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*tales of…*
limitation release(ジュード×ミラ)

 目の前に立つ女性のその姿に、ジュードは思わず絶句してしまった。口をあんぐりと開けるだけ開けて、しかし言葉が何も出てこない。彼女のすらりとした肢体の、一ヶ所に知らず知らず視線が固定されてしまっているのをなんとか自覚して、慌てて顔を背ける。
「どうした、ジュード。なにかおかしいか?」
「お、おかしいか、って……」
 この光景は普通なのだろうか。この状態は普通なのだろうか。だとすれば、自分の方がおかしいのだろうか。そもそも何がおかしくて、何が普通なのだろうか。今こうして悩んでいること事態がおかしいのだろうか。
 視界は暗く、低い。自分の足しか見えない。頭をうつむかせているからだ。顔を上げるなんてことは出来ない。上げればそこにある光景は……。
「!!」
 地面の模様と自分のブーツしか無かった視界に、突然別の足が乱入してきた。言わずもがな、彼女の足。彼女がジュードのすぐそばまで近づいてきたのだ。ジュードよりもわずかに背の高い彼女は、腰を折ってジュードの顔を心配そうに覗き込んでいる。
 形の良い眉をきゅっと寄せて、マゼンタの瞳を翳らせている。ふっくらとした薄桃色の唇が動いて、
「どこか具合でも悪いのか?」
 そう言った。
 不意に頭がくらりとして、腰が砕けてしまった。


【limitation release】


 極度の緊張を迎えると、突破口を見出だせないのは、自分の中での新たな発見だと思った。考える。考えられない。考えようとする。思考が止まる。こめかみに指を添える。思案する際の癖。その腕がのろのろと落ちる。やはり無理。もしかすると自分は、この状態が続くことを望んでいるのではないかとさえ思えてくる。だから考えようとしないのかと。
 並んで腰を下ろしている。自分と、彼女。なるべく横は見ないようにする。少しだけ回復した自分の中の冷静な部分が、ある疑問を脳裏に浮かばせる。
「ねえ、ミラ。聞いていい……?」
「なんだ、改まって?」
 ミラがジュードを見る。ジュードはミラを見ないようにする。
「その格好、ってさ……」
 当初の話題にようやく触れてもらえたミラが、嬉しそうに顔を綻ばせる。彼女の方を見ずとも、柔らかくなった空気でそれが察せられた。
「うむ。たまには、と思ってな」
「すごい、服だよね」
 グリーンがかった髪。全身をぴったりと包むスーツ。白の上に走るグリーン。あまりに奇抜過ぎるデザインに、ジュードは戸惑いを隠すことが出来ない。普段の服でさえ、色々と短くてどきどきとしたのに、こちらの服は肌があまり見えない割に普段の服よりも目のやり場に困る。なんと言うか、そう。すごい服。それしか口に出来る感想はない。
 それを聞いて、褒め言葉ではなかった為か、ミラは嬉しそうにはしなかった。しかし、がっかりもしていない。全くの無表情。そんな顔で首を捻って彼女は言った。
「服、ではないな」
「……え?」
 言われた言葉の意味を理解出来ないジュードの為に、ミラは自身の体を見下ろして、ゆっくりと告げた。
「厳密に言えば、“何も着ていない”」
「ちょっと待って、それって、……は……裸って、こと……?」
「うむ、そうなるな。精霊には服を着る、という概念はない」
「!!?」
 ジュードは完全にミラに向かって背中を向けた。
 良く言えば“無垢”。しかし悪く言えば“非常識”。ミラはまさにそれだと思った。人間の社会に降り立った精霊の主。四大精霊の加護を奪われ、限り無く人間に近い彼女は、人間を愛し、慈しみ、興味を抱いている。
 しかし、それだけでは駄目だと、ジュードは思う。人間の中で生活をする以上、人間の世界での常識は知っていてもらわないと。妙齢の女性が人前で裸になるなんて。
 ――……普通じゃない……!
 ミラに背を向けて背中を丸める。裸の女性のすぐそばにいる。早々に退散しなければとも思ったものの、彼女に常識を教えなければならないことも、きっと自分の役目。要するに、今は、ここから、動けない。
「あ、あのね、ミラ。それって、おかしいことなんだよ」
 声が知らず知らずに上ずってしまう。彼女の方など勿論見ることは出来ない。それでもジュードは彼女の表情がきっときょとんとしているだろうことが手に取る様に分かる。だから、教えねばならない。伝えねばなるまい。
「そうか、この格好はおかしいのか」
 そして返ってきたのは、平淡な彼女の声。しかし彼女はどうやらジュードの言葉を勘違いして受け取っている。その上でのその返答。言葉の中に僅かに悲しそうな響きを感じたのは、ジュードの勘違いか。
「ええと……、おかしいのはミラの格好じゃなくて、人前で簡単に裸になるっていうことなんだよ。それって、普通じゃないよ」
 ジュードの背後で空気が動く。ミラが、小首を傾げて思案している。たっぷりとした豊かな髪がふわりと揺れる。
「ジュード。私の格好はおかしいか?」
「いや、だから――」
「何が普通で、何が普通じゃないのかは分からないが、人間達の間ではこれが人前に出る格好ではないのだということは分かったよ。けれど、ジュード。私は、“君の”意見が聞きたい」
 甘い匂いと共に視界は爽やかなグリーンに埋め尽くされる。ジュードの正面に回り込んだミラが、ジュードの瞳を真っ直ぐに見つめていた。
「私の格好はおかしいか?」
「う……」
 ミラから視線が離せなかった。
 白と淡いグリーンが優しい雰囲気を醸し出している。まるで全身をぴったりと包むスーツを着ているかのような、腕や足などの肌の上には何かの文様。豊かな髪は凛々しい金髪ではなく、どこか新緑を彷彿とさせる、こちらもグリーン。
「お、おかしくなんてないよ。綺麗だよ」
 言ってから自分の言ったことに羞恥心を感じた。裸の女性に対して“綺麗”だなんて、自分はなんて不埒なのか。しかしそんなジュードの内心など知る由もなくミラは、
「そうか」
 と言ってにっこりと笑った。その笑顔にまた、美しいと思ってしまった。
 逃げたい。
 でも目が離せない。
 もっと見ていたい。
 そんな彼の中で、彼の中の何かが限界を迎えようとしている。それが何なのかは分からないが、とにかく何かが大音量で警告を発している。
「なら話は簡単だ。これからは君の前でだけ、この格好になるよ」
「……え?」
 考えろ、
 考えろ。
 そもそも彼女は初めに何と言っていた?
 考えろ。
「私は君にだけ、この格好を見てもらいたい」
 つまり、そういうことだ。
「あ、えっと……」
 その姿は美しくて、精霊とは言え人間の女性の姿と何も変わらない容姿で、そんな女性特有の柔らかそうな体のラインが見事に露にされていて――……。
「!!」
「何も問題はないだろう?」
 なぜかジュードにだけ、問題だらけのこの事態。満足そうに微笑むミラにはそんな自分の内心などそ知らぬもの。いや、決して知られてはいけない。これから先が思いやられるようで、ジュードは顔を赤くしたまま、しばらく動けないでいた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

精霊の衣装称号から。あの姿にむっつりなジュード。



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