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*tales of…*
cook avenger(ユーリ&エステル)
【cook avenger】


 生きているものは全て等しく、ものを食ってエネルギーへと変えねば生きてはいけない。それは、生きているどんなものにも言えることだ。故にどのような生き物も空腹には勝てないというのが自然の摂理というもの。それが達人級の武術を修めた人間でも、凶悪で狂暴な魔物でも。
 腹の奥でくぐもった音が鳴り、さすがの空腹感にユーリは顔をしかめた。そろそろ飯の支度が出来た頃だろうかと、煮炊き場へと戻ることにする。
「エステルがいない?!」
 リタのそんな上擦った声が聞こえたのは、その時だった。
「あ、ユーリ!エステル見なかった?」
「いや。見てねえけど……いないのか?」
 カロルにそう言わなくとも、彼女の姿が見当たらないのは一目瞭然だった。
「まさか……おっさん……」
「ちょ、何よ何よ?!リタっち!その目!おっさん違うわよ?!!」
 不穏な空気でざわめく仲間たちを後目に、ユーリの視線はあるものを捕らえた。
 煮炊き場の真ん中で転がった片手鍋。中身は何だったのかは一見しただけでは分からないが、それは無残にも地面へぶちまけられていた。まだ細く伸びている湯気が、事態の深刻さを一層醸し出している。
「そんなことより、早く探しに行った方がいいんじゃないかしら?」
 それぞれに散っていった仲間たちのそれぞれの後ろ姿を見、もう一度視線を片手鍋へと戻した。
 今日は、エステルが料理当番の日だった。

「ユーリにお願いがあります」
 桃色の後頭部を見つけて、近づこうとすると突然振り返りもせずにそんな事を言われ、思わず面食らってしまった。そこで足を止め、桃色の後頭部を見つめる。
「なんだよ。お願いって」
 桃色の後頭部は振り返らない。振り返る素振りも見えない。背筋を伸ばして姿勢正しくそこに佇んでいる。
「大きな穴を掘って、今すぐわたしをそこに埋めてもらえませんか?」
「はぁ?」
「それくらい恥ずかしいって意味です!」
 ようやく振り返った少女の、揺れる髪と一緒に何か光る粒がパッと散ったのが見えた。仲間を心配させてまで一人行方を眩ました理由は、どうやら切実なものらしい。
「落ち着けって。エステル」
 理由は分かっている。今日が料理当番のエステル。転がった鍋。ぶちまけられていた中身。そして、行方を眩ました彼女。考えなくても答えは自ずと出ている。
 だから、彼女をこれ以上追い詰めないように、なるべく優しく聴こえるように言ったつもりだった。それでも、エステルの心の中の波は凪いでいく様子を見せなかった。
 泣きそうだった表情が、一層くしゃりと歪んだ。
「わたし、恥ずかしいです。こんなにも料理が出来ないなんて……!ちゃんとレシピを見て作ってるのに、どうしてなんです?」
 そう言って再びユーリに背を向けると、座り込んでしまった。あまりにも小さな背中。帝位継承権を持つ姫君といえども、こうなりゃもはやただの料理の苦手な一人の少女。言ってみれば皇族であるがゆえの環境が、彼女に料理下手だという悩みをもたらしているのだが、それを気の毒に思う反面、ユーリはそんな彼女に愛着を持ってしまう。
 座り込んだエステルの隣に、ユーリも腰を降ろした。
「そんな落ち込むなって。今まで料理なんかしたことなかったんだろ?仕方ねえよ」
「そんなの、理由になりませんっ!みんなに美味しいご飯を食べてもらいたいのに……どうしたら……」
 ――こいつはエステルにゃ、ちっと難しい問題だと思うんだがな……。
「ユーリ、オオサジってどれくらいの量なんです?イチョウギリってどうやって切るんです?わたし、分かりません……」
 この旅始まってからエステルを悩ませている問題は、恐らく彼女が今まで生きてきて初めて直面したものに違いない。
 だけど、ユーリは知っている。この素直で純粋無垢な姫君は、誰よりも頑固で負けず嫌いだということを。彼女のことを以前から知っていたなどというわけではないし、出会ってから今に至るまでそれほど長い月日が経ったわけでもない。それでも、この旅を通して見てきたエステルとは、ユーリの知る限り、そういう少女だったのだ。
 彼女はこんなことでくじけたり立ち止まったりなどしない。きっとこんな問題、易々と飛び越えていくのだろう。たとえ今、どれだけ悔しくて、どれだけ情けない思いをしていようと。
 だからユーリは背中を押してやる。そうすることでエステルがまた、立ち上がれるように。
「なら、たくさん作って、たくさん失敗すりゃいいじゃねえか」
「え……?」
 俯いていたエステルがこちらへ顔を向けたのが、気配と声でわかった。
「料理ってのはな、エステル。気持ちだけで作れるもんじゃねえ。そりゃ食ってもらいたいやつのこと、無視して出来るもんでもないけどな」
 エステルは再び視線を落とす。白い法衣の裾をぎゅっと握りしめて悔しさを表してした。
 彼女とて分かっているのだ。気持ちだけでは料理は作れない。それが、意図的に鍋をひっくり返してしまうことになったのか、それとも混乱が招いた惨事だったのか、そこまではユーリの知る由もないが。
「おまえに足りないもんは、経験だ。これから積んでいけばいいさ」
「そう、ですね」
 分かっていても思いは抑えられない。納得するかしないかの問題であって、それが出来るか出来ないかはもう本人に任せるしかない。
 エステルは、果たして納得したのかどうか分からない。それでも少し無理したように、微笑んだ。
「わたし、頑張ります」
 だから、ユーリも微笑みを返した。
 腹の奥からくぐもった音が鳴る。確かに空腹感は限界に近いが、自分の腹だという実感がない。ちらりと隣りを見やる。俯いた頭は、髪に隠れてその表情を窺い見ることは出来なかったが、桃色の髪の隙間から垣間見えた顔色は、気の毒なくらいに真っ赤に染まっていた。
「戻るぞ。みんな腹空かして待ってる」
 顔を上げられないエステルは、消え入りそうな声で“はい”とだけ言った。

「ユーリ」
 歩きながらエステルが言う。
「これからも料理のこと、たくさん教えてください」
「そうだな……。せめて飯くらい美味いもん食いてえもんな」
 そう茶化すと、エステルは“もう”と困ったように笑った。
「味見なんかも見てもらえます?」
 それを聞いた瞬間、ユーリはぎくりとなる。
「ん。あー……、っと、カロル先生なんか喜んで味見してくれるんじゃねえか?」
「本当です?わたし、もう一度ご飯作りますね!みんなに迷惑をかけた分、美味しいものが作れるよう頑張ります!」
 そう言って駆け出す法衣の背中を見送ってから、ここにはいない少年の不憫な未来を思い浮かべ、ユーリは胸中でこっそりと詫びた。
 生きている物は、食わねば生きていくことが出来ない。そして、その中でも人は食に娯楽を見出す。どうせなら美味いものを食いたい、と。
 今の段階でユーリがエステルにしてやれるは、早く上達するように祈る事だけだと早々に見切りをつけ、仲間の待つ場所へ歩を急がせた。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

エステルの料理が安定してくるまで恐らく色々なことがあったんだろうな、と。思えばこのパーティってエステル以外みんな自分でご飯を作って食べていかなきゃいけない環境で育ってきたんだな、と改めて気付きます。だから、人並みには作れるのかな、と。

そんな環境でもハンバーグのお皿を真っ赤っかにしてしまう人もいるみたいですけど^^

料理をしてる男メンバーとか絶対かっこいいと思います。



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あきゅろす。
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