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*tales of…*
wait for better ventilated(フレン&エステル)
【wait for better ventilated】


 そうしてどれくらいの時間が経ったのだろう。あれから一向に目覚める気配がない。窓から微かに吹き込む風が金色の前髪を揺らしても、その風が窓枠をカタカタと鳴らしても、微動だにせず眠り続けている。
 もしかして治癒が足りなかったのだろうかという思いは、自分がここを訪れた時に試し、もう諦めに至っている。後は本人の自己治癒力。つまりそれが、治癒術の限界だとエステリーゼは思っている。
 貴族とは異なった雰囲気。価値観。考え、そして行動。貴族出身の騎士が“平民出の――”と陰口を叩いているのを聞いてから、存在に興味を持った。その姿をごく稀に見かける度に、話したくなった。そう思っていた矢先のこの状況。不謹慎ながら、好機だと思ってしまった。
 なのに。彼は一向に目覚めない。それほどまでに酷かったのか、昏々と眠り続けている。それに乗じようと考えていた自分に、エステリーゼは改めて恥じた。
 日を改めよう。
 そう思い至り、椅子から立ち上がる。青いドレスの裾を翻して退室しようとした、その時。
「?」
 呻き声が聞こえて、思わず振り返ってしまっていた。
「……!?」
 見開かれた青い瞳が、エステリーゼを見ている。
 初めて合ったその瞳は、綺麗で、それでいてとても意志が強そうで、エステリーゼは視線を外すことが出来ない。吸い寄せられるように見つめてしまった。
「あ……、え、エステリーゼ姫様……?!う……、」
「あ、まだ起きてはいけません」
 治りきっていない体で無理矢理上体を起こそうとして、またよろめく。エステリーゼにはそれほど彼が慌てなければならない理由が分からないが、彼にしてみれば無理もない。自分は平民出の一介の騎士で、目の前にいるのは次期皇帝候補の姫君なのだ。
「フレンさん、ですよね?」
「何故、私の名を……」
「有名ですから」
 そう言ってにっこり微笑んでみせると、フレンは苦笑混じりの控えめな笑みを浮かべた。平民出だからと何かと陰口を叩かれているくらいだ。本人とて気付いていないはずはない。
「あの、僕――私は倒れたのですか?」
「図書室で倒れていたところを、急遽こちらの医務室に運ばれたそうです」
 きょろきょろとはしているが、ここがどこだか分かっているようだ。そして、何故倒れてしまったのかも。
「過労、だそうです」
「そう、ですか……」
 やはり半ば気付いていたような物言い。混乱していた脳も随分落ちついてはきただろうか。
 エステリーゼは退室するのを止め、再びベッド脇の椅子へと腰を下ろした。
「一度あなたとお話したいと思ってたんです。フレンさん」
「え、エステリーゼ姫様……?」
 何故自分を?そう言いたげな表情。フレンが下町出身というだけではない。その人となりを見て一度見た時からそう思っていたのだ。
「少しお話しても、構わないです?」
「あ、はい!大丈夫です」
 恐縮しきった彼の様子が、何だかもどかしい。だけどそれは、普段城の中で接するそれとは違って緊張の中にもどこか物怖じしない態度。さすがは下町出身というべきか。それでも無礼のないようにするのは当たり前のことではあるが、それ以上に彼は恐らく、とても真面目なのだろう。
「フレンさんは、何故騎士になったのです?」
 取り留めもない無邪気な質問だった。下町の民が騎士であることに何も思うことはないが、ただこの青年の動機はエステリーゼには興味があった。フレンの意志の強い目が、一層強くなったような気がした。それから少し、瞳が揺らぎ、俯く。
「……やりたいことが、あるんです」
「聞いてもいいです?」
「……すみません。……言えません」
 本当に可哀想になるくらいに恐縮しきってしまっている。慌ててエステリーゼは両手を振った。
「あ、いいんです。気にしないでください。わたしが聞いてはいけない事を聞いてしまったことが悪いんですから……」
「そんな?!エステリーゼ姫様は悪くありません!……その、最近特にやりたい事の為に躍起になってしまって……」
「それで、過労で倒れたんです?」
「……恐らく」
 そう言って青年は窓の外を見る。その横顔は疲れているからかとても儚げに見えて、その線の細い端正な顔にエステリーゼは自分が見とれてしまっていることに気付かない。
「エステリーゼ姫様……?」
 声をかけられてようやく我に返った。
「あ、えっと、フレンさんは下町にいらしたんですよね?下町って、どんなところなんです?良かったら聞かせてもらえませんか?」
「……そうですね」
 青年の口から語られる下町の話は、エステリーゼが幼い頃に読んだどんな冒険物語よりも、ずっと彼女の心を沸き立たせた。聞いていくにつれてどんどんと引き込まれ、エステリーゼの心を掴んで離さない。
 その下町が、自分も暮らすこの帝都ザーフィアスにあるなんて。そこへ自分も自由に行くことが出来たら。この城から出ることが出来たら。それだけで自分の世界はどんなに広がるのだろう。
 しかしエステリーゼは知っている。それをどれほど願ったとしても、叶うことはないのだと。だからせめて話の中でだけでもその世界に浸りたい。そう思うのだ。
「ふふ。面白い方ですね。その、ユーリさんという方は」
「全くユーリには困ったものです」
「フレンさんにとってユーリさんはよほど大切なお友達なんですね」
「……そう、お見えになりますか?」
 虚を衝かれたという表情のフレン。本音とは本人も気付かないところで出るものだ。だからエステリーゼはしっかりと頷いた。
「だってユーリさんの話をしている時のフレンさん、何だかとっても嬉しそうな顔してましたから」
 言うと、青年は面白いくらいに顔を赤くして絶句してしまった。
「少し、羨ましいです。わたしにはそんな人が……いないから……」
 もう、長いことこの城から出ていない。出たとしても多くの騎士達にまとわりつかれるような警護の中での公務だけ。城の中はといえば、エステリーゼと年頃の近い少女もいるにはいるが、まともに話をすることも許されない女中達。彼女達との壁は、エステリーゼがどれほど薄くしようと試みても、強固なままだった。
「あの……エステリーゼ姫様……っ」
 顔を上げると、フレンがこちらを真っ直ぐに見つめていた。やはり吸い寄せられる。綺麗な、意志の強い目。
「こんな事を言うのは、おこがましいかもしれませんが……、僕じゃ駄目ですか……?」
「……?」
「その、僕なんかがエステリーゼ姫様のご友人になれないのも、分かっています。だからせめて、こうしてただ他愛もない話を交わすだけの人間にだけでも、僕はなれませんか……?」
 こんな気持ちは初めてだった。むず痒いような、それでいて胸がきゅっと苦しくなるような、だけど無尽蔵に溢れる、嬉しいという気持ち。
「そんなこと、ないです。喜んで、お願いします。フレンさん」
「その……フレンと、呼んでください」
 ああ、やはりこの青年と出会えて、話が出来てよかった。にこりと微笑む青年に同じく笑顔を返して心の底からそう思う。
「なら、わたしのこともエステリーゼと呼んでください」
 そう申請すると、一瞬困ったような顔になり、酷く言いにくそうに“エステリーゼ、さま”と呟いた。その様子が何だか可笑しくて、可愛らしくて、エステリーゼは笑ってしまった。それにつられてフレンも控えめに笑った。
「フレン」
「はい」
 エステリーゼの世界。ザーフィアス城の中と、書物から得た知識だけでの、狭い狭い世界。それが少し、だけど確かに広がった気がした。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

フレンとエステルって何であんなに仲良いんだろう。フレンは真面目だからともかく、エステルは相当慕ってますよね。フレンの為に今までしなかったのに城を抜け出したり、カプワ・ノールで思いのままに抱きついたり。ただの一介の騎士と皇帝候補なのに、あれだけ仲良いのは何でだろう、そう考えると想像がつきませんが、城の中が全てだったエステルにとって、フレンはまた別の世界に連れて行ってくれる存在だったんだろうな、そう思います。



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