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*tales of…*
secret treasure(レイヴン×リタ)
【secret treasure】


 ヘラクレスで、ギルド員でもないのに腹に容赦なくストレートを叩き込んできたことには驚いたが、扉を開けてまたも飛んできたのはその時と変わらず容赦ないストレート。ここまでくると、少し理不尽さを感じたりもするが、小さな拳を腹で受けとめる。避けることなど造作もないが、あえて喰らったのは、その時の彼女の目が何だか泣き出しそうな風に見えて、それに何故か胸が痛んだ気がしたからだ。
「ちょっとちょっと!何なのよ、リタっち!もしかして、おっさんを襲いにきたとか……」
 再びの拳。
「うっさい!早く見せなさい!」
「何を……って、キャーッ!!」
 強引に襟元に手をかけられる。バクティオンで自分の体のことを告白してから、必ず来るだろうとは思っていたが、僅か十五歳の少女に馬乗りにされて乱暴に服を引っ張られると、何だか情けないような気すらしてくる。
 安宿のベッドは軋んでうるさい音を立てるが、もはやレイヴンは無抵抗。好きにしてくれと四肢を投げ出し諦めたような目つきで少女のされるがままになっている。
「っ……!」
 目的の物を見つけてリタの動きが止まった。その目は驚愕に見開かれている。
「……あんた、これ……いつから……?」
「だぁから、バクティオンの時も言ったでしょ?おっさんは人魔戦争の時に一度、死んだのよ」
 もはや悲痛ともとれるリタの表情。それは一体何に対してのものなのだろう。やはり、少女の愛すべき魔導器の禍々しき姿を嘆いてのものだろうか?それとも、心臓を無くしたのに魔導器と融合してまで尚生き続けているレイヴンを憐れんでのものだろうか。
 どちらにせよ、レイヴンにはリタの悲痛な表情の真意は分からない。だからレイヴンはただ、リタの幼い面立ちをどこか遠い場所からそうするように見上げていた。
「あのさ……リタっち。魔導器ならちゃんと見せてあげるから、そろそろそこから退いてくんない?」
 物思いから覚めたリタがはっと顔を上げる。
「でないとおっさん、おかしくなっちゃいそうよ」
「な……!?」
 何言ってんのよ、と、半ば悲鳴のようなうわずった声の後に腹に鈍い衝撃。本日何回目かの、理不尽な拳。
 大袈裟に痛がってゆっくりと体を起こせば、そっぽを向いた少女は顔を真っ赤に染めて何やら口の中で文句を呟いていた。
「リタっち」
 少しからかいすぎたかと自身を諫めてから羽織りと上着をきちんと脱ぎ、リタの方に向き直る。
「なに……ぅあ?!」
 改めてこちらを向いたリタは、年頃の少女らしく成人男性の半裸にぎょっとしていたが、それも一瞬のこと。すぐにその視線はある場所に吸い寄せられる。
 露わになった心臓魔導器。臓器でもないのに拍動するように明滅を繰り返している光。
 レイヴンに向かい合わせでベッドの上に座ったリタが、そっと心臓魔導器へ手を伸ばす。それをレイヴンは静かに見守る。
「調べても、いい?」
「どうぞ」
 触れた。
 少女の小さな手の感覚は、レイヴンには伝わらない。触れられているのは、心臓魔導器であって、レイヴンの皮膚ではない。そこに感覚神経はない。それでも、触れられた魔導器が、心臓のあった場所が熱をもっているように思えるのは、どうしてだろうか?
 レイヴンは、ただ静かに己の体の一部となった魔導器に触れるリタを見つめる。
 真剣な表情。いつも憎まれ口を叩く少女の本当の顔。術式を表示させ、恐らくまた、彼女の予想の範疇を超えていた複雑な術式に一旦愕然とし、ぶつぶつと何事かを呟いてまた、それは切実な表情に変わる。
 一体何に悲しんでいるのだろう。分からない。
 魔導器に触れた。それは彼女の心を写したかのような、優しい、まるで愛撫するような手つきで。
「……リタっちはさ、本当に魔導器が好きねぇ。そんなにコイツを可愛がってくれるなんて、それだけでおっさん、死にきらずに戻ってきた甲斐があるわ」
 思わず呟いていた。魔導器を触っていたリタの動きが急に止まり、今まで魔導器だけに注がれていた視線がレイヴンを見た。信じられないものを見るような、先程とは違った鋭い瞳で睨みつけたかと思えば、また拳が飛んできて今度はそれが顔面を捕らえた。
「あだっ!?」
「おっさん、馬鹿じゃないのっ?!」
「何すん――」
「あたしが……っ、あの後ほんとに魔導器だけを心配してたと、本気で思ってんの……っ!?」
 リタの表情は、怒りと悲痛とがないまぜになった、何ともいえず複雑な表情。
 今やっと分かった。彼女が何故そんな顔をするのか。何に一体悲しんでいたのか。そして彼女をそんな表情にさせたのは――。
「あぁもう!ウザい!!どっか行って!こんな馬鹿なおっさんなんて知らないっ!!」
 そう言ってレイヴンに背を向けた天才魔導少女はとても小さく見えて、そしてそれが唐突に愛しく思えて。
 ――本当に可愛らしいちびっ子だこと。
「リタっち」
「うっさい!寄るな!」
「リタ」
 その頭にそっと手を乗せる。柔らかく、温かい。振り払われやしないだろうかという思いは杞憂に変わった。
 その、小さな背中を、そっと抱きしめた。少女は、少しだけ肩をぴくりと震わせ大人しくされるがままになっていた。
「ありがとね。そんなにおっさんの事、心配してくれて」
「な、な、な……何言ってんのよ?別にあんたの事なんか……」
「さっき自分で言ったんでしょーが」
「うぅ……うるさいっ!!」
 少女の相変わらずな可愛らしさにレイヴンはくつくつと笑った。
 リタに触れている部分が温かい。心臓魔導器はいつもと変わらず拍動のような明滅を繰り返している。
 魔導器によって繋ぎとめられている命。いつ、終わりが来るとも、来ないともしれない不安定な命。自前の心臓がなくなり代替品になってから、生きることがどうでもよくなった。
 なのに。
 今、少女に触れる心臓魔導器は、驚くほど穏やかで、どこか温かいような気さえする。そして、小さな体を抱きしめた腕も。
 生きていることが心地良いなんて、あの日以来始めてだ。
 ――それも悪くもないかも。
 なんて。それをこの子に背負わせるつもりはないけれど。それでも勝手にこちらが思う分には良いだろう。
「リタっち温かいわぁ。ずっとこうしてていい?」
「いい加減ウザいんだけど」
「ひどっ!おっさん泣いちゃうよ?」
「……馬鹿っぽい」
 などと言いながら相変わらず大人しく抱きしめられたままのリタに確かな愛しさを感じながら、もう一度心の中で、この優しい少女に感謝した。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

バクティオン神殿で、レイヴンの心臓の一件があってから、レイヴンが合流した直後の宿屋。エステルのヘリオードでの一件でだんだんと人も信じられるようになってきたリタも、口では何だかんだ言いながらやっぱりレイヴンの事は信用してただろうし、その分ショックだったはず。だからこそ、彼が戻ってきた時はホッとしたろうな、と思います。

リタって魔導器にあれだけ愛情注ぐってことは、人に対しても信用に足る人なら物凄く守ろうとするんですよね。レイヴンもリタの純粋で不器用な愛情に触れて少しずつ癒されていったらいいのになーと思います。



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