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*tales of…*
crisis(ジュード&ミュゼ)

 ジュードは戸惑っていた。その言葉に嫌悪感すら感じ始めていた。幾度となく言われ続けている、耳慣れない言葉。
「御心のままに」
 彼女は相変わらず柔和に微笑んで、そう言う。
 たまらなくなって、ジュードはぎゅっと目を瞑った。

【crisis】

 気がついたら一人だった。状況が状況だっただけに、あまり混乱はしなかったものの、流沼でずぶ濡れになった上に、冷原の外気の冷たさに体温を奪われ、脳の回転も遅かった。ファイザバード沼野での激しい戦闘からどのくらい時間が経ったのかは分からないが、体力的にも精神的にも限界で、考える力もなくなっていた。とりあえず、みんなと合流しなきゃ。ミラはどこにいるんだろう。ぼんやりした頭で辺りを見渡す。精神的に弱っている時の独りは、さすがに堪えた。広い雪原。冷原。体力は今この瞬間にも徐々にしかし確実に奪われている。死ぬかも。ふとそんな言葉が脳裏をよぎり、ジュードはぶんぶんと頭を振る。とにかく無性に誰かに会いたかった。孤独感は容赦なくジュードを苛んだ。
「!!」
 気づけば、彼女が居た。
 柔和な笑みを浮かべてジュードを見下ろしていた。というのも、彼女は浮いていた。地面に足が付いていなかった。いや、足にあたる部分が、足であるのかも疑わしい。人間でないのは明らかだった。

「そろそろ夜になるみたいだ。ミュゼ、今日はもう休む?」
 ジュードはミュゼを見上げてそう訊ねた。ミュゼはジュードを見下ろして言った。
「さあ?」
「精霊は、疲れたりしないの?」
「ええ」
「マナがなくなっても?」
「少しは困るけど、人間の様に疲れるなんてことはありませんわ」
「そうなんだ……。でも、そろそろ休んでもいいかな?」
「どうぞ御心のままに」
 恭しくミュゼが礼の姿勢を取る。思わず溜め息を吐いてしまったが、それを取り繕う気力もなかった。

 冷原を岩壁沿いに歩いてきた。流沼によってどのくらい流されたのかが分からない。しかし陽光と星を頼りに方角を割り出す。とにかくどこかの町か村には着きたい。仲間と合流したい。そればかりを心で繰返しながら歩いていると、岩壁に適当な洞穴を見付ける。休息が必要だった。なんとか火をおこして体を暖める。明るい炎を見つめながら、安堵と疲労から溜め息を吐いた。

 意識を取り戻した。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。ぼんやりとする頭で周囲を探る。長い髪が目に留まった。待ち焦がれた人物がそこに居るのだと思い、ジュードは飛び起きた。
「!」
 その人物は目を丸くして、不思議そうにジュードを見た。
 淡い薄蒼の髪。尖った耳。
「………ミュゼ」
「おはようジュード」
 ミュゼがそこにいて、柔らかく微笑んだ。
 外を確認すると、まだ暗かった。それほど深くは眠っていなかったらしい。しかし、吹雪いていた。
「あなたが寝てしまうものだから、やることがなくてとても退屈だったわ」
「ごめん、でも、何をしてたの……?」
「ジュードを見てました」
「……え?」
「あなたの寝顔を見ていたの。ジュード」
 どうもこの精霊と話をしていると、調子が狂う。自分を維持したまま喋るのが難しいというべきか、単純に疲れる、というか。
「あのさ、ミュゼはマクスウェルの命で僕のところへ来たって言ったよね?」
「言いましたわね」
「マクスウェルって……ミラのこと、だよね?」
「ええ」
 その即答に、わずかな引っ掛かりを感じたのは、気のせいだろうか。
「君は、マクスウェルに仕えているの?」
「うふふ」
 突然笑い出した精霊を、ジュードは怪訝そうに見つめる。ミュゼは可笑しそうに笑っている。
「ミラは私の妹よ」
「えぇ?!」
 一瞬我が耳を疑った。まだこの精霊とそう長い時間を共に過ごした訳ではないが、ミュゼは実にふわふわとしていて掴み所がない。しかし、どうも嘘を言っているようにも見えないし、そもそも精霊というものが嘘をつくのかすらも分からない。
 不意に我に返ると、ミュゼが笑みを湛えながらジュードを見ていた。そうして自分が不躾に女性をじろじろと見ていることにようやく気が付いた。
 慌てて謝ると、きょとんとされた。何故謝られたのか理解していない表情だ。人間の慣わしや常識を全く知らないところはさすがに精霊といったところか。
「あ、あんまり似てないね」
 ミュゼはわずかに首を傾げるのみだった。
 何をもって兄弟や姉妹となるのか、精霊の世界での決まりごとは人間であるジュードには預かり知らぬところだが、やはり目の前の精霊とミラとを比べてしまう。また無意識に眺めてしまいそうになって、慌てて目をそらした。外見はもちろんだが、人物像というか性格というか、そういったものはむしろミラとは真逆と言っていい。
 ジュードの中のミラを思い浮かべる。彼女がいたこれまでの旅を思い起こす。
 自らの使命に揺らぐことは決してなく、その為には時に冷たく感じたりもして、けれどジュードにも道を示し、導いてくれた。その言葉には力があり、その背中に在りように憧れた。
 ミュゼからはそれが一切感じられない。
 ――それどころか……。
「ねえ、ミラがどこにいるのかまだ分からない?」
「ええ」
「晴れてくれないと、ここがどこかも分からないよ……。どうしよう、ミュゼ?」
「さあ?」
「……………」
 彼女の言葉には、彼女自身の意思が見えない。伝わってこない。まるで、何をすればいいのか分からなかった頃の自分を見ているようで、腹の辺りが重く気持ち悪く感じてくる。
 とにかく、無性にミラに逢いたかった。ミラの声が聞きたくて、たまらなかった。
「……ごめん。もう少し、休むよ……」
「どうぞ、ジュードの御心のままに」
 外を見る。
 吹雪は到底止みそうになかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ミュゼと二人きりの頃のジュードは、きっと心身共に限界だし、寂しいし、ミュゼはふわふわしてるしで辛かっただろうなー、と思います。ミラにひたすら焦がれてたらいいと思います。



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あきゅろす。
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