにドキドキしたのはいつぶりぐらいだろう。何もしていないのだが、何だか少しだけ自室で冒険物語を読んでいたのと、同じ気持ちだった気がするのだ。冒険って、こんな気持ちになることなのだろうか。
 もしかすると、ヨーデルがここにいたことがすごく偶然であることのように、今日はすごく珍しいことが起こったのかもしれない。それでも、出来ればまた、こんな機会があればいいのに。そう心を躍らせながら、自室にこっそりと戻る方法を考えつつ、エステリーゼはなるべくゆっくりと歩いていった。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

なんかかなりやんちゃなヨーデルになってしまいました…!二人とも小さい頃はかなりおりこうさんな子どもさんだったんだろうな、とは思いますが、今に至るまでそうであるとは子どもである限りないと思います。この二人だったら、遊びとかどんなのするのかな^^

実はヨーデルが“エステリーゼ”って呼ぶのが好きだったりします。なんか、幼なじみみたいな感じで^^



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