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*tales of…*
skylight(ジュード×ミラ)

 もうすぐ逢えるよ。


【skylight】


 リーゼ・マクシアとエレンピオスの両方を救う。
 そうジュードに思わせるに至った長くて短かった旅が終わりを告げると、旅の仲間達は各々の道へと進む為、方々に散っていった。当時ジュード・マティス、十五歳。思いもよらず医学校での学園生活から国家機密を目撃。指名手配。そして、彼にとっての人生の進路の確定となる、世界の根幹へと関わる旅へ――。あれから長い年月が経った。どれだけ時間が過ぎようとも、あの頃の旅の記憶はジュードの何にも変えがたい大切な思い出となり、今でも胸の内に残っている。
 そしてジュードはかつての進路の通り医者となり、旅で得た決意の為に研究者となった。尊敬していたア・ジュール王と違えた想いをぶつけ合ってまで、決めたジュードの道。成すべきこと。源霊匣の安定を獲得、確証し、世界の主要エネルギー源をそれへと移行させること。それまで黒匣を使い精霊を減少させ、滅亡の一途を辿っていたエレンピオスに、誰でも使用出来る安定性、安全面が認められた源霊匣は少しずつだが確実に普及していき同時に黒匣も年々僅かに数も減っていっている。そこに尽力している大手流通企業のある男を思い浮かべてジュードは懐かしげに微笑む。
 勿論、普及の為にまだまだ研究課題はたくさんある。今まで当たり前に使っていたものを全く別のものに変えることは難しい。それでも、かつてリーゼ・マクシアとエレンピオスを断絶していた断界殻を形成していたマナが尽きかけている今、リーゼ・マクシアの霊勢はなんとか安定を保ち、エレンピオスには植物の芽吹きが見られるようになったのだ。
 風が吹いてジュードの白髪混じりの髪を揺らす。目をやると街灯樹はあの頃と変わらない様子で暖かく光り、優しく木の葉を揺らす。しかしイル・ファンは変わった。世界も変わった。
 ――僕も……――。
 ジュードは満足そうに微笑んだ。もう、自分が退いても世界中の世界を憂い担う研究員や、未来を持つ若者達が、人間と精霊の生けるこの世界を牽引していってくれるだろう。
 自分はちゃんと成すべきことを成せただろうか。自分はこれで良かっただろうか。
 橋の上から水路を見つめる。あまりに衝撃的な出逢いのあった、水路。エレンピオスの機械的技術が取り入れられ、流れる水は外装に阻まれ見えないけれど、かつての名残の感じられる、あの水路。
 ポケットに手を差し入れると機械の硬さに触れる。源霊匣。精霊を失うことなく精霊術を行使出来る機械。
 手に持った源霊匣を起動させようとして、ジュードは止めた。使うつもりはなかったのに、何故だか持ってきてしまった。そうしてやはり使われることのない灰色の匣を、コートのポケットへと仕舞う。今までの研究生活の中で自分はいつかこの瞬間を夢見て研究を続けていたのかも知れない。
 “精霊マクスウェルを召喚する”。
 その瞬間を夢見て。
 完全に矛盾している。
 会えないと分かっていながらこの道を選んだ。会わなくても自分は大丈夫だと、それは決意と覚悟の証明だった。その通りにジュードは研究に没頭した。そうすることで押し寄せるどうしようもない寂しさから逃れるかのように。
 そうして四十年が経った。
 今。
 無性に。
 ――君に、逢いたい。
 想いは無意識に霊力野へ作用し、募る感情がマナを放出させる。
「逢いたいよ、ミラ」
 目を閉じて、大事な思い出の中の女性を、そっと、慈しむように思い浮かべる。
 風が吹いた。
 涼やかで、清浄な気配を感じた。
 目を開ける。
 我が目を疑った。目を見開いて、何度も何度も、痛くなるくらい目を擦った。
「ジュード」
 目の前に居たのは、思い出の中の大事な存在。思い出の中でしか逢えなかった存在。
 ミラ=マクスウェル、その人だった。
「久しぶり、だな」
 そう言って小首を傾げて微笑む。彼女の豊かな金髪の、くるんと丸まっている緑色の一房がミラの動きに合わせてひょこりと揺れた。
「ミラ、変わらないね。君は、相変わらず、素敵だ」
 視界が滲む。年甲斐もなく泣いてしまっている。涙が溢れて止まらない。それでもジュードは目尻の皺を寄せて嬉しそうに微笑んだ。
「君も、変わらないな」
「そうかな。あの頃とは随分変わったと思うけど。もうおじさんだよ」
 ミラより低かった背は今や追い越し、艶やかだった黒髪には白髪が混じる。老いたとは言え体つきも当時よりはしっかりとしていた。ジュードが少年だった頃と何一つ容姿の変わらないミラは、そんなジュードを懐かしげに、優しげに見つめ、かぶりを振った。
「見た目が変わっていようと、やはり君は君だよ。君のマナは相変わらず優しくて、温かい」
「本当に、本当に……ミラなんだね?」
 おずおずと手を伸ばす。その滑らかな頬に触れようとした。触れようとして、出来ないことに気付いた。
 彼女はここにいて、ここにいない。
 その現実に胸が痛んだ。のろのろと手が下がる。ミラは、困ったように微笑んでいた。ジュードの考えなどお見通しなのだと言うように。ジュードも笑みを浮かべた。彼女は確かに目の前に居る。その距離は近くて遠すぎるけれど、自分達はこれで良い。この距離で、丁度良い。
 少なくとも、今は。
「精霊達の声が聞こえる。生きられる喜び、嬉しさで満ち溢れている。ジュード、世界は変わったんだな」
「うん。やっと、ここまで来られたんだ」
「精霊と、人間の死と誕生を、たくさん見てきた」
「神様と話してるなんて、嘘みたいだよ」
「君は――」
 どんな宝石よりも綺麗なマゼンタの瞳が、ジュードをじっと見つめる。
「ジュードはもう、長くはないんだな?」
 突然のことに言葉が出なかった。そこまで看破されているとは。
「人の平均的寿命からは随分と短い気がするが」
 ジュードは正直に打ち明けることにした。
「源霊匣の使用実験の繰り返しでね。反動や人体への影響の記録やデータを起こすには仕方なかった。誰かで人体実験なんて、……嫌だもの」
 ミラが泣き笑いのような表情を作る。当時からは想像も付かなかった表情の変化。彼女は精霊の主でありながら、限りなく人間の部分を身に付けた。
「でも、僕は何も後悔していないよ。長生き出来ても、世界が滅んだら意味がないから」
「ふふ。君は、本当に、どこまでもお人好しなんだな」
「そうだね……、そうだよね」
 ずっと前にも、そう言われた事があった。どうやら本当に自分は変わっていないらしい。それがなんだか可笑しくて、ジュードは笑った。ミラも笑った。二人して、思い出を共有する。共有出来ている。それが何より嬉しかった。
「ジュード、私はそんな君が好きだよ」
 真っ直ぐな瞳と言葉に、ジュードの胸がどきりとなる。この年になってこんな気持ちを味わうとは思っていなかった。ひどく久しぶりの感覚。それは、あまりに懐かしい感覚。
 今になって気付いた。それは確かに恋だった。十五歳のジュードの、精霊の主である女性に対しての、憧れの中に抱いた、小さな恋心だった。
「僕も……。僕も君のことが大好きだよ、ミラ」
 ミラの手が持ち上がり、華奢な手のひらがジュードの頬を包むように重なった。触れることは出来ず、触れられている感触は感じられないのに、不思議と温かく、くすぐったかった。彼女に触れられたくて、触れたくて、抱きしめたい衝動に駆られて、でもそれは叶わなくて、ジュードは切なげにミラを見つめた。
「もうすぐ逢えるよ」
 確実に迫っている、死が、ジュードにそう告げている。
 その瞬間が訪れるまで、自分は人間でいて、人間である自分を全うするのだ。
「だからそれまで待っていてね」
 頬の温もりが薄れていく。ミラの輪郭が周囲の暗さに溶け込んでいく。
「僕の、ミラ……」
 完全に消える直前、彼女の薄桃色の唇が、笑みを形作ったのを、確かに確認した。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

少しだけ設定資料集ネタ。マクスウェル様を使役出来る源霊匣、ジュードくんなら作りかねない。精霊であるマクスウェル様は相変わらず二十歳でジュードさんは老けてる設定。二人の一番リアルなくっつき方は、やっぱり人間界で何らかの方法で亡くなったジュードが、精霊として転生することなのか。あ、でも記憶とかは受け継ぎづらいんだっけ。誰かこの二人の未来を幸せにしてあげて。



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