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*tales of…*
rip rap dipt(ユーリ×エステル)
 目というものは、言葉以上に様々な意味を含んでいる。そのため、一番人間の感情が出やすい箇所だと言ってもいい。いくら態度に出さないように努力しても、僅かな眼球の動きやその視線で考えていることのおおよそが分かってしまう時もある。文字通り、“目を見れば分かる”と言った風にだ。
 そして、目が合うということは目を合わせた側のそういった投げかけを理解したにしろしてないにしろキャッチ出来る範疇に入ってしまったというわけであり、むしろ照射されたといってもいいほどの強引さで、解除することもなかなか難しい訳である。
 ほんの一瞬だが、バチリと目があった。相手にしたら合ってしまった、とでもいうべきか。そのままサッと目を逸らされる。それで逸らしたつもりなのか。若干頬が引きつっているのは彼女自身も諦めかけているということなのだろう。それならば、その期待に応えてやるのが優しさというもの。
 口の端を意地悪そうにもちあげ、怯える少女相手に無慈悲な言葉をユーリはついに口にした。
「一緒に行こうぜ、エステル?」
「え!あ、わ、私ですか……、あ、はい、頑張ります……」
 少女の落胆しきった様子を見ても、罪悪感なんてこれっぽっちも湧かなかった。


【rip rap dipt】


「いや、そんな目で見んなって。仕方ねぇだろ、こんぐらいのことでもなきゃやってけねぇよ」
「ひ……?!」
 エステルが小さく悲鳴を漏らし、肩をびくりと震わせる。恐さゆえか周りをきょろきょろと見回しながら歩いていたのだろう。ユーリが誰と話をしているのかすらも分かっていない様子だった。エステルの前を歩くユーリとラピードが一緒に振り返ったのを見て、小さく“あ、ラピード……”と呟いた。フン、と鼻を鳴らした相棒をちらりと見やってから、ユーリはやれやれとばかりに肩をすくめる。
「エステル、そんなにびびんなって。ただのボロい船だ」
「び、びびってなんていません!ちょっとびっくりしただけですっ!」
 それをびびってるって言うんじゃねぇか。そう言いたい気持ちを寸でのところで飲み込んだ。言い合いになれば自分の言葉を証明する為に無茶をするだろう。こんなところで迷子になんてなってもらっても困るし、ましてや魔物をオバケや何かと勘違いして魔術でもぶっ放されて船ごと沈む、なんてのはそれこそ勘弁したい。
 ちょっと意地悪が過ぎたか。そっぽを向いて頬を膨らませている少女の頭にぽん、と手を置く。そんなユーリを少女は頭に手を置かれたまま、上目遣いで見上げた。
「……ユーリは意地悪です。何で私だったんです?せっかく目を合わせないようにしてたのに」
「だからエステルにしたんだよ」
「やっぱり意地悪です」
 むくれているのをあっさりと笑い受け流す。エステルを選んだ理由としては、エステルが一番無難で面白そうだったから。まずこのようなな展開では怖がっている人間と一緒に行く方が面白い。ラピードは初めから付いてくるとして。ジュディスは明らかに楽しんでいる顔付きで、白骨化した人間の腕とか拾ってきそうだし、レイヴンに至っては問題外。ちょっと青年ひどいじゃないのよ、なんて聞こえてきそうな非難はとりあえず意識の外に放り出す。となれば残るは反応の面白そうな三人。カロルは入った瞬間からまとわり付いて離れなさそう。リタは後が恐い。となれば、残ったのはエステル、という訳だ。
 先を急ぐ旅ではあるが、いきなり現れた謎の幽霊船に針路を閉ざされ八方塞がりになってしまったのなら、調べついでに楽しまなければ損だというもの。
 それにしてもこの世間知らずのお姫様の反応は、いちいち面白い。恐らく、というか明らかにこんな船の中をうろつくのは初めての経験なのだろうが(かく言うユーリ自身もだが)、城から一歩も出たことがないとなると、こうも反応が過大になるのだろうか。
「きゃっ!」
 勝手に意地を張って勝手に先頭を歩いては床のぎしぎしと軋む音にさえ体をびくつかせている。その後ろを付いていくラピードの“ワフ……”という吐息が何だか溜め息の様だ。ユーリは笑いを噛み殺すのに必死だった。
 と、その時。船体が大きくぐらりと揺れる。踏ん張ればどうにか耐えられる揺れだが、ユーリやラピードの様な近接戦闘を主とする足腰の鍛えられた者であればこそだ。ならば少しは剣術が使えると言っても戦闘時は治癒術魔術で仲間の支援に回っている華奢なお姫様ならどうなるか。
「エステルっ!!」
 バランスを崩して木板の床に叩きつけられる形のエステルの下にすんでのところで己の体を滑り込ませ、受け止めることに成功した。とは言え人間一人の全体重が完全にユーリの体に吸収されることになる。
「……っ!!」
 歯を食いしばってどうにか耐えた。
「ユーリ?!ごめんなさい!私の代わりに……っ!」
 床に転がったまま抱き合う形のエステルの整った顔が、至近距離で心配そうにそう言った。
 それから、間を置かずにガタン!ガタン!と大きな何かの音。動けないエステルがユーリの胸元に頭をぎゅっと押し付ける。同じく動けないユーリは首だけをラピードの方に向けて、
 ――そんな目で見てないで助けてくれ。
 目だけで訴えた。相棒は冷めた目つきのまま、そっぽを向いた。
 やがて音は消え、再びの静寂。突然、エステルががばっと頭を上げた。
「ぅおっ?!」
「……ポルターガイストです」
「……は?」
「“ポルターガイスト現象。その場にいる誰かが手を触れた訳でもないのに物体が突然移動したり、発光したり、物を叩く音が繰り返し発生する通常ではまず説明することの出来ない超常的現象”です」
「はァ……」
「お城にある“テルカリュミレースの超常的霊的現象”という本で読みました!実際に聴くのは初めてです!すごいですっ!」
 人の体の上で何やら盛り上がっている。気のせいだろうか。頭が痛くなってきた。
「……エステル」
「はい?」
「何でもいいからそろそろ退いてくんない?」
「は、あ!ごめんなさい!」
 自分の状況を飲み込めたらしいエステルが今更ながらに顔を赤くして飛び退いた。ようやくユーリの体が解放された。それでも新しい境地を発見したらしいお姫様は先頭を嬉々として歩き出す。危ないことこの上ない。数分前まではびくびくしていた目の、今は何ときらきらと輝いていることか。全く好奇心というものは本当に恐ろしい。
「ま、オレとしてはお楽しみが一つ減ったわけだが……」
 少女の楽しそうな姿を見ているだけでもそれはそれで面白い。
 ――だから見ていて飽きねぇんだよ。
 相変わらず呆れたような態度で少女の後を付いていく相棒の後ろ姿を見、一つだけ嘆息してからユーリも後を追いかけることにした。





ここまで読んで下さってありがとうございます。
アーセルム号でもしもエステルがもっとびくびくしてたら、な感じの小話です。それにしてもラピードが想像以上にクールなことに。もしこんな事態になってもラピードならさっと助けてくれそうな感じですけどね……!



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