*tales of…*
She was physician.(ジュード×ミラ)
【She was physician.】
意識にまるで膜が張ったかのように気持ち悪い。少しでも頭を動かそうものなら、ずきずきともがんがんともとれない頭痛が襲う。体全体が重怠く、熱っぽい。心なしか歯までもが痛い。
典型的な、風邪の症状だった。
ジュードは重く暑いため息を吐き、ベッドに四肢を投げ出して、ぴくりとも動かずに天井を見上げていた。眠りは訪れず、熱のせいで荒く浅い呼吸を繰り返している。この状態が一番苦痛だった。
「なるほど、これが“風邪”というやつか。辛そうだな、ジュード」
ベッド脇に立つミラが、興味深そうに見下ろしている。
「ミラ……。向こうに行っててよ。うつすといけないから……」
頭がぼんやりとする。配慮の抜けた言い方になってしまうのは否めない。
ミラはジュードの言葉が聞こえていないのか、聞き流したのか、腕組みをしてなおも傍らに居続ける。
「風邪をひくと人間は“医者”にかかるのではないのか?」
「……大抵はね。でも医者にかかったからって風邪がすぐに治る訳じゃないし。薬にしたって、抗生物質や鎮静剤なんて、ただの気休めみたいなものなんだよ。結局は自分の治癒力に頼るしかない。寝てれば治るよ」
ミラは、じっとジュードを見下ろしていた。その綺麗なマゼンタの瞳に見つめられることが、何故か今は居心地が悪く思えた。
「悔しいのか? ジュード」
ジュードは目を丸くしてミラを見つめ返した。
「君を見てると、なんだかそう思えたんだが。私の思い違いか?」
ミラは腕組みをして眉間に皺を寄せた。
まさか、他人に指摘されるとは。言われて初めて気付く。
思い違いではない。そうだ。自分は悔しいのだ。先を急ぐ旅の途中で、自分だけがこうして熱を出して倒れている。そのあまりに不甲斐ない状況が、ひどく情けなくて、悔しくて、堪らないのだ。
「……ごめんね、ミラ。明日には治るから。治すから……」
だから、もう休むから退室してくれ。そう言おうとしたのに、ミラはついにベッド脇に椅子を持ってきて腰を下ろしてしまった。
看病、という訳でもなさそうな雰囲気。ただ、居るという彼女の様子にジュードは戸惑った。
「早く治すということなら、私も知っていることがある」
ジュードが聞き返すより早く、ミラは腰を浮かせると、ベッドに横たわるジュードに覆い被さるようにして身を寄せる。
ジュードが何か喋ろうとして開きかけた口を、ミラの口が文字通り塞いでしまった。
「!!?」
ミラの豊かな金髪が、彼女の背中からはらりと落ちて、ジュードの固く握りしめられた拳にかかった。
ミラはなかなか体を離そうとせず、ジュードは成す術もなく、こうしている時間がまるで永遠のように感じ始めた頃。
ようやくミラはジュードの体から自身の上体を退けた。
「感染、というやつだ。こうすれば風邪というのは早く治るのだろう? いつか読んだ書物に書いてあったのを、試してみた」
――ああ、もう。
この女性は本当に。
いつも突飛で。思い付きで。猪突猛進で。そして何より、ジュードの心臓に悪い。
体が燃えるのではないかと思える熱さは、風邪の熱なのか、キスをされたことでの恥ずかしさなのか、もはや区別がつかない。
「あのね、僕が治っても、今度はミラが風邪をひいちゃうかも知れないんだよ?」
「うむ。風邪というやつに興味があってな。一度ひいてみたかった。君は風邪が治る。私は風邪がひける。一石二鳥だ」
言ってにっこりと微笑んだミラに、
「……それ、絶対に間違ってると思うよ……」
そう言ってみせると、彼女はきょとんと金色の頭を傾がせた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
分かってるからこそ行かないんだよ。
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