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*tales of…*
first step first aid(幼少フレン&幼少ユーリ)
【first step first aid】


 治癒術を覚えよう。
 心の底からフレンは思った。それはただ漠然と思い付いたことではない。決意だ。自分はいつか――いや、出来うる限り早く治癒術を覚えなくてはならない。絶対に。視線の先の何故だかいたるところに擦り傷をこさえた幼なじみに、強くそう決意する。
 帝都の空は今日も結界越しに澄んだ青空が広がっていて、だけど日当たりの決して良くない下町は洗濯物と洗濯物の間の狭い日照部分からでも逞しく陽の光を取り込んでいる。
 いつもの下町。いつもの広場。いつもの、擦り傷の顔。
「ユーリ!一体どこに行ってたんだい?」
 幼なじみは口元にこびり付いた血を指で拭いながら、不機嫌そうに歩いてくる。
「別に。散歩だよ」
 そう言いながらフレンの顔を見ようともせず、ユーリはすたすたと前を通り過ぎてゆく。予想通りの答えに思わず溜め息が漏れてしまう。
「散歩って……、一体どんな散歩をすればそんなに傷だらけになるっていうんだ」
「うるせーな。フレンにゃ関係ねーだろ」
 もうこれ以上は詮索するなとでも言いたげなあまりにも素っ気なさ過ぎる返答。大体何があったかは察しが付いたが、ユーリの随分後ろ、壁に身を隠すようにしてじっと彼のことを見つめる同じ下町に住む年下の女の子を見つけると、それは確信に変わった。要するに、何かしらがあって、あの子を助けてやったのだろう。それはいつだって見慣れた幼なじみの姿。
 なのに、いつもなら自分の部屋に戻ってふて寝する彼が、今日は違う方向へと歩いていく。あれは市民街――いや、貴族街。つまりどうやらまだ続いているということだ。溜め息を一つ漏らし、フレンはユーリの後を追う。

「ユーリ!無茶だよ!」
「じゃあ、お前は帰れよ、フレン。もともと来てくれなんて頼んじゃいねーし」
「何言ってるんだよ、出来るわけないだろ?!」
 言い合う声はひそひそ声。場所はすでに貴族街。見せつけるように綺麗に整えられた庭園の生け垣に、二人の少年は身を潜める。ユーリの視線は一人の貴族を捉えて離さない。フレンは今日何度目かの溜め息を吐くと、幼なじみの横顔に訊ねた。
「じゃあせめて何があったか説明くらいしてくれないか?」
「……アイツだよ」
「え?」
 ユーリの視線の先の貴族を睨み付ける目つきが一段と険しくなった。自分の庭に下町の少年がこっそり入り込んでいるなどということに露ほども気付く様子はなく、呑気にティータイムを楽しむ中年男性。フレンには貴族の趣味なんて分からないし、分かりたくもないが、何故だか彼にとってのあの光景は好感が持てなかった。
「あの人がどうかしたのかい?」
「アイツ、何か持ってるだろ」
 確かに持っていた。ティーカップを持つ方とは違う方の手で。掌で転がしたり、陽の光に透かしたり、軽く手の上で放ってみたり。
「盗られたんだよ」
「!」
 すぐさまフレンの脳裏に先ほどの女の子の姿が浮かんだ。
「卑しい下町のモンはあんなもの、持ってたら駄目なんだとよ」
 綺麗な、宝石のような石だった。女の子がそれをつい先日拾って宝物にしたことも、またあの貴族が魔導器の核なら高値で売れるかもしれないという理由で奪い取ったことも、今のフレンには知る由もなかったが、彼の胸には一つの感情が湧き上がっていた。
「……取り返そう」
「え?」
「取り返そう、ユーリ!許せないよ、そんなの!……って、何だよ、その顔」
 ぽかんと口を開けたあまりも間抜けなユーリの顔に、フレンの目も半眼になってしまう。我に返った後でさえ、幼なじみの目つきは信じられないものを見るかのようだった。
「いや、まさかフレンが乗ってくるとは思わなかったからさ……」
「ユーリ……、僕だって何を許しちゃいけないか、ちゃんと分かってるつもりだよ?」
 そう言うと、幼なじみの口元に笑みが浮かんだ。
「そうこなくっちゃな!」
 すぐにそれは意地悪そうな笑みへと変わる。
「じゃ、フレン。お前おとりになれ」
「何がどうなれば、“じゃ”になるんだよ……」
 大体察しはついていたが、こうも堂々と言い切られると思わず反発したくなる。といってもするだけ無駄なのだが。こうなった以上、ユーリがどう動き、その時自分はどんな役割をせねばならないか、すでに予測済みだ。というか、もう二人の間だけの連携が確立されている。一体そうしてこの街で何度行動を起こしてきたか、本人達ですら数知れないのだ。
「行くぞ」
 ユーリの短い言葉を皮切りに二人の少年は、まるで事前に打ち合わせをしていたかのように瞬時に駆け出した。ユーリは左に。フレンは右に、貴族の前にその姿をさらけ出す。
「な、何だお前ら?!」
 今更になって下町の少年が二人も自分の家の敷地に現れたことに慌てふためき、立ち上がる。その手を、フレンが放った小石が一閃した。短い悲鳴を上げた貴族の手から宝石が転がり落ちる。それが地面に落ちる寸前で貴族の死角から躍り出たユーリの手がかすめ取った。
「な!?」
 流れるような一連の動き。しかしそれも一瞬の出来事。
「このガキ共!!」
 フレンはユーリを最後まで見てはいない。自分の役目は貴族の目を引き付けること。それ以外のことなどする必要はない。
 が、予測不能の事態への対応に遅れてしまうのも子ども故である。
「っ!」
「フレン!!」
 伸びてきた腕はかいくぐった。だが、足は避けきれなかった。幼い鳩尾へと容赦なく叩き込まれる、蹴り。そのまま太い腕で締め上げられた。貴族の騒ぎに駆け付けた、使用人だった。
「この野郎!フレンを放しやがれ!!」
「ユーリ!逃げるんだ!!」
 少年達の叫びはほぼ同時。それに応えたのは貴族の、貴族なのに下品な笑い声だった。
「終わりだ、ガキ共。大人しく核を返すんだな」
「ユーリ!!」
 ユーリは、親友は、逃げなかった。思えば、逃げろと言ったところで逃げるような奴でないことはフレンが誰よりも一番知っていた。知っていたのに、今は逃げて欲しかった。
 宝石を握りしめたまま、ユーリが一直線に向かってくる。被我の距離まで迫った瞬間、フレンをその腕で締め上げたまま、使用人の足がしなる。フレンは思わず目を瞑った。ユーリのくぐもった悲鳴。そして、石畳を転がる音。
「ユーリっ!!」
「ぎゃ!!」
 幼なじみのものではない悲鳴が聞こえて目を開けた時、フレンが見たのは、宝石を片手でキャッチするユーリの姿だった。それが一体どこにバウンドして返ってきたものなのかは、考えなくてもわかる。
 少しだけ緩んだ腕に、フレンは思い切り噛み付いた。轟く悲鳴。完全にフレンが使用人の腕から抜け出すと、二人の少年は脱兎のごとく駆け出した。背後で貴族が何か喚いていたが、そんなもの耳に入らない。
「ゆ、ユーリ!何で逃げなかったんだよ!君は本当に無茶ばっかりして……!」
「は、お前に言われたかねーな!」
「それに取り返した石を投げるなんて!また取られたらどうするつもりだったんだよ?!」
「そん時ゃそん時だ!」
 そう言い放ったユーリの口元は依然として切れていた。体中も擦り傷だらけ。腹も蹴られて痛んでいることだろう。そう思ったら自分も蹴られた腹の痛みだけでなく何だか頭まで痛くなってきた。
 きっと、どうしてと思う以前に彼はこうなのだ。だからフレンは固く誓う。
 “早く治癒術を覚えよう”と。

「聖なる活力。ファーストエイド!」
 術式が展開し、傷は一瞬にして癒えていく。
「いいって言ってんのに」
 傷跡の消えた腕を回しながら、ユーリがぶつぶつと呟く。
「何言ってるんだ。治癒術だって無限じゃないんだから、君の無茶で怪我が増え続ける度にエステリーゼ様の負担になるじゃないか」
 言い返したフレンを、ユーリは何故か面白くなさそうな目で見つめた。
「そんなの、お前だって同じだろうが。お前こそもっと自分を大切にしやがれ」
 片手を挙げて遠ざかってゆく黒い背中。相変わらずの親友の姿にフレンの口から溜め息が零れた。親友の無茶という名の心配の種は消えることなくどうやらすくすくと育ち続け、花まで咲かせそうな勢いだ。
 しかしそのことに小さい頃のような切羽詰まった感じはフレンにはない。その為に、その度に、欲した言葉と術式はもう理解したのだから。
 ただ皮肉なことに、親友がフレンを同じくらい無茶だと分かっていても、当のフレンがそれを理解することは、まだまだ先になりそうだった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

幼少時から二人で活躍してきたんだろうな、という話。きっとフレンもユーリに負けず劣らず無茶なのに、フレンはそれと気付かずユーリのことが心配で仕方ない。ユーリは自分は無茶だと分かっているけど、やる。そんな感じなんだろうなと思います。

もしこの頃から、若いデコボコに追っかけられて撃退してたら、きっとデコボコが、いや、ルブランがユーリ達のこと可愛いくて仕方ないだろうな、と思いました。



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