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*tales of…*
sagittarius(ジュード×ミラ)

【sagittarius】


 動物、昆虫、精霊、魔物、このリーゼ・マクシアに生ける全ての生物に、どこに存在しても生きても良い権利はある為、街と街を繋ぐ街道を往くのは人間だけではなく、そうした生き物も無論自分達が今進むこの道にその姿を確認出来る訳で。つまり平坦で見通しが良いとはいえ、必ずしも気を抜いて歩けるような場所ではないということ。魔物の襲来に即対応出来る様、周囲に注意を払いながら進む。
 しかし、あくまでここは見通しの利く平坦な道。見える範囲内の限り、今は魔物の姿は見えない。よって、気持ちにもどこかしら余裕は出てきている。
 ――そろそろ、かな……。
 そうジュードが感じた直後、
 ぐうぅぅう……――。
 丁度会話と会話の合間の言葉の無い時に、見事なタイミングでそんな音が響く。仲間たちの視線を一身に受けたミラは、困ったように眉尻を下げて、仲間たちを見回し遠慮がちに口を開きかけ、
「そろそろ休憩にしようか、ご飯にしよう」
 苦笑しながら先回りしてそう言ったジュードに一瞬きょとんとなって、
「うむ。では食事にしよう!」
 そう、満足そうに告げた。

 旅の初めの頃の方は気になって仕方がなかった彼女からの視線も、今や随分と慣れてはきている。と言ってもやはり、じっと見つめられることに抵抗が無い訳ではない。基本的にその興味本意というか好奇心というか学習本能というか、彼女は気になったものを、じっと見る傾向がある。食い入るように、貪るように、魅入られたように。
 ジュードの心境としては若干緊張してはいる。そうして彼女の視線を意識してからどれ程時間が経過したのか分からない。それはほんのごく僅かな時間かも知れないし、実は相当の時間であるかも知れなかった。人間に興味があるのなら、その社会でのマナーとして、じろじろと見るのはあまりいただけないことなのだと教えるべきか。それとも、今の自分の行っている作業――料理、の手順や刃物の扱い方、具材の大きさ、香辛料の量などを彼女が学習しようとしているのであれば、好きにさせておいた方がいいのか。決断が付かないまま、料理は着々と完成へと向かう。
 それでも、そうして黙々と料理を作る“フリ”をしている自分は、やはり狡いのだろう。頭ではちゃんと自分の気持ちを理解している。
 彼女の視線は気になるけれど、彼女が今見ているのは、他の何でもない、“自分だけ”で、彼女の視線を独り占め出来ている今の状態を、自分は堪能したいだけなのだ。そうして自己嫌悪に陥りながらもジュードは次の食材へと手を付ける。
 思えばいつの頃からかは分からないが、旅の仲間たちの暗黙の了解で、食事をジュードが作ることが多くなっていった。旅に出る以前の学生寮でのこともあって料理をすることには慣れていたし、嫌いではない。パーティで自然とそうなっていったのは、きっと自分が料理をすることがパーティの動きとして一番自然で、上手い具合に全体が回っていたのだろう。
 ――それに――……、
 ちらりと、向けられた視線の先に目を向ける。マゼンタの綺麗な瞳が、相変わらずこちらに固定されている。
 ――ミラが、僕を見ていることが多くなった。
 思った瞬間に心臓が大きく拍動した。次いで、激しい羞恥心。一体自分は何を考えているのか。どきどきと速く大きく刻む鼓動のリズムにぎゅっと目を閉じて耐える。それが如何に危険な状況であるかも考えずに。握っているのは刃物。行っているのは香辛料となる食材を梳るという作業。必然と言えば必然的に、ジュードの指に痛みが走った。声には出さなかったが、びくりと肩が跳ねた。調理しにくいとの理由でグラブを外していたのが災いした。
 勿論その事実は一部始終を見届けていたミラの知るところとなった。彼女は大股でジュードに歩み寄ると、そんな彼女の意図が分からず戸惑っているジュードの手を素早く取り、あろうことか負傷している指を口の中に含んでしまった。
「!!?」
 心臓が、顔面が、あわや爆発するのではないかと思った。外気に晒され冷えていた指を包む熱さ。吸われていることの窮屈感。何より彼女の舌の感触。ぞくぞくと肌が粟立つ。抗うことも、声を発することも出来ずに、自分の中の何かが爆発してしまいそうな感覚に、ジュードはひたすら耐えていた。
「み、ミラ……!」
 絞り出すようにそれだけを口にすると、ようやくミラの口内から、指が解放された。再び外気に触れ、冷えを感じた。限界まで赤くなった顔でミラを見る。彼女は相変わらずの整った顔で、きょとんとジュードを見つめる。
「指を舐めたことがまずかったか?」
「あ、いや、その……、驚きは、したけど……」
「血は止まっただろう?」
「う、うん。でも……」
「あのままだと、鍋に血が入ってしまいそうだったのでな。ああ判断した」
「……………」
 唐突に、府に落ちた。
 要するに見ていたのは興味の対象。それ則ち、“ジュードを”ではなく、“ジュードの作る料理を”。頭が冷えた。自己嫌悪と羞恥心で胸が一杯になった。途端に切った指先がヒリヒリと痛んできた。
「そう、だよね。ミラがああしてくれなかったら、皆が食べるご飯、台無しになってたよね……」
 それは自分自身に対する言い聞かせ。思い上がって馬鹿なことを考えた自分に目を醒まさせる自嘲の言葉。乾いた笑いが腹から込み上げた。
「気にするな。結果的に料理は無事なのだから」
 ジュードが気を落としている理由を勘違いしたミラがさっぱりと言う。それに、そうだねと返し、調理を再開する。出来上がりは間近だった。ミラの目が鍋に釘付けになっている。
「それにしても、君はよくくるくると表情の変わる男だな」
「……!」
 鍋をかき混ぜる手が止まる。
「嬉しそうだったり、恥ずかしそうだったり、かと思えば落ち込んだり。一体何をそんなに考え込んでいるんだ?」
 見られていた。視線はずっと感じていた。だから、見てたの、と訊くことは愚かだった。だけどそれは、自分の料理を、だと思っていたのに。興味のあるものに対する好奇心からの視線だと思ったのに。
 何と答えてよいのか分からず、ただ彼女を戸惑った目で見ていると、不意にミラは柔らかく微笑んだ。
「やはり君は、いつ見ても面白い。ずっと見ていて、飽きないよ」
 そう言うと、ミラは鍋の状態を確認し、出来上がりを仲間たちに知らせる為か、腰を上げて去っていく。
 遠ざかる後ろ姿を見送りながら、頭では言われた言葉を反芻していた。言葉を理解すると、また顔に熱が昇っていくのを感じた。鬱陶しいはずだった指の痛みが再び熱をもっていた。その指を見つめて、一瞬浮かびそうになる思いをかぶりを振って追い払った。ミラが今ここに居なくて良かったと、心から思った。
 やがてミラが仲間を連れだって戻ってくる。人数分の器に出来た料理を盛り付けながらジュードはこっそりと溜め息を吐いた。
「なんていうかもう、お腹いっぱいだよ……」




ここまで読んでくださってありがとうございます。

なんというか、想像以上にジュードが乙女に。日に日にジュードが嫁で、ミラが男前になっていく。



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