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*tales of…*
unmask a monster(ユーリ×エステル)
【unmask a monster】


 少女魔導師が自分のことを“戦闘狂”と呼んだのは、あながち間違っていないかもしれない。だからそれを否定する気もない。実際、戦闘は好きだった。もしかするとそれは帝都といえど治安の悪い下町で育ったせいでもあるかもしれないが。戦うことは好きだった。相手が人でも魔物でも、戦っているときの高揚感は心地よいし、自分より強い者とあいまみえた時の妙なぞくぞくとした感覚は、何物にも代え難い快感であった。
 そして、今目の前にいる相手は、彼がこれまで戦ってきたどんな敵よりもずっと手強い。それなのに、気分は高揚してくるどころか、逆にずっしりと沈み、ため息さえもが漏れてしまう。
 ユーリ・ローウェルは、困り果てていた。
「なぁ、いつまで拗ねてんだ、エステル」
 視線の先にいる少女の肩がぴくりと跳ねた。それに合わせて肩のところで切りそろえられた桃色の髪が微かに揺れる。だけど、髪が少女の横顔を露わにしても、ユーリにはその表情を窺い知ることは出来なかった。
 少女は――エステルは、ユーリに背を向けていた。その肩はぎくしゃくと強張り、しかしその様子がエステルの譲れない主張を更に強固にさせているかの様だった。
「拗ねてなんて……いませんっ」
 そう言い張る少女にどこがだよ、と胸中で呟きながらユーリはため息を漏らす。いつもなら、眠れないであるとか気分転換だとかで宿を出る仲間がどうにも放っておけなくて、こうして夜風にあたる少女の様に佇んでいるのを見ると、軽く声をかけて隣りに並ぶことは簡単だった。しかし今日はどうしてもいつもの様にはいかない。エステルの小さな体から滲み出ているオーラは明らかに“拒否”だ。まるで、来ないで下さいとでも言わんばかりの拒絶オーラだ。
 がしがしと頭を掻き、ため息をもう一つ。
「さっきの事、そんなに気にしてるのか」
「……当たり前ですっ!」
「危険な目に合わせたのは悪かった。でも、あそこじゃああするのが一番だったんだよ」
 この少女を最小限の痛手で確実に守る為にはそれが一番の策だった。そうすれば直接的な痛みを被るのは自分だけでいいし、エステルのことも絶対に助け出せる自身はあった。それでも完璧というまでには及ばない。払った代償は、エステルの気持ちだ。何せ、居たくない場所に置き去りにされたのだ。たとえ、ユーリの親友がそんな彼女を絶対傷付けはしないという確信があってもだ。
「分かって、ます……」
 か細いその声を表したかのようにエステルが身を縮ませる。それほどまでに辛い目に合わせてしまっただろうか。価値観など十人十色でユーリの思っているそれが、もしかしたらエステルにとってとてつもなく大きいものだったのかもしれない。
 しかし次に紡がれた少女の言葉は、ユーリの予想にもしない言葉だった。
「それに私、ユーリが絶対に来てくれるって信じてましたから全然怖くなんてありませんでした」
「は……?」
 思わず驚きに目を丸くしてしまう。
「じゃあ何で――」
 そんなに怒ってるんだ、そう言おうとしたのを飲み込む。
 振り返ったエステルは、今にも泣きそうだった。
「私が怒っているのは、そんなことじゃない……!」
 ユーリを見上げる瞳が儚げに揺れる。
「ユーリがあの時何処かに行ったのだって、きっとそうするのが一番なんだって分かってました」
「エステル?」
「なのに、何故ユーリは……」
 俯くと、泣き出しそうな瞳も震える唇も、桃色の髪に隠れてしまう。
「何故ユーリは、あの時あんな事を言ったんです?」
 ああ何てこった。そっちか。このお姫様は、この世間知らずで純粋すぎるお姫様は。何が気に入らなかったのかというと――。
「何故、嘘をついたんです?!」
 危険な目に遭わされたことよりも、敵陣に取り残されたことよりも、ユーリが“その場のエステルを含む全員を欺く為の嘘を吐いたこと”が、何よりも気に入らなかったというわけだ。あの時の訳が分からない、といった表情の少女は、取り残されたことに驚いていた訳じゃない。すでにその時は事態を正確に把握し、理解し、ユーリが自分に対してついた嘘に驚いていたのだ。
 笑いたくなる。傷付けまいと思い守ろうとした少女は確かに直接的な目に見える傷は付かなかったかもしれない。しかしその内面は傷付いていた。他ならぬユーリの放った言動によって。
「嘘をつかれるくらいなら、ユーリと一緒に危険な目にあっていた方がマシでした……」
 誤算はただ一つ。それほどまでにユーリのことを信用してくれているということ。
「……痛い目に、辛い目に遭うかもしれないぜ?」
「構いません」
「後悔するかもしれないぜ?」
「後悔なんてしません。ユーリが守ってくれますから。それに私は、どんなに苦しくて痛いことよりも、ユーリと一緒じゃないことの方が、ずっと辛い」
 口の端が持ち上がり、僅かな笑みを形作る。
「そりゃ、光栄だ」
 それでもエステルの顔は俯いたままだ。
「……もう、あんな嘘つかないで下さい」
「お姫様の仰せとあっちゃあ、断る訳にはいかねえな」
 体の前で組まれた手を取る。華奢な手だ。それをゆっくりと持ち上げると、そっと口付けた。
「!?」
 ちらりと俯いた顔を見やる。街灯を逆光で浴びているためにはっきりとは見えないが、赤くなっていることには間違いなかった。
「まだ怒ってるか?」
「当たり前、です……っ」
 ――無理してるのバレバレだっつの。
 こみ上げてくる笑いを懸命にこらえ、肩を抱く。華奢な体が身じろぎしたが、それに構わず腰を抱く。吐息が間近に聴こえた。
「悪かった。許してくれるか?」
 細い肩に顔をうずめ耳元で囁けば、もう声さえも出ない少女は、こくこくと懸命に頷いた。
 ――こりゃ責任重大って訳だ。
 一身に背負った愛しい姫君からの大きな期待と信頼。賭けるものは大きければ大きいほど、いい。手放す気など毛頭ないが。
 身の外には温かく柔らかな感触。身の内にはぞくぞくとした高揚感。それが何に対してかは分からなかったが、今はそんなことどうでもいい。とにかくそれが心地良くてユーリは目を瞑り正体不明の心地良さに身を浸した。



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