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*tales of…*
alter ego(ジュード×ミラ)

【alter ego】


 ジュードは目を丸くして、ぎょっとなってミラを見た。一瞬彼の手がぎくりと強ばり、引っ込めようとするのをミラの手がしっかりと握って離さない。ミラは彼の困惑など全く意に介さず、ジュードの手からあまりにあっけなくグラブを抜き取ってしまう。
「ミラ……!?」
 グラブを脱がせても彼の手は、まだテーピングに覆われている。ミラは何の躊躇もせずにテーピングの端っこを爪でかりかりと引っ掻いて捲ると、ぞんざいな手付きで彼の手を覆う邪魔者を取り払った。
 ようやく見たかったものがミラの目の前に現れた。
 以前から気になってはいた。
 守られるべき存在であるはずの人間の、それもミラよりも背が低く体格的にも頼もしいとは言えない少年が、護身術として身に付けているという格闘術で、数多の魔物を撃退している。敵を捕らえる拳。それはミラの中で興味の対象と成りうるには十分だった。
 実際に戦闘後に触れたこともある。
 手に取ると、彼の手はミラの思っていたよりもずっと大きく、その為彼の小柄さに相応しない戦闘時での威力も納得出来るものであった。しかし探究心を満足させようとする間もなく、少年が居心地が悪そうに、そろそろ手を離してくれないかと訴えるものだから、ミラとしては一度じっくりと見ておかないと気が済まなかったのだ。
 ジュードの戸惑いなどお構い無しにミラは自らの好奇心と知的探求心を満たしにかかる。
 手に取った彼の手は、自分の手よりも節くれ立っていて、ごつごつとしている。やはり打撃を強いている分なのか、再生することをあきらめたかのように硬質化した手の甲の皮膚は、撫でると乾燥していて硬かった。指の一本一本に至るまで、ミラは細かく観察する。ミラの細くて長い指が、ジュードの指を一本ずつ摘まみ、往復し、それを親指から小指まで順番に繰り返した。
「……っ!」
 まるで子どもが一つのおもちゃに夢中になるかのように、ミラがジュードの手を弄くっている間中ずっと、ジュードは顔を火照らせながらぎゅっと目を瞑り、必死で何かに耐えていたが、無論それはミラの意識の片隅にすら入らない。
 やがて、満足したのかそれとも飽きたのか、ミラの目がジュードの様子を捕らえた。その眉が不思議そうに寄せられる。
「どうした、ジュード。どこか苦しいのか?」
 まさにそう言った表情を浮かべていた少年は、小さな声で、何でもない、とだけ呟いた。もはや抵抗の兆しも見せず、ジュードはミラの好きにさせている。
「ミラは、手が好きなの?」
 ミラの視線は再び興味の対象へと注がれている。
「好き、か。よくはわからないが、人間の手というものに興味はあるな。手は外に表れた脳だということを書物で読んだことがある。人間は手を使ってあらゆるものを造り出すことが出来る。まったくもって素晴らしい能力だよ」
 直接何かを触らずとも、力を行使出来る精霊からしてみれば、人間というものは不便であるかもしれない。しかし、だからこそ、一つの分野の力しか司れない精霊と違い、人間の手というものは無限大の可能性を秘めているのだろう。
 本来は自らも精霊の主という肩書きでありながら、今は四大精霊の加護を失い、皮肉にも尊敬の対象である人間とほぼ同じ存在であるにも関わらず、やはりミラの表情に浮かぶのは、本心からの羨望。憧れ。そして尊敬という念だった。
 愛しそうに自分の手を撫でるミラを、ジュードは無表情で見つめている。それにミラは気付かずに染々と語る。
「エリーゼの手は、子供らしい、愛らしい手だ。ローエンの手は、彼の積んだ人生と経験がその皺に表れている。レイアの手は、彼女の信念を裏付けるようによくいじめ抜かれた手だった。あれほどに棍を扱えるのが納得出来る。アルヴィンは……、恐らく相当過酷な環境を生き抜いてきている。細かい無数の治療痕がそれを物語っている」
「よく、見てるんだね……」
「ふふ。やはり私は君の言うように、人間の手が好きらしい。だが私は、君の手が特別好きだ。君の手は仲間を守り、癒し、そして料理も巧い。私はそんな君の手を、一度じっくりと見てみたかったんだ」
「ミラが好きなのは、主に最後のやつでしょ?」
「そうかもしれないな」
 するりと、ついにミラの手がジュードの手から離れた。
 瞬間。
 ジュードの手がミラの手を掴んだ。掴んで、手繰り寄せて、握りしめた。
「ジュード?」
「ミラは……?」
 ジュードの視線はミラの手へと注がれている。ミラの手を握りしめたまま、まるで手に向かって話し掛けているように。
「ミラの手は、どうなの?」
 ミラの視線が己の手へと移る。実に何の興味も関心も示さない、その辺の物でも見るような目付きで。
「私の手、か。君達人間ほど何も出来やしないよ。四大を失うまでは、彼らを召喚する際に印を結ぶぐらいだった。しかし今は……、それほど巧くもない剣を振り回すぐらいかな」
 浮かぶ感情は何もない。ただ、事実だけがそこにある。
 ミラの視界の外で、ジュードは唇を噛んでいた。言いたいことがあるのに、それを思いとどまっていた。ミラの評価を受けた彼女の手は、それ以上蔑まれることも、褒められることもなかった。
 その手から、ジュードの手がグラブを外し、露になった白い手を、両手で包みこんだ。
「なら、僕が君の手を好きになるよ」
 優しく、労るように、慈しむように、包みこんだ。ジュードの体温が、手を通してミラへと伝わる。
「僕は、ミラの手が好きだよ」
 そこに新たな認識と感情が加わった。
 初めて己の手に向き合っていた。ジュードに触れられている自分の手をミラは見る。四大精霊を使役するように使役してきた己の手。四大精霊を失ってから、何も出来なかったかつての手。しかしそこから学び、吸収し、少しずつ出来ることが増えていった己の手。ミラの使命と判断の、今の具現者。
 ミラの口許に嬉しそうな笑みが浮かんだ。
 触れ合い、握り合い、絡め合う。
 ミラの表情に慈しみが浮かんでいた。
「ジュードが好きだと言った私の手が、少しだけ好きになったよ」




 ここまで読んでくださってありがとうございます。
 いつか書きたかった手の話。



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