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*tales of…*
make an ally(ジュード&ミラ)

【make an ally】


 一人は嫌いだった。
 ずっと昔から、一人は淋しくて、悲しくて、誰かと居ることを望んだ。あわよくば、誰かの為になりたくて、誰かに必要とされかった。誰かに感謝されることがたまらなく嬉しかった。だから、常に誰かのそばに自分は居たかった。
 一人は嫌いなはずだった。
 それなのに、最近一人で居る時間が増えている。
 一人は嫌いなはずなのに、またこうしてジュードは一人宿を出、星空の下、ぽつんと佇んでいる。
 理由は明確。
 眠れないから。
 即ち。
 怖いから。
 その現実から逃げてはいない。けれど、ジュードの中の臆病な部分が、逃げたい、逃げたいと悲鳴を上げている。
 ゆっくりと、震える吐息を吐いた。それで胸の中の恐怖が出て行くことはなかった。
「はは……、情けないな……」
 自分がやろうとしていること。
 自分が今から成そうとしていること。その大きさに、自分は押し潰されそうになる。世界の行く末を、自分は動かそうとしている。それに巻き込まれる人間は数知れない。それを、ほんの少し前までただの医学生だった自分などが、やろうとしている。国を動かす王や政治の中心を担っている宰相や軍人であるならまだしも、一般的な、一人の国民でしかない自分が。すでに、同じくして世界を救うために動いている王とは、考えの相違から、決別している。
 もう、後戻りは出来ない。
 でも、やると決めた。
 精霊も、人間も、リーゼ・マクシアも、エレンピオスも、その全てを救う術があるのなら、それしかないと思った。そして、それをやろうと決めた。
 やり遂げると、心の底から決意している。なのに。
 ――震えが止まらない。
 自分の弱さを思い知ると同時に、彼女の強さを改めて痛感する。
 ――ミラだって、ずっと世界の為に行動していたのに。
 四大精霊の加護があったとはいえ、ジュードよりも幼い容姿の頃から。それも一人きりで。
 しかし、彼女を羨む気持ちだけではいられない。彼女に付いて旅に出、彼女に憧れ、彼女の力になりたいと願い、彼女を勝たせたいと誓って行動してきた自分の、その根幹には常に彼女の存在があったが、これから自分が成そうとしていることは、もう――、
 “彼女の手を離れている”のだ。
「それが……、僕は怖い、のか……?」
 カタカタと、指が震える。腕に伝播する。動悸が早くなる。呼吸も浅くなる。
 怯えていてどうするというのか。それでも自分は、付いてきてくれると言った仲間たちの為にも成し遂げることが、出来るのだろうか。
 そうして、ぐるぐると思考は巡り、休息を必要としている心身は、今日も恐怖と不安に摺り潰される。
 寒さの所為か、不安の為かジュードはぶるりと身震いをすると、星空を見上げた。星の角度が、深くなっていた。
 さすがに夜も更けてきた。眠れないにしても、そろそろベッドに戻った方が良い。そう思い至り、宿へ向かおうとして、宿から出てきた人物を認めてジュードは立ち竦んだ。
「ミラ……」
 ミラは真っ直ぐにジュードに向かって歩いてくる。
「目が覚めたら、君の姿が無かったのでな」
 そう言って首を傾げた。
 なんと言っていいのか、分からなかった。心配をかけたことを謝るべきなのか、心配に思ってくれているとしたら、それは杞憂なのだと取り繕うべきなのか、咄嗟に判断が付かずに押し黙ってしまった。だけど、今、ミラと顔を合わせてしまったことは不運だと、思わざるを得なかった。こんなに不安と恐怖に囚われて眠れないでいる自分など、他の誰より彼女にだけは見られてはならなかった。
「眠れないのか?」
「あ、ううん。目が覚めたら、そのまま冴えちゃって。外の空気でも吸おうと思って。大丈夫。もう戻るよ。明日に差し支えたら大変だからね」
 心にも思っていないことを言うと、饒舌になる。ミラはどう思ったのか、何も言わずにじっとジュードの顔を見ている。その視線に心を見られているようで、耐えかねてジュードはついと顔を逸らしてしまう。
「ミラも、休まないと……。戻ろうか――」
「ジュード」
 心臓が、大きく一度、跳ねた。
 ミラを見る。
「撫でてやろう、ジュード」
 ミラは微笑んだ。
 あまりに突拍子もない言葉に、一瞬何を言われたのか理解出来ず、また反応出来ずにぽかんとなる。
「………え?」
 聞き返すと、ミラはもう一度、撫でてやろう、と言った。
 ひどく懐かしい言葉だった。
 まだ何も知らない、自分がタリム医学校のただの学生だった頃、彼女と出逢い、研究所でハウス教授の死を目の当たりにし、あわや自分も殺されかけ、彼女に付いていくしかない状況で、その時も確か自分はそんなことを言われたのだった。
 あの頃とはもう、状況が全く異なるが、彼女はあの頃と同じことを言う。当初は育児の本から得た知識なのだと、些かずれた印象ではあったが、実際撫でられたことによって緊張の解れたジュードに、彼女は自分のした行為に満足したのだ。
 ミラは依然として微笑んでいる。
 分かっているのだ。
 ジュードの不安を。
 そのことに対して彼に慰めや激励の言葉など要らないのだということも。
 そしてそれでも、そんなジュードに何かしてやりたい、そんな気持ちが、彼女に再びその台詞を言わせている。今、それが必要だと言っている。
 それだけでジュードの心に僅かながら活力が湧いた。彼女の気持ちが、嬉しかった。
 彼女に付いて行動するのではなく、自分の意志で決めた、自分の成すべきこと。彼女の手を離れているが、その大元はやはり彼女の存在だ。
 人間を守り、精霊を守る。貫くからこそ、彼女と向き合える。胸を張って、ジュードはミラの前に立つことが出来る。
「お願いしよう、かな」
 ジュードはミラを見上げた。
「ミラ、撫でてくれる……?」
「お安いご用だ」
 ふわりと、頭に心地好い重さを感じた。彼女の手を感じた。その指が、手のひらが、ジュードの頭を優しく力強く往復する度に、まるで癒されているかのような不思議な力を感じた。
 上目使いでミラを見ると、彼女のマゼンタの瞳と目が合い、今更ながらに恥ずかしくなって、ジュードは頬を染める。
「どうした。なにかまずかったのか?」
 かぶりを振る。
「……ううん。ミラ、ありがとう……」
 込み上げそうになる、これからの行動と矛盾した思いを押さえつけ、ジュードは笑ってそう告げた。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

怖くて眠れないサブイベントは、ローエンに助けてもらってましたけど、ミラに元気付けてもらってもいいじゃない。そう思ったら出来た小話。



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あきゅろす。
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