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*tales of…*
never heal ever(ユーリ&エステル)
【never heal ever】


 ダングレストで、喧噪と迫りくる砲火の中、選択を迫られた時。彼は、“エステルが決めろ”と言った。そしてエステルは選んだ。彼とともに行くことを。その時の彼の表情が、エステルの思い過ごしかも知れないが、心から嬉しそうだったことが印象に残っている。
「そうこなくっちゃな」
 悪戯っぽいウインクとともに差し伸べられた手に、意を決して自らの手をあずければ、しっかりと握りしめてくれた手は、安堵感をくれるような温かさで。皇帝候補の一人でありながら帝都へと戻らないと決めたことへの罪悪案を感じながらも、まだまだ続く彼らとの旅に心躍る思いだった。

 砂漠の町といえど夜は昼との温度差が激しく、寒いと感じるオアシスのほとりで、そのつもりではないにしろ、あの場面を目撃してしまった時。そばにいる人の普段とは違った顔を、予想していなかった訳ではないが、認識させられた。彼のしたことは確かに許されないことなのに、何故だか恐怖感は湧いてこなかった。酷いことをしたのに。取り返しのつかないことをしたのに。それでも彼に恐怖を抱くことはなかった。むしろ、そんな彼のそんな部分も受け入れることは当然だと思った。だからこそ、付き合っていける。
「ありがとな……」
 そう言って少しだけ笑って、エステルの差し伸べた手を彼の手が包んだ時の体温は、やはり心地良く。内心では手を握り返してくれたという安堵感でいっぱいだったことは否めないが、彼の手の大きさと温もりは今でもはっきりと覚えている。

 あの痛くて苦しくて辛い術式球体から解放された時。エステルはすごく久しぶりに人の手に触れた。それまで人の温もりとは疎遠の球体の中にいたからか、それは、信じられないほどに温かくて、力強くて、優しかった。まるで、おまえはこの世界で生きていても良いのだと言ってくれているように、エステルという存在をこの世界につなぎ止めてくれているように、彼女には思えた。
「おかえり」
 背中に回された彼の腕。しっかりと受け止めてくれたしなやかだけど筋肉のついた体。人肌がこれほど安心するもので、これほどまでに温かいものだということを、改めて知った。

「ユーリっ!!」
 切実な思いを込めて、手を掴んだ。手袋をはめていない方の手。大きな骨ばった、男性の手。エステルの大好きな、ユーリの手。震える両手で包み込むようにぎゅっと握ると、エステルのはめた白い手袋のうえからでも分かるくらい、温かかった。
 無造作に振り払われるかと思った後ろ手は、そうならずに沈黙した。ここからではユーリの表情は見えない。ただ、その全身から立ちのぼるオーラは、エステルが泣きそうになってしまうほどに哀しかった。
 手を離すなんて出来ない。離せば、夜の闇に溶けて紛れて、そのままエステルの知らないどこかへ行って、永遠に帰ってこなさそうで。
 だから両手で、しがみつくように握りしめた。行かないでと、願いを込めて。エステルの手の中のユーリの手が固く握られる。自分自身を見失わないようにする為か、それとも、そんなエステルの願いに迷いを感じているのか。もし、迷っているのだとしたら――。
「ユーリ……無茶しないでください。そんなにまで傷付かなきゃいけないのなら、もうやめてください。今のユーリは……」
「エステル」
 エステルの身体がびくりと震えた。
 ここにもし、ジュディスやレイヴンがいたら、怒られていたかもしれない。ギルドのことをよくも知らないエステルが、ユーリを止めようとするのは筋違いだと。それでも、エステルの両手の中の彼の手は温かく、それを失うことをしたくなかった。ある意味ユーリの手を離さなかったのは奇跡に近かったのかもしれない。
「オレは、無茶なんかしてないぜ?」
 そう言った声の、なんと淡泊なこと。
 どうして一人で行こうとするのか。どうして一人で背負おうとするのか。そこにどれほどの葛藤があったか知れない。覚悟を決めた時にどれほどのものを捨てたのか知れない。だけど、どうしてそれを共有させてくれないのか。どうして一人で心も体も傷付いてゆくのか。
 どうして、ユーリ・ローウェルという青年は、そうであるのか――。
 喉が痛い。目が熱い。気を抜いたら泣いてしまいそうだ。
「うそ、です」
 声が、かすれてしまう。
「今のユーリは、まるで……」
「エステル」
「まるで、自分で自分を追いつめて、がんじがらめにしているみたいです――」
「エステルっ!!」
 勢いをつけて振り返ると、長く黒い髪が後を追うように彼の背で躍った。同時に、握っていた手を離されたのを感じたのとで、何かを考える隙などない。視界が暗くなったことと全身を締めつけられるような感覚で、ようやく抱きしめられたのだと理解した。
「ユー、リ」
 そう言うと、ぎゅうっと彼の腕に、手に、力がこもった。それはいつだってエステルを導いてくれた彼の、今も変わらない温かさ。ダングレストの時も、マンタイクの時も、ザーフィアスの時も。エステルに触れる彼は、いつだって力強くて、温かかった。
 今だって。それらの時と何も変わらない。何故、彼に突然抱きしめられたのか。分からない。分からないけど、エステルに流れこんでくるのは、心地よさでは決してなく、痛いくらいの哀しみ。
 限界だった。視界が滲んで、黒色もゆらゆらと揺れた。目を閉じると、頬を流れた。嗚咽を控えめに漏らした。
 彼が、これほどまでに傷付いていたなんて。
 どうやって癒やせばいい?
 どうやって彼を苛む全てのものを取り除けばいい?
 泣いても何もならないのに、涙は止まることを知らない。黒色にしがみついて、ただ泣くことしか出来ない。
「ありがとな、エステル……」
 そう言うと、ユーリはエステルから体を離し、踵を返して歩き出した。彼がエステルの視界から見えなくなるまで、振り返ることは一度もなかった。
 覚悟とは何なのだろう。それがないと死んでしまうのだろうか。傷つかずに生きることは出来ないのだろうか。それでも、そんな生き方、彼には出来ないのだろう。この先も、ずっと。もし覚悟なくして、彼が傷付くことになるのなら――。
「う……」
 口元を押さえ、その場に崩れ落ちる。彼の姿は、もう見えない。
 あの温もりを失うくらいなら、何もかも全て、自分さえも。
 壊れてしまえばいいのに――そう、強く思った。





 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 ギルドのけじめや覚悟の為に、ユーリは自分で自分を傷付けているんじゃないだろうか、という話です。仲間といるのが当たり前になっているといっても、性格や行動はすぐには変えられない。少しずつ、少しずつ仲間に頼っていくようになるんだろうけど、まだ損な役回りを進んで選んでいくんだろうな、と思います。

ザウデ後のみ省いたのは、あれは何だか気持ちが他とは違ったような気がしたからです。



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あきゅろす。
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