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*tales of…*
Jokers(ジュード×ミラ)

 ほんの出来心だとか、気紛れだとか、そう言った類いのものではあり得ないと思う。何を思ったのかは知れないが、また何かの本からどこぞの知識を得て、彼女はそうしたのだろう。その唇からは言葉は紡がれることはなく、きょとんとこちらを見つめている。
 頬が熱い。
 された行為を自覚した羞恥心と、それとは別の直接的に与えられた熱と、恐らく二種類の熱さが同居している。実際、受けた感触――というよりショックは、未だに鮮明に肌に焼き付いていて、薄れることはない。
 まさかそう来るとは思わなかった。それが本音で、第一の感想だった。


【jokers】


 意識を取り戻した。簡単に言うと、“起きた”と言ったところか。しかし目は閉じられている。うっすらと開ける。景色が目に入る。場所、時間、自分自身の状態など、“今”という状況を示す情報が瞬時にして脳を巡り、把握する。
「……………」
 眩しそうに目を細めてから、ジュードはもう一度目を閉じた。まだ寝ていたい、心地好い微睡みの中で心身を漂わせていたい。固い地面での眠りではなく、久しぶりのベッドなのだ。今少しの間だけこの幸福な時間を味わっていても罰は当たらないだろう。そう結論付けて、壁の方へ向かって寝返りを打った。
 そこへ、扉を開ける無粋な音が容赦なくジュードの耳朶を打つ。これが目覚ましだというわけなのか。素直に起きる気にもなれず、この期に及んでのささやかな抵抗。狸寝入り。
 訪問者は足音で知れた。
 ――ミラだ……。
 それでもジュードは寝た振りを続けた。なにか自分に用なのか。直に、起きろ、と言った凛とした声音が起床のきっかけになるのか。もしそうであれば、諦めて起きよう、そう思った。
 けれど、その部屋には誰の声も言葉も響くことはなかった。彼女が退出したらしたで、もう少し寝るだけだ。そう思っていると、空気が動き、足音が移動を始める。眠気など、もう微塵も残ってはいなかったが、すでに起きるに起きられない状況だった。
 足音はジュードの間近で止まった。と言うより、ジュードの横になっているすぐ隣りに立っている。壁の方を向いている為、ミラの表情は見えないが、こちらをじっと見下ろしているのだとは思う。知らず心臓がどきどきと高鳴る。いよいよ起こされるのか。いい加減起き上がるべきか。決めあぐねていると、頬にくすぐったい感触を感じた。それが髪の毛だと理解したその瞬間。
 頬に柔らかなものが押し付けられた。
「っ!!?」
 今度こそ、ジュードは飛び起きた。

 頬が熱い。
 ぱくぱくと、言葉にならない空気のみを何回か排出。ミラはきょとんとした目で、
「なんだ起きていたのか」
 そう言った。
「い、今……」
 それを口にすることはあまりにも恥ずかし過ぎて憚られたが、思わず口にしてしまっていた。
 ミラの行動は突飛だが、その実彼女自身は聡明で、頭の中ではその行動をとるべきだった経緯への考えが巡らされている。果たしてこれは一体何からの知識なのか。とある国のお姫様が王子様の口付けで目を覚ますおとぎ話でも読んで、それがまことか実践してみたか。
 ミラは事も無げに言った。
「うむ。君の顔を見ていたら、なぜかこうしたくなった」
 今度は口が塞がらなくなった。
 明確な理由がない。
 その事に顔の熱がますます温度を上げる。
「気にしないでくれ。深い意味はない」
 そうさらりと告げて踵を返し、去ろうとするミラの手を、ジュードは咄嗟に取った。ぎりぎりで彼女の手に自分の手が届いたことを、幸運に思った。
 ミラが振り返る。
「き、気にするな、って……、気になるよ!」
「なぜだ?」
「それは……、誰だってそうでしょ? いきなり、頬に、キ……、キスなんてされたら……」
 自分でも何を言っているのだろうと頭を抱えたくなる。これは一体何の仕打ちだというのだろう。頬というより、もはや顔全体が熱い。恥ずかしくて、あまりにも恥ずかしくて、もうミラの顔が見れない。
「そうなのか?」
「そうだよ……普通……」
 俯かせた頭に降ってきた言葉はジュードを更なる混乱へと追い込むものだった。
「なら、君もやってみてはくれないか」
「………、え……?」
 ジュードの手の中からミラの手がするりと抜け落ちた。
「私が君の頬にキスをしたことで君は何か思うことがあったのだろう? だが私にはそれが何かは分からない。だから、君もやってみてくれ。私の頬にキスを。そうすれば、それが何なのか分かるかもしれない」
 理には叶っている。要するに自らの預かり知らぬ新たな感情を学ぶために、自分も体験したいと、そういうことだ。
 理には叶っている。
 しかし正論と感情論は必ずしも一致するものではない。この場合は、ジュードの気持ちが置いてきぼりだ。
 ――ミラは勝手だよ。
 寝ているところに突然入ってきて、突然キスしてきたと思ったら、今度は自分にキスをしろ、と言う。自分は気持ちが知りたいと言いながら、こっちの気持ちなどお構い無しだ。
「なんだか君が怒っているように見えるが、私は酷な事を言っているのか?」
「……うん、とっても」
「そうか、私の頬にキスをする、という事は、君にとっては酷な事なのだな。うむ。分かった。無理を言って済まなかったな」
 それは完全な理解ではなく無理だと判断した時の彼女の引き際は実に潔く。そして知識を求めるその姿勢は無垢で貪欲。ジュードが無理なら他の者に。その展開を鑑みると同時に鋭く傷んだ彼の心が、無意識のうちにその手を彼女へと伸ばしていた。
「ジュード?」
 ジュードは戸惑いを隠せないでいた。
 普段触れることない彼女の肌は、見た目通りに滑らかで、しかし見た目以上に瑞々しくジュードの手に吸い付くようだった。手のひらの下にほのかな温かさを感じる。人の体温。ミラの肩に触れている。
 彼女のマゼンタの瞳が、ジュードの茶色の瞳をじっと見つめている。整った、端正な顔。目、鼻筋、唇、――頬。今からやろうとしている事を再認識してジュードの顔が熱くなる。どうしてこんなことになったのだ。自分の中の現実的な部分を意識の外に追い出し、ミラの肩を包む両手にわずかに力を込めると、ジュードはゆっくりと彼女の顔に自らの顔を近付けてゆく。
 目を閉じた。
 柔らかな衝撃は軽い音と共に、一瞬だった。
「……っ」
 どうしてこんなことになったのだ。自分の中の現実的な部分が戻ってきて、そう問いを繰り返している。もはや何と言って良いのか分からず、恥ずかしさで火のように熱くなった顔の熱に耐えながら、彼女の顔も見られずに俯いて押し黙る。
 数秒の気まずい沈黙の後、
「そうか、なるほど。そういうことか」
 ミラがしみじみとそう言った。
「“そういうこと”、って……?」
「うむ。頬にキスをされてみて、君を好きだという気持ちがますます大きくなった。しかしこれは先程の君の狼狽と大きくかけ離れている。つまり――」
 その続きはなるべくなら聞きたくはなかった。
「人それぞれ、というわけだな!」
 ジュードの眉尻が情けなさそうに下がる。そうなのだけど、そうに違いないのだけれど、こうもあっさりと言われてしまうと、どうも釈然としないものがある。
「ありがとう、ジュード」
 やはりミラはいつだって勝手だ。しかしそれは人間の社会に対しての知識に無垢で貪欲だからこそ。
 そして、ジュードに向かってにっこりと笑ってみせたその顔は、精霊の主と言えども、可愛らしい笑顔の一人の女性。
 感情論とはいかに難しいものに手をだしたものか。一朝一夕で推し量れない難題に、彼女は何を学んだのか。言えることは、彼女がしたことは、自分がしてはいけないことではないということ。
 ――ミラ、今の君を見てたらね……。
「? ジュード、一体どうしたと言うんだ?」
「気にしないで。ただ君を、抱きしめたくなっただけだから」




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ジュードの方からミラになにかする話を書きたかったんですが、あれ、これって、ミラジュミラというやつですか?



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