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*tales of…*
become famous overnight(ユーリ×エステル)
【become famous overnight】


 風がエステルの頬を撫でた。髪がなびかれるのに構わず、目を瞑って全身でそれを受け止める。
 もう随分と色んな街、地域を巡った。風にも色んな匂いがあることをエステルは知った。ここいらの風は湿り気があまり感じられず、さっぱりとしていて心地良い。何故だか疲労感すら吹き飛ばされ癒されていくような感じだ。
 ――これでいいのでしょうか……。
 とは言ってもエステルの心中は眼前の景色のように清々しくはない。
 罪悪感がないわけではない。今や、皇帝となったヨーデルを補佐出来るのは、立場的にも自分しかいないし、エステル自身立場を除いて考えても自分にしか出来ないと思っている。なのに、エステルは今城にはおらず、ここにいる。
 またしても、誰にも何も告げずに出てきてしまった。しでかしたことの大きさは十分理解している。それでも決めたことを曲げられず、貫き通し、城を出てしまった。
 随分と遠いところまで来てしまったらしい。見渡す限りの緑。周りにはそれしかなく、人気や民家なども見当たらない。
 あまりの景色の壮大さに自分がとても小さく思えてきて、ぎゅっと胸の辺りが痛くなった。罪悪感と迷いはより強くなり、慌ててエステルはかぶりを振り、自身を叱咤する。
 決めたではないか。それでも行くと。城から出、“エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン”ではなく、“エステル”として、それを貫き通すと、そう決意したではないか。
 それなのに。どうしても揺らいでしまう。自分はここにいて良いのだろうかと。この道で良かったのだろうかと。
 ――これではまるで……。
 前の旅の時と同じではないか。
 思えば、エステルにとって“旅”というものはそういうものなのかもしれない。決め、行動し、迷い、立ち止まり、そしてまた決め、進む。それが、エステルにとっての“旅”というものなのかもしれない。そう思うと、何だか笑いが込み上げてくる。自分はいつでも悩んでばかりだなぁ、と。
 かと言って無期限の旅などエステルには許されない。城を出てかれこれ一週間。さすがにもう、これ以上は空けられない。恐らくはフレンの計らいで目を瞑ってくれているだろう騎士団も、本格的に自分を連れ戻しにかかるに違いない。
 一目、姿を見るだけで良かった。一声、聞くだけで良かった。どうしても会いたかった。だから探しに出た。だけど、一週間経っても見つからなかった。
 ――戻ろう。
 そう思い至った瞬間。ざあ、と風が高原を駆け抜けた。空気が変わった、気がした。
 後ろに気配を感じた。以前にずっと感じていた、気配。振り返れない。動くことが出来ない。
 声が聞こえた。
「せめて、護衛くらいつけさせてくれって、フレンが泣いてたぞ」
 低い、心地の良い、声。
「護衛なんて必要ありません。一人で、旅をしたかったんです」
 自分の声は、上手く喉から出て来ない。震えてしまう。
「相変わらず頑固なお姫様だな」
「わかってます」
 鼓動が胸の内側を痛いくらいに叩く。
「エステル」
 名を呼ばれた。大好きなそのあだ名が彼の声で聞こえた瞬間、振り返っていた。駆け寄り、彼の胸元に飛び込む。無意識の行動だった。
「……っと!」
 優しく受け止めてくれたその腕は、以前と変わらず力強く、温かい。
「ユーリっ、ユーリ……!」
 涙があふれる。止められない。あふれる気持ちを、止めることが出来ない。ユーリはただ、背中を撫でてくれた。泣きじゃくる子どもを宥めるように、優しく、優しく。
 旅が終わって城での生活に戻ると、旅での生活がまるで夢であったかのように思えた。妙な感覚。胸の真ん中にぽっかりと穴が開いたような感覚。辛くはなかった。それ以上に忙しかったから。
 それでも気持ちは募っていった。物思いにふける時は決まって思い出にひたった。
 なのに、ザーフィアスに降りても、他の街へ公務に出ても、一度として会うことはなかった。そうしてようやく気付いた。自分は、こんなにもユーリに会いたくて、聴きたくて、触れたくて仕方がなかったのだと。
「どうして、お城に来てくれなかったんです?!ずっと、ずっと、わたしはユーリに……!」
「用もねえのに行ったって仕方ねえだろ。それに、エステルが天然陛下の手伝いしてるの、邪魔したら悪いしな」
「そんなの……っ!」
「あー……。あとあれだ。オレ、城苦手なんだよ。……って、そんなに泣くな、エステル」
「誰のせいですか……!」
「オレか?……こりゃフレンにバレたら殺されるな……」
 そう言って笑う、以前と何も変わらない青年に、もう一度強く抱きついてからエステルは体を離した。自身の体の前で手を組み、青年を見上げる。
「ユーリ」
「ん?」
 組み合わせた手に、微かに力がこもった。
「このまま、どこかに連れ去ってください、って言ったら、そうしてくれます……?」
 以前と変わらない紫紺の瞳は、やはり静かにエステルを見つめる。
「……おまえがそう望むなら、どこだって連れていってやるよ」
 自分で決める。それが彼の導き。ああ、やはり変わらない。胸に込み上げるのは懐かしく温かい気持ちと、少しの寂しさ。
「……うそ」
 そんなこと、出来ないに決まっている。そこまで自分は、聞き分けのない子どもではない。
「仕事が……ありますから。そんなこと、出来ません」
「……そっか」
 どこかほっとしたような表情。エステルがそう言うことを見越していたのだろう。
 だけど、ユーリのその表情の中に僅かに寂しさが垣間見えたように思えたのは、ただの傲慢なのだろうか。
「……あの!依頼……、させてもらえませんか?」
「依頼?凛々の明星にか?」
「ギルド凛々の明星の、ユーリ・ローウェルに」
「……言ってみな」
 促されるも、なかなか言葉が紡げない。喉が痛いくらいに収縮して、気持ちが先走り、吐息だけが細く漏れるばかり。それでも急かすことはせず、ユーリは待っていた。
 握りしめた手は、無意識のうちに痛みすら感じた。
「時々……、本当に時々でいいんです。お城にわたしを、……さらいにきて、もらえませんか……?」
 あまりの恥ずかしさに、顔を上げることが出来ない。自分はなんて馬鹿なことを言っているのだろう。
 その時、頭に軽い衝撃を感じた。手だった。大きな手が、エステルの頭を撫でる。それが滑り降りてきて、エステルの頬に触れる。顔を上げた時に見たのは、穏やかな紫紺の瞳。
「夜空に瞬く凛々の明星の名にかけて、仕事引き受けたぜ」
 低い声が紡ぎ出す、宣誓の言葉。込み上げる、思い。頬に触れる手に、自身の手を重ねる。
「ありがとう、ございます……っ」
 エステルは、自分が心のままに行動して周りを振りまわしてしまう、わがままという人種だということは理解している。だけど、それは心が純粋が故の行動で、その純粋な心でなければ、心そのものを絞り出したかのような感謝の言葉は出せないということを知らない。
 そしてそれが、エステルのエステルである所以だということも。
 風が二人分の髪を揺らす。頬に触れた手も、それに重ねた手も、相変わらず温かい。いつまでもこんな場所にいるわけにはいかないし、帰れば手放しの仕事が山積み。それでも今は、今だけはもう少しこうしていたくて、ずっと求めていた温もりに心さえ温まっていくような思いだった。





ここまで読んでくださってありがとうございます。

ED後、バラバラになった彼らの中で、誰とが一番再会しやすいかな、と考えたらやっぱりリタですよね。で、一番会いにくいのはやっぱりユーリじゃないかと。おっさんも差し置いて。

ユーリは絶対自分からエステルに会いに行くことはないと思います。でも、噂や誰かからエステルの近況を聞いてそれで満足している。むしろエステルが近くを通ると隠れてそうな印象すら受けます。

エステルはエステルで思い立ったら即行動、実行なので、自分から会いに行ってしまう。想う人が素直じゃないと、大変だと思います。

逃避行したらいいのに……!



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