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*tales of…*
for the time being(ルドガー&エル)

【 for the time being 】


 不思議なことには慣れている、とジュードは言った。だとしたら、彼ならこの状況を打開出来るかも知れない、と思う。ーーのだが、当のジュードが、GHSに着信が入ってから、部屋を出たきり戻って来ない。立て込んだ様子だったので、もしかしたらマンションの外で話し込んでいるのかも知れない。時々このマンションの中は、電波が届きにくいことがある。戻ってくるような気配は、どうやらない。
 ルドガーは溜め息を吐いた。吐いたところで状況が何一つ好転することなどない。自分を取り巻く状況が、一週間前では思いもよらなかったような事態になっている。
 ルドガーの目の前ですやすやと寝息を立てる少女。
 エル・メル・マータ。
 ジュード曰く、伝説や伝承などに登場する場所の名称だという、カナンの地。そんなところに行くと言う、女の子。
 頭を去来するのはひたすら、どうしてこうなった、だ。つい先だってクランスピア社入社試験を受けると決めた時に、こんな事態になるだなんて想像出来ただろうか。もう、ルドガーには訳が分からない。それに本意でもない。しかし、それでもやらなければいけないことがあるのは事実。やるしかない、ただただそんな状況。
 とりあえず今やらなければならないのはーー、
 ーーこの子にシャワーを浴びさせなければならないのか?
 映像通信黒匣の、ニューズ番組を観ているエルをそのままに、シャワーを浴びに行ったルドガーが部屋に戻ってきたら、この状態だった。テーブルに突っ伏して、寝息を立てている。そのそばに寄ると、起こそうと肩に触れようとして、はっと思いとどまる。恐らくシャワーくらい一人でも浴びれるとは思うが、この家には女の子の下着やパジャマなどというものがない。買えばいいのではと思い至り、所持金を確認する。多分、足りる。しかし、この子一人を置いて家を出ていいものか判断がつかない。ジュードが戻ってくる気配はない。溜め息が出る。
 結局どうしていいか分からずに、ルドガーはエルの隣の椅子に掛けた。そして、眠る少女をまじまじと観察した。
 ーー小さいな……。
 まだ年端もゆかない少女。確か八歳だと言っていた。そんな子どもが、親と離れて危ない目に遭っている。アスコルド行きの列車で命の危険に晒された時のことを思い出す。一体どんな事情があるかは知らないが、もし親に会えたら、一言文句を言ってやりたい。というか、言ってやろうと思う。そう決めた。
 そんなルドガーの気も余所に、エルはすやすやと眠る。これほどよく眠っているのだから、起こすのも忍びない。シャワーなど、一日くらい浴びずとも大丈夫だろう。明日、浴びればいいのだから。
 ーー明日、なんだっけ……?
 記憶を探り、当初の目的を思い出す。行方不明の兄の捜索。二つの情報。ヘリオボーグかマクスバード。移動制限。借金の返済。そうだ、明日は金を稼がねばならない。思い出して気が重くなる。それが記憶の片隅に追いやられていたのは、果たして現実逃避の為か、それとも家に帰ってきて安心しているからなのか。とりあえず、明日に備えて休むことにする。
「っと。この子もちゃんと寝かせないとな……」
 兄の部屋には入れないのでベッドは一つしかない。自分の分を使わせればいい。自分はソファーがあれば事足りる。
「エル」
 肩をゆさゆさと揺する。無反応。
「なあ、エル」
 少し強く揺する。呻きはするが目は開けない。
「あっちで寝ろって」
 現状変わらず依然眠り続けようとする様子に溜め息を一つ。仕方ないと少女の身体を抱き上げベッドまで運ぶことにする。本当に小さくて軽かった。腕の中で少女が呻き、身動ぎする。何やら寝言を呟きながら、甘えるようにルドガーの胸に顔を擦り付けてくる。
「パパぁ……」
「!? パ……ーー」
 驚きというよりも、二十歳にして八歳の女の子からパパと言われたことに軽くショックを受ける。
 ーー俺はそんなに老けてる、のか……?
 今日一日の身体的疲労に十分な精神的疲労も合わさって、足取りも重く、エルを抱っこしたルドガーは自室へと消えた。
 
 翌朝、ソファーの上で目を覚ましたルドガーは、顔を洗おうとして洗面所に向かう途中でベッドの脇を通り、その際に飼い猫ルルと同じような姿勢で丸くなって眠るエルを見て、昨日起きた出来事が間違いなく現実であることを改めて痛感した。
 結局昨晩はジュードも戻って来なかった。彼は彼で忙しい身であるようだから、もしかすると自分の優先しなければならない事に戻ったのかも知れない。彼の協力の申し出に甘えてばかりもいられない。本意ではないとはいえ、ルドガーにも成さねばならないことがある限り見知らぬ少女を前にいつまでも茫然としている訳にもいかない。自分の為にも動かねばならない。その為にはーー。
「……朝飯にするか」
 襟元でネクタイを締めるとルドガーはシャツの上からエプロンを付けた。

 二人分の朝食をテーブルに用意し終えて、ルドガーはエルの様子を見に行く。寝ているのかと思いきや、少女はベッドに座っていた。座って何やらごそごそしている。何をしているのかと、声もかけずにしばらく眺めてしまう。時々呻いたりしながら、見ているこちらがもどかしくならくらいのぎこちない手付きのエルに、思わずルドガーは声をかけていた。
「……やってやろうか?」
「!」
 びくりと肩をすくませたエルの手から、はらりと黄色の布が落ちた。それからびっくりしたように大きな瞳を丸くしてルドガーを見つめた。ルドガーが真意を図りかねて首を傾げると、少女はやがて黄色の布を拾い、そっぽを向いた。
「けっこうですー。一人でむすべますー。そんなに子どもじゃありませんー」
 ませた口調でそう言って、再び自らの髪の毛と戦い始めた。やはり見ていてもどかしくじりじりとする。
「いいから、かしてみろって」
「あ!」
 少女の手から布を奪い取る。
「これで結べばいいんだろ? 昨日してたみたいに」
 言いながらルドガーは少女の長い髪の毛に己の指を差し入れた。手櫛で何度かさらさらと少女の絹糸のように触り心地の良い髪をとかした。栗色の、綺麗な色の髪だと思った。

 少女はルドガーの、やってやろうか、という申し出を拒否した割には、大人しくルドガーのされるがままになっていた。それを不思議に思いながら、ルドガーはエルの髪を二つに縛る為、後頭部で二つに分けた。そうして分けた毛束を、昨日の彼女の髪型を記憶に思い起こしながら一つずつ、黄色の布で縛った。
「出来たぞ」
 声をかけると、エルは無言で自らの頭をぺたぺたと触り、おもむろにベッドから飛び降りると部屋から慌てて出ていってしまう。
「おい?!」
 やっぱり気にくわなかったのか。思わず後を追いかけると、少女は洗面所にいた。精一杯背伸びをして、自分の顔を鏡に写し出している。
 そして、笑った。
 自身の髪型を見ていた小さな顔に、みるみるうちに嬉しそうな笑みが広がった。
 何がそんなに嬉しかったのか、何がそこまでお気に召したのか、ルドガーはぽかんとなって少女を見ていた。
 鏡越しにルドガーと目が合ったエルは、急に恥ずかしそうに顔をひきつらせ、仏頂面を作った。その様子にルドガーは苦笑しながら、
「朝飯にしよう。もう出来てる」
 そう言って、先に洗面所を後にした。

 昨晩、ルドガーの作った料理をおいしいと言って食べてくれたエルは、今朝の朝食もなんの抵抗もなく食べ進めている。幼い女の子の食べる食事なんてよく知らないルドガーが用意した、“普段通りの朝食”を、なんの疑いも抵抗も見せずぱくぱくと食べている。ルドガーは自分が食べる手も思わず止めて、エルをじっと見つめる。自分は、この女の子をしばらく預かっても、なんとかやっていけるんじゃないかと思った。
「ルドガー、食べないの?」
「え? あ、ああ」
 言って自分の皿のハムエッグをフォークでつつく。早々に自分のハムエッグを平らげてサラダにとりかかるエルは、お行儀悪く口をもぐもぐとさせながら、
「そんなんじゃ力でないよ。朝ごはんはちゃんと食べなさいって、パパが言ってた!」
 ばくっと、大きめの葉物野菜を頬張った。
 ーーまさか、ついてくる気なのか?
 胸中で問うてみるものの、この後の展開は揺るぎないのだろう。
 ため息をついて、フォークに刺したハムエッグを食べた。
 クランスピア社の入社試験を落ちたまでは良い。それは“普通”だ。しかし、兄の行方不明、多額の借金、これは普通じゃない。更に知らない女の子との共同生活が増えた。明らかに普通じゃない。
 ーーどうせ預かってもらうツテはないんだ。
 目があった。偶然にも自分と同じ色の、大きな瞳が、ん? という様子でこちらを見ている。
 大丈夫だ。大変かも知れないが、やる事はたくさんある。一つずつ片付けていけばいい。兄さんのことも、借金のことも、この子のこともーー。
「なに? エルの顔になにかついてる?」
 怪訝そうに見上げる少女に、今日は寝る前に風呂に入れてやろうと決めながら、ルドガーは少女の皿の端に巧妙に退けられた赤い野菜を見咎める。
「ちゃんと食べろよ。トマト」
 少女はなんとも嫌そうな顔をした。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

エクシリア2クリアしてからずっと書きたかったルド&エル。エルを連れて初めてルドガーのマンションに行った時のマクスバードかヘリオボーグに行けと言われた後の捏造アフター。

ルドガーがエルの扱いにあわわとなってたら良い。



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あきゅろす。
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