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*summon night*
hide and seek(ライ×リシェル)
 不便で仕方ない。


【hide and seek】


 素直じゃないヤツほどよく物事を考えている。何故そうなのかというと、それを言いたいのに言えないということはすなわち心の中でアイツにとっての何か思うことがあって、それが言いたいことを邪魔しているに他ならないからだ。それだけアイツはたくさんのことをその胸の内にくるくると考えているのだろう。気に入らないことは気に入らない。そんな意見ははっきりすっぱりと言うくせにそういうところはちゃんと思考を巡らせているのだから何だか意外だ。
 さてそれでは、アイツの中のどんな思いが、アイツが本当に言いたいことを邪魔しているというと、そこは正直言ってオレには分からない。というか、あまり分かりたいとも思わないし、分からなくていいところだと思っている。まず、アイツが言いたいことを言えずにくるくると何かを考えて、その為に眉間に皺が寄ったり何故か顔が赤くなったりと百面相しているのを見るのが楽しいし、何より少しだけ微笑ましい。こんなことをもしアイツに言ったら間違いなく怒るだろうな、とか考えたら何だか笑えてくる。
 そして、その色々と考えた上での突拍子もない発言や、そのせいで振り回されたとしても、それはオレにとって“楽しいこと”になるのだ。
 今も何かを必死で考えているのだろう。探るような茶色い瞳がカウンターごしにオレの様子を窺っている。昼のかき入れ時を過ぎた忘れじの面影亭は、客もごく少数まばら。注文も入っていないので、洗い物にスポンジを泡立て皿を擦る。何だか言い出しにくそうなのは、誰にも聞かれたくない内容の話なのか。キョロキョロと出入口の方を何回か振り返っては手元のコーヒーをすする。十分に挙動不審な目の前の客に、オレは努めて気が付かないフリをした。
「……ねぇ、ライ」
「あ?」
 恐らく突拍子のないことを考えているのか、声が普段の調子とは若干違う。またコイツは何を言い出すつもりなのかと身構えてしまう反面、実は少しだけ楽しみでもあったりするのだが、気付かないフリを決め込んでいるオレはさっきから何も変わらない手の動きとペースで顔も上げずにただ皿を擦り続ける。
「あんたさぁ、何か欲しいものとか、ない?」
「……は?」
 予想通りの奇妙な質問に、思わず眉をひそめた。
「だからぁ!何か欲しいものよ!ないの?!」
「悪りい、リシェル。意味分かんねーんだけど」
 それが、リシェルにとって言うのが躊躇われる内容だということは、会話切り出し前の挙動不審さから見ても確実だ。でもだからといってそれがどうなる訳でもなく、分からないことは分からないのでどうしようもない。故に聞き返す。躊躇われる様な内容を何度も口にすべき羽目になるリシェルは顔を真っ赤にして口をへの字にして、まるで、“何回も言わせないでよ!”とでも言いたげな表情でオレのことを睨んでいる。
 ──そんな顔されてもなぁ……。
 居心地の悪いジト目から顔を逸らすと、最後の客が席を立つのが視界に入った。労いの言葉と代金を受けとり、それにオレも礼を返してから見送った。
 エプロンで手を拭きながら客が立った後のテーブルを片付けに向かう。綺麗に空になった皿に自然と頬が緩むのが自分でも分かった。
「何ニヤニヤしてるのよ」
「し、してねぇよ!」
 頬が今度はかっと熱くなった。言葉とは裏腹な正直な気持ちが顔に出る。
「してたわよ。気持ち悪いくらいに」
「……っ、悪かったな!ていうか、嬉しいに決まってんだろ。こんだけ綺麗に食べてくれりゃあ」
「そりゃあ、あの有名なミュランスの星を頂いたお店だもの。残したらバチが当たるわよね」
「お前なぁ……」
 どこか刺々したものがやたらと含まれる言い方に少しムッとしてしまう。
 確かにグルメじいさんに認められたことは素直に嬉しいが、ただそれだけのことだ。結果的にミュランスだの星だの雑誌だのと色々付いて回ってきて、店自体は前よりぐっと知名度も上がったが、それはオレにとっておまけのようなものでしかない。客がオレの料理を食ってくれて嬉しそうな顔をしてくれればオレも嬉しいし、ましてや完食した後の“うまかった”とか、“ごちそうさん”とか言う言葉なんて何物にも換えがたいオレへのご褒美だ。
 憮然とした様子でスプーンを口へと運ぶリシェルの表情が一瞬でほころぶ。口パクで読める言葉は、“おいしー”だ。釣られるようにオレも苦笑してしまう。そんなに長い間見ていた訳ではないと思うが、オレの視線に気付いたリシェルがスプーンをくわえたままオレのことを睨んだ。
「なぁに?人の顔じろじろ見て……。もしかして、あたしの顔に何か付いてる?」
 再び一瞬でふてぶてしい表情に戻ったことに、何となく惜しいような気持ちになる。いっつもその顔でにこにこしてりゃあ可愛いのに、などと思っていることはもちろん顔にも出せないが。
「そういう訳じゃねえけど……」
「もう!じゃあ何なのよ!」
「いや、お前って本当にいっつも美味そうに食うなぁ〜と思ってさ……」
 観念して思いのままを口にすると、カウンターごしのリシェルの顔が、たちまち赤くなった。
「な!悪い?!実際美味しいんだから仕方ないでしょ!」
「わかったわかった。悪かったよ。じろじろ見て」
 良家のお嬢さまらしからぬ仕草でスプーンを振り回しながら喚くリシェルに、褒めたいのか怒りたいのかどっちだよと内心思いながらも仕方なしにそこは謝っておく。
「何なのよ。訳分かんない」
 まだぶつぶつと口の中でオレへの不満を垂れる顔は、デザートの続きを口に入れた途端にまた和らいだものになる。
 ──コイツは気付いてなんかいないんだろうなァ……。
 リシェルは百面相だ。一日の内に表情がくるくると変わり、実に色んな感情を見せてくれる。その中でもオレが一番好きなのがこの表情。オレの料理を食って嬉しそうにしているコイツの表情が、正直オレは一番可愛いと思う。
 皿洗いの最後の一枚を濯ぎ終えた時にあることを思い付いた。
「なぁ、お前さっき、オレに何か欲しいものはないかって言ったよな?」
「え?ええ、言ったけど」
「そしたらさ、明日もここに来てくれよ。それで、ディナーを食ってくれ」
「は?」
 すごく拍子抜けした様子で、リシェルは元から大きな瞳をさらに大きく見開かせた。危うくスプーンを取り落としそうになって、あわてて持ち直す。怪訝そうに眉をひそませて、“そんなのでいいの?”と言った。
「あぁ、それでいい。……ってか、それがいい」
 少し不満そうな、それでいて何かを考えるような目付きでオレを見つめるリシェルに、オレはそう言い切った。無論だ。今のオレに欲しいものといえば、コイツの“あの顔”。そしてもう少しわがままを言えば、他の客への注文やら料理やら清算やらそういったものが一切ない環境で、オレの一番好きなものをゆっくりと楽しみたい。
 つまり、リシェル・ブロンクスへの全店貸切りだ。もちろんディナータイムの時だけだが、その日の売上は完全に落ちる。それでもオレにわがままが許されるのなら、オレの望むものはそれしかない。
「ダメか?」
 初めに、欲しいものはないかとリシェルに聞かれた時には考えもつかないほど切実な気持ちで、そう聞いていた。いったん欲しいものが出来ると、途端にめちゃくちゃ欲しくなる。困ったようなリシェルの顔に、半分あきらめを感じながら返事を待っていると、観念したかのようにため息を吐いた。
「わかった。いいわよ、あんたがそれでいいんなら」
 カウンターごしのリシェルから見えない位置にあるオレの両手は、小さくガッツポーズだ。

 丸一日と少しばかり時間の過ぎた忘れじの面影亭。万全の準備で迎えたただ一人の客は、予想外にも正装で来店した。オーダーメイドなのだろう。サイズからデザインまで彼女にぴったりで、いかにも良家のお嬢さまといった清楚で可憐な雰囲気が醸し出されている。居心地が悪そうにもじもじと萎縮しているお嬢さまは、びっくりしたオレの視線に照れたように顔を赤くして、“それなりの格好で来ないと失礼でしょ、あんたにも”と言った。うっかり“まごにもいしょう”という言葉が口からこぼれた。親父語録だ。耳ざとく彼女が“何よそれ”と聞き咎めるが、意味を知りつつも“何でもない”と言っておいた。言うときっと鉄拳制裁を食らう羽目になるからだった。

「あ〜、美味しかった!」
 前菜からメインからデザートまで好物を全て平らげたリシェルは、およそお嬢さまらしからぬ動作で伸びをした。その様子に感無量の思いを感じながら、オレは“そりゃどうも”と苦笑してしまう。大体正装までして雰囲気はいつもとまるで違うのに、“ここ、あたしの場所だから”といつものようにカウンター席に陣取るから滑稽だ。そんなオレをよそに幸せそうな伸びから一転、リシェルは憂い顔でため息を吐いた。オレが訊ねるまでもなく、ぽつりと呟く。
「こんなはずじゃなかったのにな……」
 今後は訊ねる。
「何をだ?」
 組んだ手に顎を乗せ、リシェルは言う。
「あんたへのプレゼント。あれだけ頑張ってあのお爺さんに認められてさ、ちゃんとお祝いしてあげようって思ってたのに、……何だかあたしの方がこんなに良い思いしちゃってるし」
 なるほど、そういうことかと、突然欲しいものを聞かれた理由をようやく納得することが出来た。全く、素直にものを言えないというのは何と不便なことか。この場合、“リシェルにとって”だが。この少女は自分の目的を果たせなかったことを悔いている。“あんたがそれでいいんなら”と言った時、少し不服そうだったのはその為だったのだろう。しかし、リシェルはオレの本意を知らない。オレもまた、素直に意見の言える人間ではないからだ。
「あのな、リシェル。オレはもうお前からとっくに欲しいものをもらったんだぜ?」
「えっ?」
 驚いてリシェルが顔を上げる。その大きな瞳からの視線を受けきれなくて、オレはふいとそっぽを向いた。“何を?”とでも言いたげにオレの回答を待っている様子だが、そんなの恥ずかしくて言える訳がない。“お前の笑顔が最高のプレゼントだ”なんて、絶対に口が裂けても言えない。
「──っ!?」
 その時、オレの頬を柔らかな衝撃が襲った。
 オレは知らなかった。その時のリシェルの行動の理由が。それがただの彼女の勘違いだったということが。その時リシェルが、落胆した自分に気を遣ってオレがそんなことを言ったのだと、意味を履き違えていたのだということが、オレは全く知らなかった。
「今あげた……っていうのは、ナシ……?」
 素直に意見が言えないということは確かに不便だ。勘違いも多いし、無駄にくるくると考えることも少なくない。だけどどうやらそんなに悪いことばかりでもないらしい。そうやって不器用にしか出来ないところが、きっとオレ達の持ち味なのだろう。
 たまらなくなってカウンターごしに抱きしめた少女は、盛大に赤くなって何を言おうかくるくると考えながら、相変わらず百面相をしていた。




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あきゅろす。
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