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*destiny*
Pink and Black(シン×ルナマリア)

【Pink and Black】


 その光景を見た瞬間、シンはぎょっとした。普通なら目を逸らすものなのだろうが、なぜかその光景に張り付いてしまい、離れない。
「どうした? シン」
 自分より歳上の機付き整備士に声をかけられて始めてシンの呪縛が解けた。慌てて、なんでもない、と返したものの、心臓はおかしな拍動を続け、顔も不自然に熱い。さっきの一瞬の内に頭の中で静止画像がインプットされてしまった。
「そうか、なら続けるぞ」
 シンの戸惑いなど微塵も気付かない整備士は、機体各機関の起動のデータの説明を再開する。
 頭に叩き込まないといけない大切なことが、半分も頭に入ってこなかった。

 ようやく士官学校のモビルスーツパイロット課程を卒業出来た頃、シンの境遇は、同じくして卒業出来た者の中でも“エリート”と呼ばれる部類に入っていた。強くなりたくて、強いパイロットになりたくて、強いモビルスーツに乗りたくて、その一心で実技も学科も無心で己の脳に身体に叩き込んだ。結果、卒業と同時に渡されたのはザフト軍モビルスーツパイロット資格と、赤い軍服だった。欲しかったのは、自分自身の兵士としての強さと強いモビルスーツだったので、エリートなんて肩書きはそのついでみたいなものだった。
「おい! ちゃんと襟元を留めんか!」
 だから、上官からの軍服の着用についての小言など、辟易するより他になかった。
「じゃあ、あれは良いのかよ?」
 “あれ”とシンが指した指の先にあるその光景は、前代未聞の光景だった。
「あたし? あたしはちゃんと留めてるわよ、襟元」
 前代未聞がきょとんとなって自身を指した。
「な! おい、お前その格好はなんだ?!」
 シンと同じエリートの証である赤の軍服に身を包んだ一つ歳上の少女は、軍人とは言えないピンクのミニスカートから、細くて長い脚を惜しげもなく晒していた。
「なに? あたし何か変ですか?」
「その台詞、本気で言ってるのか?」
「これのこと? だって服の着方のマニュアルなんてないし切っちゃいけないなんて聞いてもないし」
「な……」
 そのまま口論に突入する二人からぷいと顔を背け、馬鹿馬鹿しいと胸中で毒づく。自分と同じようにこの場に呼ばれ、上官からの本題を待っているもう一人の少年も、無表情で微動だにせず立っている。少女と上官の口論は続く。いい加減にしてくれ、とこの場を辞したい気分だったが、ため息を吐きなんとか耐えた。
 今日この場に自分達がよばれたのは、今後の身の振りと、いよいよ自分達に宛がわれる搭乗機の発表の為だったからだ。
 
 シンは上気していた。興奮とも、喜びともつかない、なんとも言えない気持ちがシンの内面から彼を突き動かしている。ただただ、モビルスーツの操作手順についての分厚いマニュアルと向き合う時間に没頭していた。
 宛がわれた機体は、 ZGMF-X56S インパルスガンダム。ザフト軍が新開発し、ヴェールアウトしたばかりの最新鋭のモビルスーツだった。
 ーーガンダムに乗れる。
 エリートとは言え、士官学校を卒業したばかりの新米軍人に、何故そのような最新鋭の機体が与えられたのかはシンには知る由もないが、“ガンダム”という、他のモビルスーツを凌駕するポテンシャルを持った“ブランド”に自分が乗れるという事実が、シンを今までにないくらいに奮い立たせていた。
 ーーこの力でおれは……。
 その為にはこのモビルスーツを完全に使いこなせるようにならなければならない。モビルスーツ以外の事など頭に入ってこないほど、そればかりにのめり込んでいた。
 不意にPCのウィンドウの表示する時刻を目にする。
「!」
 次の招集の時間が迫っていることに気付き慌てて自室を飛び出した。

 実際に機体に触れて、整備士からの説明を受けていると、自分がこれに乗って動かし、敵と戦うのだというイメージが湧いてきて、より気持ちは高揚する。インパルスガンダムは、“ガンダム”の名に恥じず、さすがに量産型のモビルスーツよりも様々な面で複雑な構造だが、その特徴は分離・合体機構の導入と、武装換装システムだった。
「だから、お前の乗るモビルスーツは格段に複雑で、覚えることが他のモビルスーツの三倍はある。死ぬ気で叩き込め」
 機付き整備士が初っ端にそう言って脅してきたときは無言の睨みで返したものの、実際蓋を開けてみるとその言葉が大袈裟な表現でないことを知った。まだ全ての序の口だと整備士の言う、機体の心臓部であるコックピットユニット、“コアスプレンダー”の起動訓練。そのコックピットシートに収まり、ボタン、レバー、ディスプレイに浮かぶ文字、各部位の説明をシンは頭に叩き込んでいく。
 ふと、開かれたウィンドウハッチから、コアスプレンダーから少し離れた位置にある、赤い機体が目に入った。直立した人の形をした機体から降りてくるのは、機体に合わせたかのように赤い髪をした少女。数日前の下らないやり取りが脳裏に浮かぶ。相も変わらずピンクのミニスカート姿であるということは、結局上官が折れたということなのか。
 ーー馬鹿馬鹿しい。
 いつの間にか脱線していた思考を戻そうとしたその時、格納庫に訓練から帰投した別のモビルスーツが収容されるのが、警報で察知出来た。ぶわっ、と風圧が格納庫に拡がる。
 その瞬間だった。
「どうした? シン」
「……なんでもない」
「そうか、なら続けるぞ」
 一瞬訝しげな表情を浮かべた整備士は、再び説明を再開させた。

 格納庫から基地への道すがら、シンは怒りを隠すことなく歩いていた。己の胸の内にある苛立ちの原因を、シンははっきりと理解していた。マニュアルの内容が頭に入ってこない。整備士の説明が脳を素通りする。それも、数日前にあの光景を目にしてからだ。
 そうだ。そもそもの原因は彼女だ。彼女が“あんな格好”で普通にうろうろしてるから悪い。あんな気が散るような格好で、男人口の高い格納庫を平気で歩くーー、
「ルナが悪い、全部っ」
「あたしが、何?」
 聞こえた声にぎくりとなる。振り返ると、思った通りの人物が後ろから歩いてきていた。
 ルナマリア・ホーク。赤服モビルスーツパイロット。シンの同僚にして一つ歳上の少女。士官学校時代に膝丈の制服のスカートをはいていた彼女は、あの日上官に言われた時と何一つ変わっていない、ピンクのミニスカート姿だった。シンの脳裏にある光景が浮かび、顔がかあっと熱くなる。
「ねえ、あたしが何だってのよ?」
 腰に手を当てて下から覗き込むように上目遣いで睨んでくる。最近はルナマリアよりも少しだけ背が高くなったので、もう見下ろされることはない。その分、下からすくい上げるように迫られると、違った圧迫感があり、シンは思わずのけ反ってしまう。
 ーーなんでおれが慌てなくちゃならないんだ。
 ちょうど良いタイミングだ。この機会に言ってやれば良い。最近気になっているのだと。そのせいで不調気味なのだと。
 原因は全部、その……。
「う……」
 視線が下がり、まじまじと見てしまった。シンだって年頃の男の子だ。気安い男仲間ほどあからさまでないにしろ、“そういったこと”に全く興味がないわけではない。だけど、集中したいときに集中出来ないのは煩わしい。だから、
 “脱げ”
 そう言えたらどれほど楽か。
「なによ。黙っちゃって」
 でも、似合ってないと言えば嘘になる。黙認した上官は諦めたのだろうか。自分もその内慣れるのだろうか。言うべき言葉と言いたい言葉が出てこない。目の前の現況に、脳内フィルムに焼き付いた画像が鮮明にフラッシュバックする。
「……っ」
「なんなのよ。言いたいことがあるなら言いなさいよ?」
「………言えるかよ」
「あ、そう。あたしは言いたいこと、あるわよ?」
 気まずさのあまり、うつむかせていた顔を反射的に上げると、挑戦的に蒼い眸を光らせるルナマリアの顔。
「あんたさ、インパルス動かせるようになったら、あたしと勝負しなさいよ」
「はぁ?」
「ガンダムに乗れるからって余裕ぶってると許さないから。あんたの整備士が言ってた。最近シンは覚える気があるのかわからない、って」
 絶句してしまう。一体誰のせいだと思ってるのか。
「あたし負けないから。ザクであんたのガンダムに勝つから」
 ムッときた。ミニスカートなんてはいてる奴が量産型でガンダムに勝つなんてどの口が言うのか。インパルスがザクよりどれほど複雑でどれほど覚えることが多いのか、分かっていないからこそ言える台詞だ。
「言ってろよ。っていうか、おれがザクでルナがインパルスだったとしてもおまえがおれに勝つなんてありえないから」
「言ったわね! じゃあ絶対に勝負しなさいよね!」
 白くて長い指を鼻先に触れそうなほどの距離に突きつけて言い放つルナマリアに、返事の代わりにふん、と鼻を鳴らしてシンは踵を返す。
「ちょっとぉ、約束しなさいよ!」
 軍靴を鳴らして足早に基地へと歩を進めるシンの頭に、もはやルナマリアのミニスカートの件など微塵も残っていなかった。代わりに自分がやらなければならないことの再認識と、それに対する決意が再燃し、シンを奮い立たせていた。やがてちょっとした噂になっていた“新米ザフトエリートのミニスカート”も、周囲が目に慣れたのか、囁かれることもなくなっていく。モビルスーツやモビルアーマーの収容、搬入に伴う突風や風圧があっても、ようやく支給されたパイロットスーツを纏っての訓練の為、シンが例の光景を目撃することは、結局のところあの日以来なかったのだった。
 それでも、彼女のその姿が“無防備”
であることは変わりないわけでーー。

「ディオキアに着いたら休暇もらえるんだって。最近ずっと出撃続きだったから休暇なんて久しぶり。何しよっかなぁ……、って、ねえ、シン! 聞いてる?」
「……………」
「なあに? 赤い顔して」
「……おまえのせいだよ」
「はあ?」
 思いもかけず彼女の無防備さを再認識した時には、やはり言おうか言うまいか、頭を抱えてしまうのであった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

ザフトだって軍隊なんだから、突っ込む人くらいいてもいいはず。どれだけ柔らかくて自由な集団だとしても。シンはラッキースケベらしく時々どきどきしてたらいい。



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