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*tales of…*
last drop(ジュード&レイア)

【last drop】


「ひうっ……!」
 意識が戻った瞬間、傷口の痛みまでもが戻ってきて、ついそんな声をあげてしまい、レイアは動かせる方の手で自分の口を塞いだ。
 顔を動かすこともままならず、しかし眼球を泳がせながら、じっと周囲の音を拾う。静寂。大丈夫だ。今はまだこの小屋に自分一人だけだ。そのことを確認すると、うつ伏せの状態のまま、レイアは細く長い安堵とも溜め息とも取れない息を吐いた。
 食事を用意してくる、と言ってここを出ていったジュードは、まだ戻っていない。どうやらジュードが出てから寝てしまったのは、ほんの少しの間であったらしい。
 顔を動かすと、包帯の下の肩の傷口がまた痛んで、声にならない悲鳴を飲み込んだ。顔を歪ませ、耐える。弾は肩を貫通していたとはいえ、銃で撃たれた傷がすぐに治るはずもなく、ジュードの治癒術を受けてもなお、こうしてレイアを苦しめ続けている。
「〜〜……っ!」
 痛くて、悲しくて、涙が出てきた。
 悲しいことだらけだった。
 ミラが死んでしまったことは言わずもがな、アルヴィンがジュードを殺そうとしたことも、ジュードがそれに応じ、殺し合うように戦ったことも、そして自分を苛んでいるこの傷を、アルヴィンが作ったというのも悲しかった。
 声を殺して、しばらく泣いた。
 ジュードが居なくて良かったと思った。今のうちに涙を全て出し切ってしまおう。そう思った。彼にもう、心配をかけたくない。このベッドの上で膝を抱き、虚空を見つめていた日々から脱け出し、立ち上がり、やるべきことを見つけ、前を向いている彼に、自分のことで気を遣わせたくなんてない。
 ぎゅっと目を瞑り、涙を溢す。拭っても拭っても止めどなく溢れ出てくる。悲しいのか、痛いのか。もう自分自身が分からなくなって、レイアはただ泣いた。
 そうしてひとしきり泣いてから、やっと涙は止まった。まだ胸は苦しかったけど、それも少しずつおさまってきた。細く長い息を吐いた。
「……進まなきゃ」
 呟く。
 それはジュードにしても、自分にしてもそうなのだ。自分の思いを軸にして、進まなければならない。その思いが人それぞれ違っても、人はそうして生きている。
 ――わたしは……。
「レイア、ただいま」
 声と共に扉が開かれる。無意識にそちらに目をやると、二人分の食事を乗せた盆を持ったジュードはレイアの顔を見て、わずかに目を見張った。レイアの赤く腫れた目元を見て、泣いていたことを悟ったのだろう。しかし彼は何を言うこともなく、小卓に食事を置くとレイアの体を支えて座位をとらせた。
「いいって。自分で起きれるから……」
「うん、わかってる」
 そう言いながらも背中に回されたジュードの腕は力強く、レイアも素直に彼に身を委ねてしまう。
 きっと、ジュードには全てわかっているのだろう。レイアの涙の訳も、レイアのこれからの願いも。だから、敢えて何も言わない。わかっていると、ただ一言。だけど、レイアはそれで良かった。その言葉で十分だった。

 昨日、マクスウェルを探す旨をレイアに告げたジュードは、それからというもの急ぐ素振りを全く見せなかった。
 絶望と無気力の中に見出だした活路。彼のなすべきこと。彼のやりたいこと。それが見つかったからには直ぐにでも行動に移したい筈だろうにも関わらず、彼は丁寧にレイアを看護した。その深意には恐らく、自分を庇った為にレイアが撃たれてしまったということへの負い目があるに違いないのだが、それでも気力を取り戻したジュードとこうしてゆっくりとした時間を過ごせるのは、嬉しかった。
 昼食のスープを食べる手を止めて、ジュードの横顔を見つめる。
 ――わたしは、ジュードと一緒にいたい。
 彼の悲しそうな顔は、もう見たくない。彼のことを、彼のそばで守りたい。きっとそれが、レイアのなすべきこと。やりたいことだから。
 その決意を口にしようとした瞬間、不意にジュードがレイアを見た。彼の茶色の瞳が真っ直ぐにレイアを見つめてきて、心臓がどきりと跳ねた。
「レイア」
「うぁ、な、何?!」
「あのさ、マクスウェルを探しにいくことなんだけど」
「うん……」
「レイアも、一緒に来てもらえないかな……?」
 それは予想外の言葉だった。
 レイアの怪我が完治したら、ジュードは一人で発つものだと思っていた。きっと、レイアにも出発を告げることなく、こっそりと行くものだと思っていた。だから、そうならないように自分も付いていきたいと言うつもりだった。置いていかれるのは嫌だった。それでも、彼はきっと反対するだろうと思っていたのだ。
 それが、彼の方から同行を願い出るなんて――。
 思いもしなかった展開に、言葉に詰まるレイアを見て、ジュードは不安気に、駄目かな、と問うた。レイアは急いでかぶりを振った。
「いいの? わたしが付いていっても?」
 ジュードはしっかりと頷いた。
「レイアと一緒に、行きたいんだ」
 涙は出し切ったつもりだった。
「僕のことでレイアに心配をかけたくない。そうならないようにするから、強くなるから、だから僕のこと、近くで見てて欲しいんだ」
 ジュードの指がレイアの頬に伝う涙をすくう。
「もう、誰も悲しいのは……嫌だから」
「……うん。うん、そうだね」
 進まなければならない。
 悲しいままで、止まってなどいられない。何よりそんな自分達を、ミラが望む訳がない。どんな状況であろうと進み続けたミラの為に、そんなミラが命をなげうって助けてくれた今の生きている自分達を、ここで留まらせておくことなんて出来ない。
「一緒に行こう」
 ジュードの声が活力になる。
 ミラの意志が原動力になる。
 自分が行くことで彼の力になれるのなら、尚更。
 頷くと、溜まっていた涙がぽろりと落ちた。それを最後に、もう涙が湧いてくることはなかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ジルニトラ後、ジュードVSアルヴィン後のハ・ミル。ノベライズのジュード&レイアがとても可愛かったので。

頑張り屋さんのレイアがこっそり弱くなってるところが好きです。



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