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*tales of…*
procyon(ジュード×ミラ)

【procyon】


 朝餉を終え、テントを畳む。支度を整え、出発へ。このパーティーの面々で旅をするようになってから、幾度となく行ってきた夜営。それぞれがいつしかそれぞれの役割を見つけ、それをし、それが自然な流れとなっていた。
 とは言え、ミラは仲間たちがそれぞれの作業で動いている間、少し離れたところでぼんやりと腰を下ろしている。どういう訳か、ミラに出来ることと言えば極端に少ないのだった。共に旅をする面々の一員として何もしないのでは気が済まないと、料理にしろ、テントの設営にしろ、焚き火の用意にしろ、色々とやってはみたのだが、ことごとく仕事を取り上げられてしまったのだ。ミラとしては不服だが、皆が決めて、それが一番効率が良いのなら、仕方がない。実はそれが、ミラの手際や手先の問題などに関係していることは、知りえるところではない。
 空を見上げた。
 この辺りの霊勢は、黎明時のように空の色がグラデーションになっていて美しい。しかし、それも精霊術を使い過ぎると霊勢にも変化が出るという。旅の中で得た知識。世界の有り様。精霊と人間。その現状……。
 目を瞑って頭を振る。何もすることがないと、思考が巡って仕方がない。
 その時。ブーツの底が砂利を踏みしめる音が耳に届いてミラは顔を上げた。食事の後片付けが済んだのか、ジュードがこちらへ歩いて来るのが見えた。
「ミラ、そろそろ出発だよ。準備は出来た?」
 やはり、一人離れた場所にいるミラを呼びに来たようだ。しかしジュードの問いに、彼女らしからぬ曖昧な返事をミラは返す。
「うむ……」
 料理やテントの設営などの作業を取り上げられてからというものの、なにか仕事はないかと申し出たミラに与えられたのが、手荷物の整理だった。とは言え、ミラに初めから手荷物など無いし、他の仲間たちは彼らなりに各々の荷物をそれほど散乱させてもいない。とどのつまり、やることがない。
 やはり釈然としないが、それほど自分の使命に支障をきたすものではない。気を取り直して仲間たちの元に戻ろうと決め、ミラは腰を上げた。
「ミラ、どうかした?」
「いや。なんでもない。戻るぞ」
「あ」
「……?」
 ジュードの小さな声に、ミラは振り返った。彼の視線はミラを見ているようで見ていない。いや、ミラの体の一部に固定されているというべきか。僅かに居心地が悪くなって、ミラは体を捻り、怪訝そうに、どこかおかしいだろうか、と問うた。その声に我に返ったらしいジュードは、じっと見ていたことに詫びて、言いづらそうに呟いた。
「その、髪が……」
「髪?」
 言われて自らの髪を見下ろす。背中でごく自然にウェーブする豊かな金髪。今まで特に意識することもなく、前髪部分が伸びて鬱陶しく感じればシルフにカットしてもらっていた程度で、洗うことに関してもウンディーネに任せていた。伸ばし放題、とまではいかないがミラにとって頭髪というものはそれほど興味の対象ではなかった。
「髪がどうかしたか?」
「えっと、その、ちょっと梳かした方がいいのかも」
 そう言われたことは初めてではない。自らの世話係であった四大精霊の、特にウンディーネやシルフからは、朝起床して寝癖がついていれば、そう言われていたし、ミラが問題ないと突っぱねると無理矢理直しにかかったものだった。
 ――髪というものはそこまで気を使わないといけないのだろうか。
 共に旅をするエリーゼやレイアにしても、そこまで頻繁にとはいかないまでも、起床時に触って整えているのを見たことがある。
 ――やはり現出する際に女性の姿を形作ったのは間違いだったか。
 頭を捻ってそんなことを考えていると、何故だかジュードがおろおろとしていることに気付く。言ってはいけないことを言ってしまった、そんな表情。
 現に、ミラのたっぷりとした髪には、妙な跳ねっ返りがついていた。いわゆる、寝癖というやつだ。
「ふむ……」
 四大精霊や自身の巫女であるイバルなどに同じ台詞を言われれば、必要ないと取り合うことはしなかったが、この目の前の少年から言われると素直に聞き入れてしまうから、不思議だ。
 それがなんだか可笑しくて、ミラの口元に笑みが浮かぶ。戸惑うジュードに、ミラは胸元からあるものを取り出して、彼に差し出した。木で出来た、櫛だった。ジュードはきょとんとミラを見上げた。
「以前にイバルに持たされたんだ。四大が側にいないのだから、髪はこれで毎日梳かすように、とな」
 面倒なので使ったことは一度もなかったが。
「済まないがジュード、君に頼んでもいいだろうか? こういうことは不得手なんだ」
 困った表情を浮かべてそう訴えるミラに、ジュードは少し自信なさそうに、分かった、と言うと、櫛を受け取った。
「じゃあ、座って」
「うむ」
 ミラの背後でジュードが膝立ちになる。そろそろとした動作で背中の髪の一房が、彼の手に取られているのが頭皮の感触で分かる。感じたことのない感触に、ミラは新鮮味を覚えた。櫛が差し入れられ、ミラの髪を流れていく。何度も。何度も。ミラは目を瞑り、黙ってその感触に感覚を預けていた。ジュードもまた黙って、ミラの髪を丁寧に梳いた。その表情が僅かに緊張を帯びていることをミラが気付けることはなかった。
 不意に、髪束のもつれている部分に櫛が引っ掛かり、ミラの頭皮をつんと引っ張った。ミラの頭がジュードの手の動きに合わせて傾ぐ。
「ごめん! 痛かった、よね?」
「いや、大丈夫だよ」
 ジュードの指がもつれを直し、また櫛で梳いた。
「ジュードは、よく髪をこうして梳くことはするのか?」
「えっ? ううん、初めてだよ……」
「そうなのか。にしては、上手いな」
「そう、かな?」
 とは言え、ミラ自身も髪を櫛で梳かされるなんて初めての経験だから、上手いも下手も分からないはずなのだが、それでもジュードの手の感触も、櫛が髪を流れていく感覚も、とても心地が良かった。人間の、また新たな習慣に触れ、心が温かくなる。保護欲が大きくなる。
 背中で跪いて髪を鋤く少年を、無性に愛しいと思う。
「終わった……と思う」
 振り返り、櫛を受けとる。礼を述べると、何故かジュードの顔が赤く染まった。
「どうかしたのか、ジュード?」
「あのね、ミラ……。その……、苦手、なんだよね?」
「何が苦手だというんだ?」
「髪、を梳かすことが……、っていうか……、えっと、もしミラが嫌じゃなかったら僕――」
「毎朝、私の髪を梳かしてくれるか?」
「――!!」
 ジュードは顔を真っ赤に染めて後退った。
「まぁ、私はみなが仕事をしている間は暇だからな。その間は櫛と格闘することにするよ」
「あ、うん……」
 それきり俯いて押し黙ってしまった少年をミラは苦笑混じりに見つめる。人間というものはなんて厄介で、複雑で、可愛い生き物なのだろう。それを、この少年はいつだってミラに教えてくれる。
「君の作業が今日みたいに早く終わった時は、また手伝ってもらえると助かるんたが?」
 そう、声をかけると、茶色い瞳がこちらへ向けられる。その顔にじわじわと笑みが広がり、
「うん……!」
 首肯して少年は笑った。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ミラの髪の毛はいつ見ても多いな……。CG見てるとそう思う。



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