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*tales of…*
She is C.(フレン&パティ)
【She is C.】


「何か見えたかい?」
 フィエルティア号の舳先に座り、双眼鏡を覗き込む少女を見上げ、フレンは声をかけた。日没が近付いている為あたりは薄暗く、吹き付ける風は冷たさを増している。舳先の少女は、フレンの方を見ずに双眼鏡を覗いたまま、うんにゃ、と答えた。
「変わらんの。見えると言えば波の様子と雲の形だけ。あ、あと雲の色が茜色に変わったことぐらいかの」
「そうか。そろそろ冷えてきたね」
「じゃの。フレンはもう中に入るといいのじゃ」
 ずっと甲板で双眼鏡を覗いているパティを気遣っての言葉だったが、逆にそう返されてしまい、フレンは思わず口ごもってしまう。すると、パティは双眼鏡から目を外し、初めてこちらを向いた。じっと見つめる大きな瞳。まるでフレンの心の中をも見透かしているような瞳。それが、あながち外れではなかったことを、にやりと歪んだ唇が表していた。
「うちは、ここにいたいのじゃ。ここがいいのじゃ」
 芯の強い子だと、この子と旅を共にするようになってからはつくづく思う。
 パティがユーリ達一行にいつ加わったのかは分からないし、自分もそれほどずっとユーリ達といるわけでもない。だから、パティと接するのはそれこそ数えるほど。だけど、フレンの中のパティの評価は、“ただの小さな女の子”ではなかった。ただそれは、アイフリードの事や、珍しい銃を使いこなし、戦闘の腕も立つ、とかそういった事だけではない。何というか、器のようなものが、ただの少女のそれとは全く異なるのだ。
 ぼうっとパティを見上げているフレンの心遣いを無碍にしたことが気になったのだろうか。少女は手にした双眼鏡を腰に提げると、座っていた舳先から長い三つ編みを揺らしてするりと降りてきた。
「………」
 唖然とした表情で見守るフレンを見上げて再び意味ありげに、にっと笑うと、甲板の壁を背にパティは腰を下ろす。彼女特有の、足を腿の下に折り込む座り方で、彼女のすぐ横の床をぽんぽんと叩くのは、隣りに座れということなのだろう。
 自分は一体何をしにきたのだろう、なんてこっそりと自問自答しながらも、大人しくパティの隣りに腰を下ろした。すっかり暗くなった空に、テルカ・リュミレースで一番大きな輝きを放つ星が、今日もどの星よりも早く、凛々と輝いていた。
「フレンに一つ聞きたいことがある」
 不意に隣りのパティが口を開く。なんだい、と横を向けば、まるで宝石のような綺麗で大きな瞳がこちらを見ている。
「フレンはユーリの友達じゃの?」
「そうだね。ユーリがどう思ってるかは分からないけど、少なくとも僕はそのつもりだよ」
「じゃあ、ユーリの好物とか教えてくれんかの?」
「……好物?」
 思わず目を瞬いた。そういえばパティはユーリに好意を寄せていたっけ。視線を空に戻して記憶を引っぱり出してみる。
 ユーリがまだ騎士団にいた頃に、寝起き一番で生クリームのたっぷりのったケーキを食べていたのを見て、うんざりした気分になったのを思い出す。
「そうだね……。甘いものが好きだったと思うけど」
 そう答えると、パティの反応は意外なものだった。眉間に皺を寄せた難しい顔で唸っている。フレンの知る限りの、前向きな彼女にしては珍しい。
「甘いものはだめだったのじゃ……。すでに失敗しているのじゃ……」
「料理の上手な君が珍しいね」
「そうなのじゃ。うちの料理が効かんとは、恋というものは時化の日のカジキの一本釣りよりも一筋縄ではいかんのじゃ」
 言っていることの意味はよく分からないが、彼女が大変に悩まされているというのは分かる。こうして見ていると、本当にいたいけな普通の女の子なのに。何が彼女をそうであるようにさせたのだろう。彼女の背景には、どれほどの経験があるというのだろう。
「うちの顔に何かついとるかの?」
 気付くと、パティが不思議そうにこちらを見上げている。人の顔を、ましてや女性の顔をじろじろ見るなどと失礼極まりない。慌てて訂正して詫びると、パティは何が気に入ったのか、口の端を上げて微笑んだ。
「フレン」
 不意の呼び掛けに首を傾げる。悪戯っぽい目で見上げながらの彼女の口から出た言葉は、
「脱ぐのじゃ」
「……え!?」
 フレンを動揺させるに十分なものだった。
「その鎧を脱ぐのじゃフレン!それが冷え冷えキンキンだから余計に寒いのじゃ!」
「寒いなら中に入ったら……」
「いいから脱ぐのじゃ!乙女の言うことは聞いとくものなのじゃ!」
 そう言って留め金にかけられた小さな手によって半ば強制的に鎧を脱がされてしまう。騎士団支給のアンダーウェアは完全防寒というわけにいかず、鎧である程度遮断されていた冷たい風が容赦なく繊維と繊維の隙間をすり抜け、フレンの肌をなでた。思わず、身震いをしてしまった。
 その脇腹辺りにとん、と軽い衝撃を感じた。もたれかかってきた、パティの小さな頭だった。
「……あったかいの……」
 鎧を脱いだことで確かに、少女の体温を直に感じる。それが少しだけ心地良い。
「……フレンは、よく見ると良い顔をしとるの。ま、ユーリには及ばんがの」
「そうかな。ありがとう」
「今度うちをデートに誘ってもいいぞ?」
「わかった。休暇の時にそうするよ」
 そう返すと、パティはフレンから顔をそらしてしまった。
「……そんなこと言われると、どう返せば分からんの……。フレンは難しいのじゃ……」
 ぼそぼそと呟く声は、フレンには聞き取れなかったが、いまだにフレンの脇腹に頭を預けているということは、嫌われたわけではないのだろう。
 やがて、船甲板に吹きつける冷たい風に本格的に耐え難くなってきた頃、少女の口数がぱったりと途絶えたことと、規則正しく聴こえる寝息に、いつの間にか寝てしまったのだと気付く。揺らせば起きてしまうという危惧があっても、このままでは自分もそして彼女も風邪をひいてしまう。
 躊躇なく、フレンはパティの体を抱き上げた。あまりの軽さに驚きを隠せない。
 パティ・フルール。
 フレンを見あげる瞳はまるで心までも見透かしているような瞳で、甘きに流されない達観した精神で物事を見つめる。時には年長者のような助言をすることもあれば、ふわふわと予測不能な言動でおどけてみせる。
 フレンの中のパティの評価は、ただの小さな女の子ではない。しかし、今フレンの腕の中にいるのは、小さな小さな女の子。この背に、両肩に、どれほどの過去や経験を負っているのだろう。一体どれほどの思いをしてきたのだろう。
 フレンには想像もつかないし、簡単に理解出来るとも思わないが、一つだけ分かるのは、パティという名の少女が、騎士団の部下達や下町の人々、そして幼なじみと同じくらい、大切で守りたい存在であるということ。簡単ではないか。
 やはり揺れに反応して、少しだけ唸ってからまた、寝息を立て始める。
「……!」
 その時、小さな手が伸びてきてフレンのアンダーウェアの胸元をきゅっと掴んだ。その、しがみつくような仕草に、自然とフレンの顔に優しい笑みが浮かんだ。
 こんな気持ちも悪くない。そう思いながら、冷えた体を叱咤してフレンは歩き出した。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

決戦前夜のフレンとパティが可愛すぎて……!フレンはパティの過去とかアイフリードのこととか、パティが辛い目に遭ってきたことを自分からあまり聞こうとはしないだろうし、パティも自分から話したりしないと思います。だから、フレンはパティのことをあまりよく知らない設定にしました。

たとえ互いの過去を深く知らなくても、守りたい仲間であること、大切に思える存在であること、そんな関係になれるって難しいけど、もしなれたらそこには何にも切ることが出来ない絆があるんでしょうね。



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あきゅろす。
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