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*tales of…*
in the full bud(ユーリ×エステル)
【in the full bud】


 人の気配がした。反射的にユーリは意識を取り戻す。そのまままどろみの中で誰が来たのかを探ろうとするが、考える前にもうそれが誰なのか検討がついてしまった。
 コンコンと極めて控えめにノックが二回。目はすっかり冴えていた。しばしの静寂。返事はあえてしなかった。
 ドアノブにかちゃりと手がかかる。ノック二回で入ってくるなんて彼女にしては珍しいなと思いながら入ってきた人物に視線を向けた。
「よぉ、エステル。どうした?」
「あ……、ユーリ……。起きてたんです?」
 ぎくりと肩を強ばらせたエステルは、どこかばつの悪そうな顔をした。無断で人の部屋に侵入したことへの罪悪感かはたしてそうでないのか。萎縮している少女に向かって少し意地悪く聞いてみる。
「何だよ、眠れないのか?寝込みを襲いに来ました、って訳でもなさそーだけど」
「ち、違いますっ!!」
 夜にもかかわらず大きな声でそう言った彼女の真っ赤な顔は、窓から差し込む少しの月明かりでも十分に見てとれた。それをユーリは楽しそうに眺める。
「エステル。夜は静かにしねーと」
「う……、ユーリは意地悪です……」
 少しからかいすぎたか。うなだれているかと思ったら顔を上げ、意を決したように真っ直ぐにユーリに視線を向ける。そうしてつかつかと歩いてベッドの前へ。“座ってもいいです?”と聞かれたことについては、ベッドの端にエステルが座れるだけのスペースを空けることで了承した。
 ふわりと白いスカートを揺らしながらエステルがベッドに腰掛けた。
「傷。見せてください」
「………」
「左の肩のところ、怪我してます」
 隠すつもりもなかったが見せるものでもなかったので放っておいた傷は、どうやらエステルにはばれていたらしい。思えばこのお姫様は、他人の痛みというものに敏感だ。見ず知らずの人間でも怪我をしているのを見ると治療せずにはいられないというのは茶飯事で、自分のことよりもまず他人。エステルの“放っておけない病”はパーティーの中でも重傷な部類だった。
「……っ!」
 服を左袖の所だけ脱ぎ言われた箇所を露わにすると、エステルがそう息を呑むのが聞こえた。
「どうしてもっと……、早く言ってくれなかったんですか……っ!」
「別にこんぐらいエステルの手を煩わせるまでもないだろ」
 エステルの手のひらから魔法陣が展開した。夜の部屋に白い光が広がる。
 二人無言のまま、しばし静かな時間を共有する。長い治癒だった。いつもは瞬時にして怪我した人を癒やして消えてしまう魔法陣が、今日はやたら長く部屋を明るく照らしている。よほどユーリの打撲傷が酷かったのか、エステルは長く長く時間をかけて癒やした。
 ふと、エステルの唇がうっすらと動いた。声こそ聞こえないが、読み取れる言葉は、“無茶しないでください、お願い”。エステルの眉根が苦しそうに寄せられる。
 ――まったく。無茶はどっちだよ……。
「エステル。もういい」
「……えっ?」
「もういいって言ってんだ」
 治癒術とて無限に使える訳ではない。このままではエステルの方が倒れてしまう。
「でも……」
「エステル」
 さらに渋るエステルの腕を一瞬だけ掴む。目を丸くさせた少女の手のひらの魔法陣がさっと消えた。
「あ……」
「悪りい。でももう大丈夫だから。ありがとな」
 そう言って腕を袖に通す。まだ疼きはあったものの、先ほどと比べて随分と楽になった。少し強引だっただろうか。視界の端で、桃色の髪の頭が俯いているのが見えた。
「……ごめんなさい」
「あん?」
「ユーリはその……、わたしの事を気遣ってくれたんですよね?」
「別に、もう本当に治っただけだ。気にすんな」
 それでもエステルの顔色は晴れない。こんな夜更けにわざわざ傷を治しに来てくれたのに、少し悪いことをしてしまったか。膝の上で両手を固く組み、何かを思案するような顔は、きっと自分を責めているのだろう。
「ユーリ、一つ聞いてもいいです……?」
「ん?」
「わたし、無茶してます?」
「自覚がないことがすでに無茶だな」
「う……」
 初めは“世間知らず”。ただそれだけだと思っていた。しかしこの少女と旅をしている内にその認識はだんだんと変わってゆく。何か焦っているように見えた。怪我を癒やすこと、それがまるで自分の義務であるかのように少女は奔走した。
 そしていつしか聞く。怪我を癒やすことで自分が役にたっていると実感出来ることが嬉しかったと。つまりはエゴでしかなかったのだと。
 人間をやっていく以上、誰しも自分の暗い部分と共存していかなくてはならない。そしてそれをこの少女に見た瞬間、ユーリはエステリーゼという貴族の少女を初めて一人の人間、“エステル”として認識し、ますます好感が持てた気がしたのだ。
 冗談を真に受けてますます落ち込んだ様子のエステルを苦笑気味に見つめて、ユーリはやれやれと肩をすくめる。
「そんな顔すんなって。エステルはこれからもそのままでいーんだから」
「……どういう意味です?」
「そのままの意味だよ」
 そうやって人間らしいところをこれからも見せていけばいいと思う。そう願うことがすでにユーリの独りよがりなのだとしても、エステルと過ごせる時間がたとえ限られていても、この旅が続く限り少女の色んな心の表情を見ていきたい、そう願っても罰は当たらないはずだ。
 かなり角度を増した月明かりを受けて白い頬を膨らませているエステルを眺め、ユーリは楽しそうに笑った。





 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 いつだったか、エステルが自分のエゴをこぼしたところらへん、ユーリの怪我を放っとけなかったエステルと、そんなエステルを放っとけない、というかこっそり見守るローウェルさんです。ちなみにザーフィアス、ローウェルさんの部屋にてです。いつもみんなを引っ張りながら温かい目でみんなを見守ってるローウェルさんですが、エステリーゼ嬢がそんなローウェルさんを色んな意味で癒やしてくれる存在だといいな、と思います。



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