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*tales of…*
shot in the dark(ジュード×ミラ)

 目が合った。
 当然と言えば当然か。今は戦闘中で、自分は仲間の一人と心をリンクさせて、協力して一体の魔物と戦っているのだから。目での合図など、意志疎通の常套手段。常日頃仲間と心を繋げて戦闘をしているのなら、何を思うことはない、いたって普通の行為。
 ――……の、はずなのに、今の自分は何故だか精神的に不安定で、彼と幾度と無く目が合うものの、目を合わせる度に、そわそわと落ち着かなくなる。集中が出来ない。見ていられない。
 どうにも我慢が出来なくなって、とうとうミラは彼とのリンクを打ち切ってしまう。彼の合図を無視し、動きに合わせず、自分一人だけで魔物に突っ込み、力任せの剣をやけになって叩き込んだ。脇目も振らず、直ぐに次の魔物へ。同じようにして、フォローに回る彼のサポートをことごとく無駄にして、単体で撃破した。そうして、それが今回の戦闘での最後の魔物となった。
 剣を仕舞うのも忘れ、肩で息を調える。仲間達の肩越しに彼がこちらを見ているのが視界に入った。焦点を少しだけ合わせると、彼のなんとも悲しそうな顔が見えた。胸の辺りが不自然に痛んで、彼の視線に気付かぬふりをした。


【shot in the dark】


 彼への意識がだんだん酷くなっているのが分かる。油断すればいつの間にか彼のことを考えている。
 何度と思い起こされるのはミュゼの言葉だ。
 “二人っきりで、たーっぷり、マナを注いでもらったのよ。”
 その時のミュゼの恍惚とした表情。そして、ジュードの訳も分からずきょとんとした表情。少し――、いやかなり、ショックを受けた。彼の表情が、ミュゼの言ったことが嘘ではないと物語っていた。まさか、あのジュードが、ミュゼを“直接使役”していたなんて。
 胸の辺りが気持ち悪い。
 仲間達の元へはまだ、戻れそうにない。見ると、今日の寝床としてテントを張ったところで焚き火を熾し、夕げの準備をしている。
 その光景を目にしても今のミラには食欲が湧かなかった。溢れるのは溜め息ばかり。情けない。
 ミュゼ。
 直接使役。
 ジュード。
 二人っきりで、マナを……。それらのワードが頭の中をぐるぐると回り、それだけでジュードのことを変に意識してしまっている。
 ――私も、ジュードに“直接使役”してもらいたいのか……?
 そう考えた瞬間、胸が爆発しそうになった。鼓動が激しく脈打ち、顔が熱い。私は一体何を考えている。感情の収拾が付かなくなって、ミラは頭を抱えた。
「ここにいたんだ、ミラ……」
 聞こえた声にどきりと心臓が大きく高鳴る。声音に気遣いのようなものが感じられた。振り返ることが、出来なかった。
「……隣に、座っても、いいかな?」
 ミラが答えられないでいると、少年は遠慮がちに、少し間を空けてミラの隣に腰を下ろした。
「もう、体調は大丈夫なの?」
「体調? なんのことだ?」
 言われた意味が分からなくてそう聞き返した。少年はきょとんとなって、
「だって、ミラ、なんだか様子が――」
 言いかけた言葉はだんだんと尻すぼみになって、ジュードはミラの顔を覗き込んだ。真剣な瞳でミラを見ている。
「……?」
 意図が理解出来ず、ただ茶色の瞳を真っ直ぐと向けられてミラはどぎまぎとなる。不意に彼の手がミラの顔へと伸びてきて、ミラは目を瞠った。何をされるのか分からず身を固くしていると、その手がぴたりと止まる。それから、彼は茶色い手袋を外して、今度こそミラの額に触れた。
「!」
「ミラ、発熱してるんじゃない? 顔がとても紅潮してる」
 普段触れることのない彼の素手は、少しひんやりとして肌が少し粟立った。大きくて、女性にはない骨ばった感じがあるのにその手付きは彼の人柄を表しているかのように優しくて、言い様のない感情が滾々と胸を満たしていくのに何をどう処理すればいいのか分からない。
 それが苦しくて、味わったことのない感情の揺らぎに不安を覚えて、ミラは素早く身を引いて彼の手から逃れた。
 驚いたような彼の表情。以前の戦闘後に見たのと同じ目。傷付いた瞳。何かを言いかけて口をつぐむ。ジュードはぎゅっと唇を噛み締める。ミラも何と言って良いのか分からず、口を薄く開いたまま、少年を見つめた。
「ごめん……、嫌だった、よね」
 声に宿る痛さ。悲しさ。少年は顔を俯かせて何かを考え込むようにしてから、おずおずと口を開く。
「あのさ、ミラ。僕は何か、君を怒らせるようなこと……、したのかな。この前の戦闘でも僕のフォローが邪魔だったみたいだし……。君を怒らせた原因がなんなのか思い出せないけど、その……ごめんね」
 どうやら事態はまるで違う方向に向かっていっている様子だった。彼はどうやら勘違いをしている。自分の、ミラの手にもて余してどう扱って良いのか分からない感情の所為で。
 否定することよりも、言いたい言葉が次々と頭に浮かんでくる。
 どうしてミュゼを、直接使役した。
 どうしてそれを許した。
 君のマナは誰にでも与えても良いほど安いものなのか。
 憤りなのか、羨望なのか、不安なのか、悲しみなのか。分からない。分からないことがもどかしい。
「く……」
 胸の辺りが気持ち悪くて呻き声が漏れる。違う意味に捉えたジュードが心配そうに名を呼び顔を覗きこんでくる、その腕の辺りにしがみつくように服を掴んだ。言葉は勝手に出てきた。
「君は、君自身をもっと大切にした方が良い」
「………え?」
「でなければ、君の良心に付け込む輩にいつか痛い目に遇わされる。君のマナは、誰にでも与えて良いものではない」
「……もしかして、ミュゼを“直接使役”した時の事を言っているの?」
 怪訝そうに眉をひそめる様子は、事態の深刻さをまるで分かっていない。いや、彼にとっては、ミュゼを“直接使役”したことなどとるに足らない些細な出来事だったのだろうか。
「大体……! 君は何故、ミュゼを直接使役した?」
「だって、ミュゼが、そうしてくれって言ったから……」
「ほう。では君は頼まれれば何だってするというのか?」
「そんな問題? ちょっと待ってよ、ミラ……!」
「私が君の事を案じていた間に君はミュゼと“二人っきりでたっぷり”マナを与えていた、という訳だな。全く良い御身分だよ」
 そう吐き捨ててジュードを睨む。が、ミラの視線の先の少年は、何故だか口を開けてぽかんとした表情でミラを見ている。予想外の彼の反応に、ミラは毒気を抜かれてしまう。怪訝そうにジュードの反応を待つ。
「ミラ、君もしかして……」
「私の話など今は――」
「やきもちを……――」
 途中で言葉を止めると、何故だかジュードの顔が赤く染まった。全く訳が分からない。自分自身の原因不明の苛立ちも、ジュードの妙な反応も。だけどそれをジュードに問い質すことはしなかった。というより、出来なかった。顔をあげたジュードが、今度は嬉しそうな、照れたような表情を浮かべていたのだ。
「なんだ? 赤くなったと思ったら今度はにやにやして」
「いや、あのね、ミラ」
「?」
「精霊を“直接使役”する事が、精霊にとって具体的にどう感じることなのか、僕には分からないけど、もしミラがそうしてくれって言っても、僕はそうするつもりだよ?」
 そう言って、にっこりと笑った。
「!!」
 全く人間というものはつくづく不可解で、その感情とは特に難解で、しかしそれでいて実に興味深い。自分が抱いた感情の正体も分からないし、ジュードに対しての不満や憤りもあったことには変わりない。なのに、今胸の内で渦巻いている気持ちは先程までの気持ちと打ってかわっている。
 情けない。精霊の主たる自分がなんてこと。
 とりあえず、ジュードの突然の爆弾発言になんて返して良いのか分からず、
「……何故、君はそんなに嬉しそうなんだ」
 恨めしそうに呟く。ジュードは相変わらずにこにことミラを見ている。
 胸中のどきどきはしばらく治まりそうになかった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

気になる“直接使役”ネタ。この頃のミラってそんなことでもやもやしてる場合じゃないと思いますが、とりあえずジュードくんに“直接使役”されまくっちゃってください。



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