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*tales of…*
M(ガイ×ナタリア)
でも、嬉しいよ。


【 M 】


 返ってきた返事がいつものそれとは違う気がして、ガイ・セシルは隣りに並ぶ少女の顔を見やった。
 見た所、顔色呼吸等には問題は無い様に感じる。表情も特に疲れたという訳ではなく、いつもの彼女その物だ。しかし、女性が苦手とは言っても“見る”のは大好きな彼のずば抜けた観察眼が何かおかしいと告げている。
 視診で判らない以上本人に確認してみるしかないが、この少女の強がりにはパーティの誰もが手を嫉いている。どこか悪くてもきっとこの少女なら無理に隠し通そうとするのだろう。
「ナタリア。どうかしたか?」
「何がですの?」
 即答で返ってきた想像通りの言葉に、ガイはやれやれといった表情を浮かべる。思った通りだ。人は何かを隠している時それを見破られない様に取繕い、それを意識し過ぎて不自然になる事が多い。ある意味即答というのは動揺しているという証だ。
「何をぼーっとしていますの?早くしないと集合時間に間に合いませんわよ」
 そう言ってつかつかと早足で歩く。
「ちょ…、待て!ナタリア!!」
 頼り無げな後ろ姿が容赦無く人の波に飲み込まれてゆく。ガイは慌てて彼女を追いかけた。

 いっその事一人になりたかった。だからこの人通りの多さは彼女にとってうってつけだった。人波を抜けてもガイの姿が見えない。ちゃんと“はぐれられた”事を確認すると、固い乾いた土の地面にナタリア・L・K・ランバルディアは腰を降ろした。
 腕に抱えていた食材の詰まった紙袋を傍らに置くと、膝を抱え行き交う人々をぼうっと眺める。
 こんなに賑わっているのに。こんなに騒がしいのに。何て静かなのだろう。まるでどこか違う次元からこの街を見ているかの様だ。
 とは言っても確かにナタリアはここにいる。そして、頭上の太陽は容赦無くナタリアを撫でてゆく。それでもケセドニアは、“砂漠”と言われる地域だった。

 完全にはぐれてしまった。焦りの所為か、暑さの所為か。額に滲んだ汗が目に入り、染みて痛んだ。手袋をはめた腕でそれを拭う。
 ふいにざわざわと、明らかに街の賑わいとは違う人だかりを見つけて、ガイはそれに近寄った。
「おい、大丈夫か?!」
「とりあえず運ぼう!手伝ってくれ!」
 聞こえてくる言葉にただならぬ物を感じ、急いで人だかりを掻き分ける。中心に位置する人物を認識して、目を見開いた。

「ナタリア!!!」
 ケセドニアの賑やかな町並みに切羽詰まった男の声が響いた。
 行き交う人々は、一体何事かと、好奇と不審の入り交じった視線を男へと注ぐ。しかし、男に周りの目を気にする様子など全くなかった。

「ナタリア!おい!しっかりしろっ!返事をしろ!!」
 ぐったりとした少女を抱き起こし、その白い頬を容赦無く叩き、ガイは懸命に呼び掛けた。
 動揺する頭でも彼女の様子を冷静に観察する。呼吸、脈拍。それに、顔色、唇の色、汗。間違いない。熱中症の症状が顕著に表れている。
「くそっ!!」
 舌打ちをすると、彼女を抱き抱え人だかりを割って宿へと向かい走り出す。
 この日最大の後悔がガイを襲った。何故見抜けなかった?何故一人にさせた?やがて後悔はやり場の無い怒りに変わる。本当にあの紅髪の坊ちゃんと言い、こいつと言い。
「王族ってのは皆こうなのか?!!」
 宿への距離がやけに長く感じられた。

 自分の前を歩く男の背中をただ見つめる。
 自然と険しくなってゆく眉間や、膨れる頬に彼女は気付かない。ナタリアは不機嫌だった。 彼はそういう人なのだということを理解してはいるが、どうしても納得出来ない。触れたくても触れられない。触れてはいけないのに触れたい。彼の背中へとナタリアは手を伸ばした。

「あ…」
 手が虚空を掴む。段々とはっきりしてきた視界が無機質な天井を捉えた。見覚えがある。自分は宿にいる。
「気が付いたかい」
 声のする方へ首を回すと、先程自分が必死に追いかけていた男がこちらを見下ろしていた。何となく恥ずかしくなって、ナタリアは壁の方へ寝返りを打つ。その拍子に額の上からタオルが落ちた。それをひょいと掴むと、ガイは水桶に浸し、絞る。
「全く。あんな所で倒れてるからヒヤヒヤしたよ。ま、君が無事で良かったけどね」
 タオルを当てる為だろう。大きな手が髪に触れた瞬間、思わず彼の手を払っていた。
「ナ、ナタリア?」
「それは本心ですの?」
 まだ治りきっていないのだろうか。頭が重い。これ以上苦しい思いなんてしたくない。彼の思わせぶりな一言一言に馬鹿みたいに振回されるのはもう、たくさんだ。
「馬鹿だな…」
「な…!馬鹿とは何です!!」
 無言で髪を払われる。その手が小刻みに震えているのが見えると、ナタリアはゆっくりと目を閉じた。

【END】






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