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*tales of…*
harden(ジュード&ミラ)

 返ってきた返事が、どこか腹に力が入っていたので、怪訝に思いながらドアを開けると、ベッド脇に横たわるミラの姿があって、思わず持っていた彼女の昼食を、落としそうになってしまった。


【harden】


 昼食の乗ったトレーをサイドボードに置くと、ジュードはミラの傍らに屈んだ。慣れた動作で彼女を仰向けに体位変換すると、両膝裏に腕を差し込み彼女の体を持ち上げる。ベッドへと静かに横たえさせると、ミラは、すまないな、と苦笑した。ジュードは首を振った。
 落下の原因を訊こうとして、すぐにその答えを悟る。ジュードは足元に落ちていた一冊の本を拾い上げるとミラへと差し出した。
「もしかして、これを拾おうとして、落ちちゃった?」
「うむ。ありがとうジュード。助かったよ」
 自分の手の中の本がミラの手に渡るのを複雑な思いで見つめる。不審に思ったミラの目が向けられる前に考えを遮断し、彼は笑顔を浮かべるとサイドボードに乗せた彼女の昼食をベッドに備え付けのテーブルの上に置いてやった。
「今日はマーボーカレーだよ」
「いただくとするよ」
 自分の目の前に出された食べ物に、もう彼女の視線は釘付けだった。こっそりとジュードは安堵の溜め息を吐いた。
 足を負傷しているはずなのに、スプーンを口へと運ぶ彼女の手の動きはどこかぎこちない。人間の身体は繋がっている。医学生であり医学を学んでいた身でありながら、改めて人間の身体の不思議さを実感すると同時に、そんなミラが紛れもない人間であるということを思い知る。
 街の郊外にある鉱山から戻ってきてから三日。ミラは足のリハビリと、ベッド上の読書とを繰り返す日々を送っている。医療ジンテクスが、麻痺をしたミラの足に有効なのは三日前の鉱山で立証済みだ。彼女は魔物を前にしたジュード達の危機に扮し、足に直固定した医療ジンテクスに、入手した精霊の化石をぶっつけ本番で嵌め、立ち上がったのだ。それどころか、剣を持って魔物と戦うということまでしてみせた。が、しかし足の機能を失うということは、医療ジンテクスを使用したとてすぐに回復出来るものではもちろんないことは、こうして三日という日が経ってもル・ロンドのマティス治療院のベッドの上にいる彼女自身が身をもって示している。
「!」
 マーボーカレーを食べ終えたミラが、サイドボードの上の水を取ろうとして、不意にバランスを崩した。普段なら下半身に無意識に力を込め、持ちこたえるところなのだろう。が、今のミラはそれすらままならない。重力に従って斜めに傾ぐ身体を咄嗟に支えようと、脇の下に腕を入れる。まるで抱き合うような形になる。思わず顔が熱くなる。
「君に助けられてばかりだな」
 耳元で聞こえる声がやけに艶かしい。
「い、いいんだよ、そんなの……」
 浮かびそうになる場違いな考えを払拭し、サイドボードの水の入ったボトルをミラに手渡してやった。

 車椅子に座ったミラが、医療ジンテクスを手に取った。その武骨な機具の中央で、皮肉なほどに綺麗な鉱石が青く光を湛えている。
 ミラは何の迷いもなくそれを太股に押し当てた。
 “その瞬間”に、ジュードの方が身構えてしまう。
 ――っ……!!
 太股の内部から腰椎にかけて、発生した精霊術による光が駆け上がる。その漏れは、ミラの白い皮膚さえも包み込んだ。
「うく……っ!!」
 神経に直接施す精霊術。一般の成人男性でも気絶するほどの痛み。ミラは歯を食いしばって耐える。ジュードはそんな彼女の様子を辛そうに見つめる。目は逸らさない。逸らしたくない。彼女の全てを見届けていたかった。
 車椅子から立ち上がったミラが、深く息を吐いた。自分の足で立つだけでなんという疲労。その状態から足に、腰に、意識を奪われそうになるほどの激痛を常に纏わせ、行動しなければならないのだ。ミラのリハビリとは、その行動時間を出来る限り伸ばす、というものだった。

 結局、治療院の周囲を三十分ほど歩いて、今日の分のリハビリは終了した。ミラは満足した風でも焦った風でもなかったが、表情の読み取れない額には、玉の汗が浮かんでいた。
 入浴が出来ない為彼女は、濡らしたタオルで自分の体を拭いた。彼女の手の届かないところは、ジュードが拭いてやった。幼い頃に両親の手伝いで入院患者の看護もしたことがある彼には手慣れたものだったが、背中とはいえ妙齢の女性の裸身を前にして、心穏やかではいられない自分に羞恥心を覚えた。
 治療の施された後とはいっても、一度焼け焦げた足は未だに痛々しい。ジュードはミラの足を自分の膝の上に乗せて固定すると、丁寧に包帯を巻いていく。その足が、二人分の視線を受けている。一つは己の足を無表情に見下ろすミラのもの。もう一つは辛そうに目を細めるジュードのもの。
 ジュードはリハビリに取り組むミラを、献身的に看護した。彼女の力になれるのは、それしかないと思ったし、彼女の為に自分の役目があるのは素直に嬉しかった。彼女の助けになれるのなら、何でもやろうと思っていた。しかしそれでも、痛々しい彼女の姿はジュードの心を痛めさせた。
「――代わってあげたいくらいだよ……」
「ん?」
 無意識に声に出してしまっていた。
「え?」
 顔を上げると、ミラの瞳がしっかりジュードを見ていた。
「あ、えっと……、ううん。なんでもないよ?」
「“代わる”とは何を?」
 一つ、溜め息。
「………ミラの、医療ジンテクスが引き起こす痛みも、足を思い通りに動かせない疎ましさも、全部僕が代わってあげられたら、って……思ったんだ」
 ミラの心すら助けてあげたい。それは本心だった。しかし、その気持ちごと、ミラの一言は一蹴してしまう。
「それは困る」
「……え?」
 真っ直ぐに見つめ返してくる瞳は、今聞いたことが間違いでないことを物語っている。
「私は、私の意思で、あの時呪帯に飛び込んだんだ。本気でナハティガルを討つつもりでな。この足はそんな私自身が選んだ行動の代償だ。君が背負おうとすることはない」
 足に障害を抱えて尚、彼女は強く、気高い。
「今、ここにいることでクルスニクの槍に辿り着くのが遅くなっても……?」
「後悔はしていない。まぁ、君を私の足のリハビリに付き合わせていることの後ろめたさはあるが」
 自分はもしかすると、勘違いをしていたのかも知れない。ミラを看護して、世話をして、役に立っているつもりでいた。彼女の為など、とんだ思い違いだ。
 ――こんなのは、本当の意味でミラの為じゃない。
 自分自身のあまりの愚かさに嫌悪する。唇を噛む。切れて血が出た。今の自分に丁度良い痛みだった。
「ジュード?」
 彼女に目を向けることが出来ずに、包帯を巻く手を速めた。足は、みるみるうちに白で塗りつぶされていく。
「それじゃ、ミラ、また明日ね」
「ああ、ありがとう。おやすみ、ジュード」
 背中の後ろで扉が閉まる頃には、ジュードの胸の内に一つの決意が生まれていた。
 僕に出来ること。
 僕がやりたいこと。
 彼女の力になりたい。
 彼女の支えになりたい。
 違う――。
 ――僕は……。
「ミラを勝たせたい。この戦いで」
 胸に宿った微かな、しかし確かな灯火は、ジュードを次のすべきことへと駆り立てた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

“僕がずっとやってあげるよ”から“僕はミラを勝たせたいんだ”への心変わりがこの辺だったらいいな的な捏造。

レイアは今日は宿屋が団体さんで……ゲフンゲフン



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あきゅろす。
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