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*tales of…*
flower petals came fluttering(フレン&エステル)
【flower petals came fluttering】


 “ごめんなさい、フレン。”
 そう言って躊躇いがちにこちらを振り返った少女も、やがて想いを振り切るように桃色の髪を翻らせて一人の男について行く。男は振り返らない。自分の信念に従いフレンとは対局の位置にある道を、迷いの無い足で歩いて行く。そこへエステリーゼがついて行く。そうして、親友の隣りへと並ぶ。
 二つの背中を、フレンはいつだって眺めていることしか出来なかった。身を斬られる様な想いで。悲痛に表情を歪ませて。
 あの隣りに並ぶのが親友でなく、自分であれたらとどれほど願っただろう。親友ほどエステリーゼを安心して任せられる人物はいない。頭では分かっているものの胸の疼きは消えることはない。
 心の底ではいつだって叫んでいた。
 “エステリーゼ様を、この手でお守りしたい!”と。
「フレン?」
 柔らかく心地良い声に、物思いから覚めたフレンは一瞬ここがどこなのかわからない。だがそれもすぐに解消し、現実へと引き戻される。樹木の澄んだ匂い。土木作業を進める男達の威勢のいい声。テルカ・リュミレースで恐らく最も希望に満ち溢れている生まれたての街。“望想の地、オルニオン”そこの、奥に位置する騎士団詰め所。であり、執務室。
 目の前の書類の束――否、山を渋い顔で見つめ、直ぐにこれも目指す己の道の為と自身を叱咤し、頬を両手で叩いた。
「フレン?!大丈夫です?やっぱり少し疲れているのでは……」
「え、あ!エステリーゼ様!?」
 思わず椅子から落ちそうになってしまった。態勢を立て直して急いで立ち上がる。
「申し訳ありませんっ!」
「あ、座ってください。わたしの方こそ勝手に入ったりしてごめんなさい。一応ノックはしたんですけど……」
 そう言ってばつが悪そうに俯く次期皇帝候補をもはや直視出来ずにフレンもまた立ったまま俯いてしまった。なんということだ。一回声をかけてもらっておきながらその存在に気付かないとは。
「いえ、私がぼうっとしていました。本当に申し訳ありません」
 深々と頭を下げる。
「いえ、わたしの方こそ……。頭を上げてください、フレン」
 まだ少し恥辱の念を引きずりながら顔を上げれば、目の前の次期皇帝候補は困ったように笑っていた。それにつられて、フレンも少しだけ笑みを浮かべてしまう。
「あ、どういったご用件で……」
「実は……、フレンに会いにきただけなんです」
「え……?」
 聞き間違いかと思えた信じられない言葉は、俯いて居心地悪そうにしているエステリーゼの様子からそうではなかったのだと思い知らされた。
「あの、でも忙しい……みたいですから、また来ますね」
「あ――」
 桃色の髪を翻し背中を向ける。何度となく見てきた法衣の白い背中。
 伸ばしそうになる腕を決死の思いで抑えつけた。
「エステリーゼ様っ……!」
「はい?」
 桃色の頭が振り返る。
「あの、お茶だけでも……飲んでいかれませんか?」
 一瞬だけきょとん、となった後にふわりと浮かぶ花のような笑顔。
「喜んで」
 胸の内に湧き上がる安堵に、もはや気付かないふりなど出来なかった。

 いつだって遠いところにあった背中。届くことのなかった己の手。それが今はこんなに近くにある。だからといってフレンが彼女に触れることはない。叶わない。たとえそうでありたいと願っても、易々と触れて良い人間ではない。自分は騎士で、彼女は次期皇帝候補の姫君なのだ。
 なのに、いや、だからこそだろうか。こんなにも焦がれてしまうのは。
 蒸気音と小刻みに金属が鳴るのは、湯が沸いた合図だった。慌ててフレンはポットに手を伸ばす。
 迂闊だったのは、書類仕事の為にペンが持ちにくいからという理由でいつもの篭手を外していたこと。それを失念していたこと。そして、慌てて触れたポットが沸騰したてでしかも金属製だったということ。
「――っ!?」
 派手な水音の後に床に落ちたポットの金属音。
「フレン?!」
 本当に今日はどうかしている。これがもし戦闘の最中だとしたらきっと、命を落としていたに違いない。
「大丈夫です?フレン!」
「あ、エステリーゼ様、すみません」
 鎧を身に付けていなかったら大火傷だ。駆け寄ったエステリーゼに心配をかけまいと苦笑めいた笑みを向けた、フレンの手が、不意にエステリーゼの両手に包まれた。
「火傷しているではありませんか!」
「あ、あ……」
 どうやら無事では済まなかったらしい。火傷した右手を触れられた痛みよりも、その感触こそが衝撃だった。
「いけません、エステリーゼ様!」
 思わず振り払ってしまった。丸く見開かれたエステリーゼの目。しかしそれも一瞬のこと。すぐにそれは少し怒ったような目つきに変わり、再び手を引ったくられてしまう。少しだけ、痛かった。
「何を言ってるんです!こんなにも赤く腫れているのに!」
 刹那の詠唱。浮かぶ術式。瞬時にして癒された、手。戻ってきた感触。篭手を外して直に触れたエステリーゼの手は、信じられないくらいに、柔らかかった。
「あ、ありがとう、ございます……」
「いいえ」
 近づきたくても遠かった。守りたくても叶わなかった。触れたくても出来なかった。遠くに霞む姫君の背中。それが今、こんなにも近くにいる。触れ合っている。
 白く柔らかい手を握りしめる。
「フレン?」
 “貴女をずっと、守ってもいいですか?”
 だからと言ってそんな言葉が言えるわけでもなく、そんな自分に情けなさを感じながら、フレンはその手を離すしかなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

なんかフレンがすごくヘタレなことに…!でもノール港で再会したときの、あわわわ具合とか、フレンってエステリーゼ様を返してくれないか、って言ってる割にはどうなんだろう、と思ってしまったりもして。

きっと彼は一国の姫君が結界の外を旅している非常事態が受け入れられないのだとは思いますが、エステリーゼ様を頼む、という時の口調にフレンの感情が混じっていたらいいなと思います。



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