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*destiny*
relic(シン×ルナマリア)

【relic】


「それ、あんたの携帯なの? ずっと気になってたんだけど」
 それ、と言われて手の中のピンクの携帯電話を開いて何かを閲覧していたシンが、きょとんとルナマリアを見る。それから、半眼で口を尖らせた。
「そんなわけあるかよ。妹のだよ」
「ふうん。ねえ、ちょっと見せて」
 と言いつつも、ルナマリアは内心どきどきしていた。アカデミーの頃から今に至るまで、シンが思い詰めた表情でピンク色の携帯電話を手にしていたのをルナマリアは何度か見た事があった。聞いた話によると、勝手に触ったパイロット科の同期に殴りかかったこともあったらしい。それほどまでに大切な物。それを見せてくれだなんて自分も思い切ったものだ。
 直ぐに返事が返ってこないことが、拒否の証として、ルナマリアは目を閉じてため息を吐いた。その時、
「ほら」
 声と共に目を開けると、ルナマリアの前にピンク色の携帯電話が差し出されていた。思わず目を丸くしてしまう。
「いいの……?」
「お前が見たいって言ったんだろ?」
「う、うん。ありがと……」
 言って、そっと受け取る。薄型、軽量化の進んだ、今出回っている機種と比べて、何やらそれだけでは足らないようなずしりとした重さを感じた。開けていいかと訊ねると、シンは意外にもあっさりと首肯した。
 現れた壁紙は、楽しそうな少女の笑顔だった。訊かずとも知れた。
「妹さん……?」
「ああ」
 快活そうな幼い女の子が写っていた。さまざまな形のクッキーの乗った天板を抱えて、嬉しそうに微笑んでいる。可愛らしい子だと思った。シンのそれとは異なって茶色い色の髪の毛をしているけれど、目元の辺りとかシンと似通った部分がある。
 ――シンの家族。
 ルナマリアの胸が不自然にどきどきとした。
 士官学校の頃から今に至るまで、数え切れないほどの時間をシンと共にしてきたけれど、今の状況はこれまで踏み入ったことのない領域だということを実感する。普段はぼんやりとしていて、だけどすぐに頭に血が上ってしまうところがあって、それでいて誰かが傷つけられているようなことを決して見逃せない、優しい少年。強くなることにひた向きで、モビルスーツの操縦の上達の為に努力する姿は鬼気迫るものすら感じられて、時々思い詰めたような顔をしていて。それが少なくともルナマリアの知る限りの“シン・アスカ”という名の少年だった。
 自分は今、そんな少年の未知だった部分を知ろうとしているのではないか。そう思えてならない。いや、そうなのだろう。今まで彼が思い詰めた表情をしていても、自分はその訳を訊いたりしなかった。何故だか訊いてはいけない気がしていた。だから、わざと明るく、気を逸らせるような話題を振ったり、もしくは心配しながらも彼をそっとしておく、などに留まっていたのだ。
 ちらり、と視線を上げてシンを見る。彼は、かつてパイロット科のクラスメートに勝手に見られて殴りかかったこともあるほどの大切な携帯電話をルナマリアに見られることに興味は全くないのか、ぼんやりとレクルームに備え付けられたスクリーンからのニューズ映像を眺めていた。
「ねえ、他の画像も、見せてもらってもいい?」
 そう訊ねてみた。シンがルナマリアの方を見た。
「ああ。いいよ。でも、面白いものなんてないぞ?」
「うん。ううん。ありがと」
 そう言ってルナマリアの指が画面をスクロールさせていく。
 それは、少女の幸せな日常だった。
 クッキーを頬張る家族(おそらくシンの両親)、振り向いた瞬間を狙ったのか、肩越しにびっくりしている兄。
 ああ、自分は今、これまで踏み入ることを避けてきた彼の領域に、確かに触れている。それが許されている。そのことに言い様のない気分になる。
 妹さんやご両親が健在であるかなんて、口には出さない。それほど自分は愚かじゃない。シンは何も言ってくれないけれど、きっとそういうことなのだろうと思うし、口に出すことすらはばかられているのかもしれない。
 ただ、彼の家族を見せてくれたこと、大切にしている思い出をルナマリアに見せてくれたこと。それだけで満足だった。
「ありがとう。可愛い妹さんね」
 ルナマリアから携帯電話を受け取り、シンは曖昧に頷いた。
「口うるさいだけだったけど」
「どこの家庭でも、妹っていうのはそういうものなのね」
「……真っ直ぐなやつだったんだ」
「え……?」
 ルナマリアはシンを見つめる。思い出を探るような目で、宙に視線をさ迷わせながらシンはぽつりぽつりと呟く。
「楽しかったらめちゃくちゃ楽しそうで、怒ったら思いっきり膨れてさ。この携帯を買ってもらった時も写真撮ってくれってうるさかった。でもほんと、いつもなんにでも、真っ直ぐだったんだ。妹のやつ」
「そう、なんだ。でもそれって、シンにそっくり。さすが兄妹だね」
 言うと、シンの顔がほのかに赤くなった。
 こんな風にシンが彼女のことを話してくれるなんて思いもしなかった。そのことに微かな驚きと、嬉しさを感じてルナマリアも微笑んだ。
「何笑ってんだよ」
「え? ううん。嬉しいなあって思って」
「何が?」
「あんたのこと。また知らないことを一つ知れた、ってのが」
 言ってにっこりと微笑むと、シンは居心地悪そうに肩をすくめながら、
「そんなに知りたがりだったかよ、お前?」
 なんて言う。
「あんたのことに関してはね。あんたはあたしに何の関心もないみたいだけど」
 そう言ってシンをじっと見つめてみた。うっ、と言葉に詰まったようにシンの表情が、ぎこちなく固まった。
「だ、誰もそんなこと言ってないだろ?!」
「へえ。興味あるの? あたしのこと」
 シンのそばににじりよって至近距離から彼の顔を見上げた。シンは顔を真っ赤に染めて、ルナマリアから逃れるように、顔を背けてしまった。どうやら少しからかい過ぎたらしい。
「ごめん。でも、本当に嬉しかったのよ。あんたの妹さんやご両親の顔を見せてもらえて。そういうの、誰にも見せたくないのかと思ってたから」
 誰にも胸中を語らない分、記憶の中の家族に慰めてもらっていたのかもしれない。そう思うと何だか少し情けないが、その家族を見せてもらえたことは、きっと特別なことだと思う。
「別に。自分から見せたり話したり、するようなことじゃないだろ」
 依然として顔を背けたまま彼はそう言った。もしかすると、訊かれれば話してくれたのだろうか。誰にでも――。
「それに……、ルナになら、いいかな、って」
 聴こえた声は聞こえるか聞こえないかというほどの微かな声だった。それが聴こえたことが、なんとも幸せに思えた。ルナマリアは嬉しそうにシンの横顔を見つめる。
 青年の精悍さと少年のあどけなさを併せ持った顔はまだ少し赤かった。




ここまで読んでくださってありがとうございます。

もしルナマリアがピンクの携帯を見せてもらえたら、な駄文。結局あの携帯は今後どうなっていったんだろう。



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