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*summon night*
linker(ハヤト×カシス)

【linker】


 一人で家の外に座っていると、小さな頃を思い出す。まだ年端もゆかない頃。いたずらをして、それを隠そうとして、それがバレてしまって、親にこっぴどく叱られて、家から放り出された時。よくこうして家の門の前で一人ぽつんと座り込み、泣いたものだった。
 今になってそんなことを思い出すのは、この状況があの頃と似ているからか。それとも、柄にもなくホームシックになってしまっているのか。
 いや、きっと今自分は、とても不安なのだ。
「ハヤト? まだいるの?」
 元孤児院の、質素だが頑丈なドアが少しだけ開いて、中から赤毛の少女が顔を覗かせた。
「リプレ」
 リプレは心配そうな表情でハヤトを見つめる。
「もう寒くなってきたし、そろそろ中に入ったら?」
 そう言って彼女は両腕をさすった。
「ありがとう、リプレ。でも、まだ剣の素振りとか終わってないからさ。それが終わってから入るよ」
「そう? なら、もう何も言わないけど……」
 とは言え、納得していない表情。ハヤトは曖昧に微笑んで、リプレを見送る。
「そんなに心配しなくても、カシスならちゃんと帰ってくるわよ」
 そう言い残して、ドアがばたんと閉められた。
 ――お見通し、か。リプレには敵わないな。
 なんとなく気恥ずかしくなって、ハヤトは頭をがしがしと掻いた。
 嘘ではない。
 今この間に剣の鍛練もしようと思っていたし、先日の魔物との戦いで手に入れたサモナイト石で召喚石の精製もしようと、ここに持って来てもいる。ただ、それをする気が、なかなか起きなかっただけで……。
 ふう、とため息をつく。
 ――言い訳か。
 心中は相変わらず落ち着かない。
 陽が落ちると、この辺りはとても暗くなる。城の方や商店街ほど賑やかでないいわゆる“田舎”であるサイジェントの端っこでは街灯や家灯も消えるのが早い。
 そんな中、ハヤトは一人フラットの玄関の外で座り込んでいた。
 カシスが戻ってこない。
 今日の昼過ぎに、ふらりと誰にも何にも告げずにフラットを出たまま。
 元々どこか一人であろうとする傾向がある少女だった。しかしだからといって決して人付き合いが悪い訳ではない。フラットの仲間の輪にも入るし、愛想も良い。だけど、ハヤトには何故だかいつもカシスが孤独な気がして仕方ないのだ。
 そして、自分が何故これほどまでに彼女のことが気になるのかも、分からない。分からないが、とにかく早くカシスの顔が見たかった。気だけが焦り、思いが募った。
「ハヤト? 何してんの、こんなとこで?」
「あ……、カシ、ス……?」
 ずっと待ち望んでいた召喚師の少女が、怪訝そうな顔でハヤトを見下ろしていた。あまりにも突然で、あっけなくて、ハヤトはぽかんと馬鹿みたいに口を開けて、カシスを見つめた。
「寒くない? 中、入んないの? 風邪ひくよ?」
 カシスはハヤトの目の前にしゃがみこんで、心底不思議そうな様子で言った。
「あ、もう……、戻ってこないと、思った……」
 カシスの眉が寄る。何言ってるの? とでも言うように。
「戻ってくるに決まってるじゃない。あたしはここしか居るところがないんだから」
 その言葉がひどく悲しく聴こえて、ハヤトの胸がずきりと痛んだ。当のカシスは、そんな台詞をさらっと吐いた上に全く気にしていない表情で腰に手をあてている。その様子がさらにハヤトを苦しくさせた。
 思わず言葉を失って俯いてしまう。その様子を見て、カシスは何か言いたそうにしたが、ハヤトからは見えない位置で何かを考えるように視界をさ迷わせてから、やがてハヤトの隣に腰を下ろした。
「もしかして、待っててくれてた?」
「え?」
 顔を上げると、非常に近い位置にカシスの顔があった。ハヤトの顔を覗きこんでいたらしい。超至近距離で一瞬だけ見つめあってから、ハヤトは素早く顔を逸らした。頬が心なしか熱い。
「あ、当たり前だろ? カシスは俺のパートナーなんだから」
「それ、どういう意味で言ってんの?」
「どういう、って……」
「まあ、いいや。待っててくれてありがとね。じゃ、入ろ!」
 言って立ち上がる少女の腕を、ハヤトは咄嗟に掴んでしまった。当然、立つことが出来ずに、カシスは尻餅をついてしまう。
 訳が分からない、といった様子で丸くなったカシスの瞳。
 これだと思った。
 どれだけ笑顔を見せようと、どれだけ愛想よく振る舞おうと、いつだってそこに“カシスは居なかった”。それが今、ちらりと垣間見えた気がした。
 自分はきっと、カシスに会いたくて、カシスと一緒に居たくて、カシスを独りにさせたくないのだ。
「な、何――ふがっ!?」
 “混乱”から“怪訝”へと変わり、ハヤトを見るカシスの小鼻を、きゅっと摘まんでやった。途端にあたふたとなる少女。こんなに狼狽えるなんて、珍しい。ハヤトはだんだん愉快になってきて、堪えきれずに笑い声をあげた。
「な、何すんのよ!」
「だって、カシス、今“ふがっ”て……! ははは!」
「キミがいきなり鼻なんか摘まんでくるから! あーもう! 訳分かんないったら!」
 少し強引過ぎただろうか。だけど、ハヤトの手から逃れて抗議の声をあげながら涙目で顔を真っ赤にしているカシスの様子が、なんだかとても可愛らしく思えて、そしてそんな彼女の表情を見られたことが、今はとにかく嬉しかった。
 そう。
 これだった。
 フラットには優しい人達がいて、別の世界から来たハヤトにも優しくしてくれて、そして何より絆が溢れていた。
 カシスには、絆が無かったのだ。
 誰ともくっつかず、繋がっておらず、独りぼっちの召喚師。ハヤトにはそれがずっと気になっていた。
『ここしか居るところがないんだから』
 その言葉も、繋がりを感じない。
 だから、自分が繋がる。
 自分が、カシスの“帰るところ”になる。
「カシス」
「なによっ!」
 その為に。
 ずっと“居なかった”カシスに、“居て欲しい”。居てもらわないと、困る。ひどく自分勝手ではあるけれど。
「……おかえり!」
「……!!」
 ――君が居ることが俺は嬉しいんだ。
「た、ただいま……?」
 唇を尖らせて言いにくそうに呟いた少女と、細くて脆くて儚くても、一瞬だけ何かが確かに繋がったような気がして、ハヤトは嬉しそうに微笑んだ。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

カシスの色んな顔を引き出したいハヤト。カシスはハヤトの前でだけおろおろしてたらいい。



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