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*summon night*
lie for you(ライ×リシェル)
 “売り言葉に買い言葉”とは、よく言ったものだと思う。バカ親父の言う言葉にしては妙な説得力があるもんだと感じた。そうすると、自分と“アイツ”は今までに一体どのくらい“売り買い”をしてきたのだろう。
 考えながら、先ほどから代わり映えのしない景色をライは絶望的な瞳で見渡し、そして呟いた。
「どこだよ、ここは……」


【lie for you】


「自業自得だな」
 リシェルの横たわるベッドの傍らにある豪奢な造りの椅子に、背もたれを前にした状態で体を預けながら完全に呆れ果てた様子でライはそう言った。
「う〜〜……、ぅ、うるさいわね……」
 ベッド上で如何にもといった様子で額に濡れタオルを載せ、唸る彼女は誰がどう見ても、間違いなく、文句なしに、風邪だった。熱がまだ高いのだろう、白く整った顔は紅潮し、汗が鼻の頭を塗らしている。憎まれ口にもいつもの力がない。
 ライは彼女の額のタオルを取ると、鼻の汗を拭ってやった。そのままタオルを滑らせ額、頬、顎、首と、円を描く様にリシェルの顔面をぐりぐりと拭いてやる。リシェルは目を固く閉じ、口をへの字に曲げ、至極嫌そうに“っぷ!”と言った。
「大体、あんなくそ寒い所で腹なんて出してるからそうなるんだよ」
「いいでしょ。……別に、あたしの、勝手だもん」
 相変わらずの強情さに、ライは嘆息してみせる。こんな目にあってもちっとも堪えていないとは相当だ。それほどあの服を気に入っているのだろう。あの、目のやり場に困ってしまう短いトップスが。という事は、即ち。
「そんなに嫌なのかよ」
「嫌。絶っ対に!嫌!」
 この部屋から見ても充分過ぎるほどに伝わってくるように、リシェルは銘家の令嬢だ。こう見えて。ただ、その事を彼女は酷く嫌っている。それはこの家が属している組織による。
「パパの言いなりになって、家にがんじがらめにされて、お人形みたいに着飾られるなんて、絶対に嫌」
「それであの服かよ。小さい抵抗だな」
「うるさいなぁ!もう!あんたには関係ないじゃん!……っごほ!ごほっ!」
 咳き込んだ拍子に、彼女の着ているパジャマの袖が見えた。ちらりとしか見えなかったのに、存在を激しくアピールしている“それ”は、金細工で出来たブロンクス家の家紋だ。
「確かお前がいつも着てる服にもそれついてたよな。そのマーク」
 ライに指され、服の袖についている家紋をリシェルは鬱陶しそうに見やった。
「だってあの服、ここのメイドに作らせたやつだもん」
「ポムニットさんじゃなくてか?」
「あのコにはこんなの作れないわよ!それで別のメイドに作らせたら入れられちゃったって訳」
 “ふうん”とライは家紋を見る。いつもリシェルといる時にはあまり意識しないが、こういうものを目の当たりにした時、彼女の置かれている境遇を再認識させられる。大変だな、という感想しかないけれど。
 さっきリシェルが言った、“がんじがらめ”という表現。家紋を見れば、この言葉ほど適した表現はない様に感じられた。いくら抵抗しようと、付いて回る肩書き。それでもリシェルが日々努力をしているのをライは知っている。リシェルの部屋。机の横に立て掛けられた、リシェルの身長分の長さはある、杖。
 一体何のために彼女は努力するのだろう。自分の可能性を試す為?周囲の期待に応える為?
「ライってば!」
「え?あ……、何だ?」
「何だじゃないわよ。何ボーッとしてるのよ?……ひょっとして感染った……?」
 リシェルの声に我に返る。心配そうな彼女の瞳が自分を見つめていた。
「そんなんじゃねえよ。ちょっと考え込んでただけだ。心配すんな」
 そう言うとリシェルの顔に小さく安堵の笑みが浮かんだ。
「ま、」
 手の中のタオルをベッド脇の氷水に浸し、固く絞る。再びリシェルの額へと戻した。そのタオルの冷たさに一瞬彼女は顔をしかめる。
「これに懲りたらもうあんな服を着るのはやめるこったな」
「は?何言ってんのよ!着るに決まってんじゃないのよ!」
 心外、という言葉を顔一杯に表現して、リシェルは喚いた。
「お前……、風邪だけじゃまだ懲りないのか?もっとヤバいもんにかかったらどうすんだよ?」
「ヤバいものって何よ!とにかく、あたしはあれがいいの!あれが好きなの!」
 いよいよ本気で心の底から呆れ果てたライの大仰なため息が、はあ、と広い部屋に響いた。冗談じゃない。ただでさえライでも目のやり場に困るほどのトップスだ。近頃では、接客を手伝うリシェルの事を変な目で見ている客だって時々いるというのに。これ以上こいつをあんな目で見られるなんて絶対に嫌だ。
「とにかく!もうやめろ!あんな服着て店に来られると、その……、困るんだよ!!」
 言った瞬間、リシェルが泣きそうな表情になったのに、ライは気が付かなかった。
「……つまりあんたは、あたしの所為で店に迷惑がかかる、そう言いたいのね……?」
「………。そうだよ」
 店の為にライの為に無償で接客を手伝ってくれる彼女にもうこれ以上嫌な思いはさせられない。そう思ってついた嘘は、
「……出てって」
 彼女にとって何の意味も為さず、むしろ逆効果だった様だ。
「出てって!帰って!今すぐ!!ライのばかっ!!」
「な……っ、何だよそれ!」
「知らないわよ!あんたなんか!顔も見たくない!!」
「そうかよ!くそっ、二度と見舞いなんか来ねえからな!!」
 舌打ちをすると、椅子を蹴る様に立ち上がり部屋から飛び出していた。

 何しに来たんだ一体などと自分に問うまでもない。喧嘩をしに来た訳では決してない。自分の馬鹿さ加減にライは頭を抱えた。今思えば、出てってと言ったリシェルのあの時の顔。少し泣きそうだったかもしれない。本当に馬鹿だ。リシェルに言われても仕方がない。
 戻ろう。そう決断してからすでに半時間。考えたくなかった可能性がついに結論としてライの口からこぼれ出た。
「どこだよ、ここは……」
 迷ってしまった。完全に。どうしてこうも無駄に広いものか。そしてどうして人を誰一人見かけないのか。まるで世界にただ一人残されてしまったかのような、孤独感がライを包む。だんだんと脱出不可能な迷路の中にでもいる様な気がしてきて、知らず汗がこめかみを流れた。
 その時、今までに何十回と見てきて、訳の分からないデザインを暗記してしまうほど見飽きた扉の一つが、薄く開かれている部屋がある事に気付いた。近づき、そっと中を窺う。倒れた椅子が見える。ここに間違いない。
 ノブに手をかけた。戻ってこれた事への安堵感と、再び相対する事への緊張感。妙な心境のまま、ライは扉を開けた。
「リシェル……?」
 静かだった。何の音も聞こえない。窓を閉めきっているので風も入ってこない。そんな静寂の中に彼女はいた。
 リシェルは寝ていた。掛けられた布団が規則正しく呼吸に合わせて上下している。よくよく耳を澄ませば微かな寝息が聞こえてきた。椅子を起こすと、リシェルの枕元に腰掛けた。
「……!」
 彼女の頬に一筋の跡を見つけた。泣いていた事の、証拠。長い睫毛に浮いている雫を、そっとすくってやる。
「ばかやろ……。泣いてんじゃねえよ……」
「……誰のせいだと思ってんのよ」
「!起きてたのかよ」
「今眠りかけてたところだったんだけど」
「う……、そりゃ悪かったな」
 少し所在無さげにライは椅子の上で肩を竦める。
「えっと、その……、なんだ。さっきのアレ。実は、嘘なんだ」
「なんなのよ、今さら」
「まあ……、そういう事だから、気にすんな」
「何よ、それぇ」
「そんじゃな……。ゆっくり休めよ?」
 そう言って立ち上がりかけた時、白く細い手首が伸びてきて、ライのエプロンの裾を掴んだ。
「リシェル?」
「……もうちょっと居なさいよ」
「お前……」
「っ、ばか!あんたが寂しいと思ってに決まってるじゃない!」
「……訳、分かんねぇぞ」
 半眼でリシェルを見下ろす。熱の所為か、はたまた恥ずかしさゆえか。紅潮した顔半分を布団に隠す様にして、彼女はしっかりとライのエプロンを掴んだまま、消え入りそうな声で続けた。
「いいから、居てよ。……せめて、あたしが眠るまで……」
 そんな彼女が、何だかどうにも可愛らしく思えてきて、素直じゃないなぁ、こいつも、そしてオレも、なんて思うと少し、笑いが込み上げてきた。
「へいへい。それまではどこにも行かないでここに居てやるよ」
 エプロンを掴まれたまま、そう言って椅子に座り直す。腕を組んで、目を瞑る前に、酷く満足そうに目を瞑ったリシェルの顔が見えた。





 ここまで読んで下さってありがとうございます。
 リシェルとルシアンの服に付いた家紋がとっても気になるこの頃でした。ブロンクス家が服を出してるかどうかは知らないけど、服までブロンクス製かよ!とツッコミを入れずにはいられません。
 ポムニットさんがああいうの出来ないとか勿論願望です。(妄想サイト)ただポムニットさんが、おじょうさまおぼっちゃまの味方なのか、旦那さま寄りなのか、と考えたところ、姉弟よりだったらいいな〜と考えるとそうなりました。
 ちなみに、“あんな寒い所”とは、ルトマ湖、です。この風邪がライに感染ったかどうかは定かではありません。






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あきゅろす。
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