*tales of…*
infantile wall breaker(幼少ユーリ&幼少フレン)
【infantile wall breaker】
貴族は嫌なヤツだ。
などという固定概念は、下町に住む住民ならほぼ全員が持っているものだ。中にはそれを偏見とし、貴族の全部が全部そんな人間ではない、とする善良な者もいない訳ではないが、そんな人口も確実に減っている。
嫌味なほど上等な服を着、金にものをいわせ、下町の人間には持っていないものをたくさん持っているのに、それでもまだ欲しがる。下町の人間など虫でも見るかのような目つきで見、いつも嫌な顔付きをしている。それが貴族。
まだ幼いユーリ・ローウェルが、そのことを心に深く刻みつけられたのは、まだ子どもらしく純粋無垢だったその頃。
市民街におつかいの為に足を伸ばした時の出来事。ちょっとしたごたごたを目にした。
子ども同士が何やらもめている。一方は、下町に住んでいる顔馴染みの少年。妹が何かやらかしたのだろうか。泣いているのを背後に庇い、何か一生懸命に叫んでいる。もう一方は、綺麗な身なりをした二、三歳ほど年上の、どうやら貴族の少年。腕を組んで居丈高に言い返していた。
ユーリは自然と足がそちらに吸い寄せられる。
「そこのガキのせいだぞ!服が汚れちゃったじゃないか!!」
「そっちが前見てなかったから悪いんだろ?!こいつは悪くない!!」
こいつ、と呼ばれた背に庇われた妹は、アイスクリームが溶けて手まで流れてくるのにも構わずに、泣いていた。あくまでも標的は彼女の方らしい。どちらも子どもといえど、歳三つほども違えば力のほども随分と違う。
「どけよ!!」
「うわっ?!」
立ちはだかった兄を突き飛ばし、貴族の少年が妹に迫る。
その小さな襟元をぐいと掴みあげる。溶けたアイスクリームが、地面にべとりと落ちた。女の子の泣き声が一層強くなった。
「やめろ!離せよ!」
「うるさい!お前に聞いてないんだよ!なぁ!この服、どうしてくれんだよ!!」
無意識の行動だった。いつの間に走り出していたのかも分からなかった。
気付けば、ユーリはこのいけ好かない貴族の少年を殴り飛ばしていた。
「い、痛い!!」
「ユーリ?!」
貴族の少年の手から逃れた女の子が、兄の元へと走り寄るのが見えた。顔馴染みの少年が驚いたようにこちらを見ていたが、そんなこと、気にならなかった。
もしかすると自分は関係ないことに割り込んで、余計なことをしたのかも知れない。それでも、自分を止められなかった。己の正義を、曲げることが出来なかった。
「大きいヤツが小さいヤツをいじめてんじゃねえよ!!」
言いたいことは山ほどあった。なのに、そうまだ叫んだだけなのに、貴族の少年は何ごとかを喚きながら貴族街の方へ走り去っていってしまった。
その翌日。
顔馴染みの少年とその妹の家が放火にあった。
幸い早めに気付き消火にあたったのでボヤ騒ぎ程度に収まったが、原因不明の出火は厨房の火の不始末、ということになった。家の住民は断固として拒否したが、放火犯の目撃情報がないことから、それは認められなかった。
ユーリは何が原因か知っている。誰がやったのかも知っている。だから貴族街に行こうとした。そこでフレンに止められた。
“ユーリが行っても何も解決しないし、どうしようもないことだ”と。友の制止程度では到底胸に湧き上がる怒りの気持ちを抑えることは出来なかったが、その友の苦渋の表情を見て、どうにか飲み下すに至った。
「なぁ、フレン。何であんなヤツらがえらいんだ?あんな金しか持ってねえで、いばりちらしてるだけのヤツらに、何で下町のみんなが言いなりにならなきゃなんねーんだ?」
帝都の空は青い。だけど、下町から見上げる空は小さい。結界魔導器は、今日も不思議な模様で、不思議な色で淡く光っている。
いつもの空。いつもの帝都。
友は、同じように空を見上げながら少しだけ考えて、言った。
「……きっと、それが当たり前になってるからじゃないかな」
「何だよそれ!そんな当たり前があっていいのかよ?!」
「だめだよ。僕だってそう思うよ!でももう、帝国は“そう”なっちゃってるんだよ」
「……それ、変えられねーのかな」
ぽつりと呟く純粋無垢な言葉。それでいて根本的な解決方法である非常に真っ直ぐな言葉。
フレンがユーリを見た。その目は、いつも以上に強い光があるように見えた。
「ユーリ、騎士になろう」
「は?」
突拍子のない申し出に一瞬頭がついて行かない。聞き返すと、フレンは言い聞かせるように、もう一度ゆっくりと言った。
「騎士だよ、ユーリ。騎士団に入ってその中でえらくなれば、皇帝とおなじくらいの力がもらえて、きっと帝国を変えられるよ!」
途方もない話だと思った。到底想像もつかない話だと思った。フレンは一体どこまでを見ているのだろう。貴族よりもえらくなるなんて、ユーリは考えもしなかった。
だからフレンはすごい。改めてそう、思い知らされた。でも、それがやっぱりちょっとだけ悔しくて、ユーリは素っ気なく答えた。
「騎士団ね……考えとくよ」
その言葉で十分だったのか、ユーリの予想とは反してフレンの目は一層キラキラと輝いた。
「行こう、ユーリ!貴族街のところにお城の入り口があるんだよ!」
「はぁ?ちょ、オレまだ何も……」
「ていさつだよ、ていさつ!」
腕を引っ張られるがままに、下町を後にする。
貴族は嫌なやつだ。
そう認識してからというもの、貴族を見ると条件反射で嫌悪感を抱いてしまう。きっとそれはユーリに限らず、貴族と接して嫌な思いを経験したことのある下町の民全員に共通する癖のようなものなのだろう。
貴族という人間に限らず、その環境も何だか嫌みたらしい。きちんと整備された道。鮮やかに咲き誇る名も知らない花々。空気すらも、どこか。
知らず知らず、ユーリは眉間に皺を寄せてしまう。
「おっきいなぁ……。この中に……」
そんなユーリを余所に、友は壮大なザーフィアス城門を見上げ、ため息ばかり吐いていた。
と、その中から何やら一団が姿を現すのが見えた。
恐らく騎士の鎧に身を包んだ大人が大勢で、数名の大人を取り囲むようにして歩いてくる。
反射的にユーリとフレンは近くの生け垣に、身を隠した。
騎士団の中にいる数名の大人は、どこがいいのか知れない妙なデザインの上等な服を着ている。貴族だ。数日前の放火騒ぎを思い出して、ユーリの表情が険しさを増した。
「ユーリ、だめだよ」
目ざとく察したフレンにそう言われ、不機嫌さを隠さないまま、分かってるよ、と言った。
その中に、大きな大勢の大人に囲まれて見えにくいが、その中心に子どもがいるのに気付いた。
やはり綺麗なドレスに身を包み、自分達と歳三つほども違わないのに優雅な笑みを浮かべている、女の子だった。
「あの子も貴族、なんだよね」
「さあな。けど、城から出てきたってことはそうなんだろ」
――アレよりえらくなれってか……。
認めたくないが、女の子と自分の間にどう頑張っても埋められない何かがある気がして、ユーリはフレンの言うことが夢物語に思えて空を仰いだ。そこには、相変わらずの青い空と結界魔導器があった。
今までそうだったものを変えるなんて、出来るのだろうか。
「……出来る」
「え?」
「出来るよね。いや、やらないとだめなんだ。ユーリ、騎士になろう、絶対」
友の目は真っ直ぐザーフィアス城を見据えていた。しかしその青い目が見ているのは、どこなのだろう。先ほどの騎士鎧に身を包んだ未来の彼自身か。
その隣に果たしてユーリはいるのだろうか。
それが今はユーリに見えなくても、あの時に感じた憤りの気持ちと、この現状を変えたいという気持ちは決して嘘ではない。
ならば自分に、自分達に何が出来る?
「そうだな。誰かがやらないと、いけないよな」
思いの強さは決意の証に。頑強で壮大なザーフィアス城を見上げ、ぎゅっと拳を握りしめた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
下町時代のユーリやフレンの生活がどんなのかはわかりませんが、そこに市民街も貴族街もあるからには何かしらあるはず。ユーリは自分の意志をあまり曲げることをしない性格だから、こういうごたごたがしょっちゅうあったんだろうな、という、妄想です(
無理無茶無謀も、子どもだからという行動力と思慮の浅さで出来ることもたくさんあるかとは思いますが、その分子どもだという力のなさに無力感もあったはず。それは大人でも子どもにしか出来ないことがある分同じだとは思いますが。きっと歯痒い思いをたくさんしてきたんだろうな。
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