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*tales of…*
little down(ユーリ×エステル)

【little down】


「あれえ? なんかいつもより、ふわふわしますー?」
 そう言って、石造りの道を歩くエステルの足取りは、彼女の言う通りふわふわとしていた。やはり、このタイミングであの場からエステルを連れだしたのは、間違いではなかったらしい。ユーリは自分の判断が正しかったことを悟ると同時に、呆れたため息を吐いた。
「おい、エステル。大丈夫か?」
「大丈夫って、何がです? わたしはいつも通りですよ?」
 話す言葉もどこか舌っ足らずで呂律が回っていない。それでいて、彼女は弛緩した笑みをユーリに向ける。実際、酔う前からエステルはご機嫌だった。
 ギルド“凛々の明星”の、再開を祝しての宴は、催された場所が酒場なだけに、ギルドとは無関係の飲みたがりまで集まって、もはや何でも有りの宴会になっていた。久しぶりに会う仲間達との近況報告から、とりとめのない話に至るまでを楽しみながら、エステルはずっとにこにことしていた。勿論アルコールの類いも、進められるがままだった。
 もともと貴族同士での付き合いの為か、アルコールにまったく縁の無い訳ではない彼女は、アルコールの作用が表面に出にくい体質なのか、それとも“良い酒”は酔いにくい、ということなのか、単純にエステルが“強い”のか、酔いが顔に出ることもなく、普段と何ら変わらないような顔色をしている。なんにせよ次期皇帝候補の名は伊達ではなかったということで、そういう場には慣れているらしい。未成年だから飲めませんなどという言い分が許されない場を幾度経験してきたのか。
 ただ、それは皮肉にも酒自体の質にも助けられていたようだ。
「おかしいです。いつもより飲んでないのに、ずっとふわふわしますー」
 ただでさえふんわりとした雰囲気なのに、このままだと風が吹いただけで、どこかに飛んでいってしまいそうだ、なんて馬鹿な心配をしてしまう。
「そりゃ、おまえがいつも口にしてんのは、高級な酒だからだろ。今日みたいな安酒、あんだけ飲んで酔っぱらうな、っていう方が無理な話だ」
「そうなんです?」
 ああいった酒場でのアルコールなど、気持ち良く酔う為にあるようなものだ。それでも目の前の副帝陛下サマを少なくともご機嫌にすることは出来たのだから、安酒も使命を全う出来たのかもしれないが。
「うふふ。ユーリ。今夜は楽しいですねえ」
 くるり、と花弁を思わせる法衣の裾を膨らませて、エステルが振り向く。
「……ったく。こんな酔っ払いに統治されてるなんざ、帝国の未来が思いやられるな」
 皮肉を言えば、今度はエステルの頬がぷくっと膨らんだ。
「わたしは酔っぱらってなんていません。ちゃんと意識だってありますし、ユーリの言ってることだって冷静に分かってます!」
 その意味不明な言葉がすでに酔っ払いだ。そんな思いが半眼の視線だけで伝わり、エステルはますます不満そうに膨れた。
「本当です!」
「はいはい、分かったから前向いて歩いてくれ。危なっかしくて見てられねえ」
 言った矢先だった。
「きゃっ!!?」
 エステルのブーツの踵が石畳の段差を引っかけて、尻餅をついた。
「言わんこっちゃねえ……。大丈夫か?」
 エステルは差し出されたユーリの手をじっと見つめた後、
「一人で立てます」
 そう突っぱねて、立とうとして、やはり足を縺れさせて、転んだ。
「おいおい……」
「景色がぐるんぐるんとするんです……」
 そう言って座り込んだまま、動かない。どうやら相当足に来ているらしい。連れ出すタイミングが遅かったか。ユーリも隣に腰を下ろす。何にせよ、彼女の酔いが冷めるか、宿に送るまでは面倒を見なければならない。
「おまえ、これからはもうちっとセーブして飲むことも覚えな。見境なく杯受けてたら、身が保たないぜ?」
 項垂れるピンクの頭にそう声をかけた。が、返事がない。代わりに、肩がしゃくり上げるように時おり小さく跳ねる。泣いているのか。そっと顔を覗き込んでみた。
「ヒッ、う……、あれ? ヒッ、う、何これ、ヒッ――」
 両手で押さえ、戸惑う少女に、苦笑いを浮かべながらもう休ませるしかないと判断。やれやれと少女に肩を貸し立たせるも、まるで足腰が立たない。仕方なしにおぶさると、少女の火照った肌がユーリの肌に触れ、僅かに心臓が跳ねた。
「ヒッ、う、ユーリ、ヒッ……、ごめんなさい……ヒッ、う、」
 エステルが恥ずかしそうにユーリの背中で身を縮めた。それがしゃっくりが止まらないことに対しての恥ずかしさなのか、酒に酔ってユーリに面倒をかけていることの恥ずかしさなのかは分からないが、酔っていても頭が冷静なのは確からしい。
 背中にしがみつく彼女は、まるで小動物のようで、さらに酒のせいで露呈したいつもと違う彼女の弱さが、ユーリの胸中を揺さぶった。平たく言えば、なんだか、とても可愛らしかった。
 ――こんなの、他のやつらに見せられねえよ。
 複雑な気持ちで宿への道を歩く。エステルはそれきり大人しくなってしまった。
「まぁ……、酒は楽しく飲むもんだからな。けど、せいぜい酔っ払うんだったら、オレがそばにいる時だけにしとけ」
 言ってわずかに後悔したが、少しの沈黙が流れても、理由を追及するような返事はなかった。
 それが、寝ているせいなのだと気付いた時は、自分が恥ずかしく、情けなくなって、ユーリは深く溜め息を吐いた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

酔っ払った姫様を兄貴が面倒をみてたらいい。


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あきゅろす。
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