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*destiny*
fixed star(シン&ステラ)
【fixed star】


 ――何でこんなことになったんだっけ……。
 陽が落ちかけた薄暗い空。もうほとんど境目の分からない水平線を見ながら、シンはぼんやりとそんな事を考える。
 湿った生乾きのシャツ。海水に濡らされてベタベタになった髪。肌を撫でる潮風は夜の気を帯びて少しだけ冷たい。
 ただの休みだったのが、とんでもない一日になってしまった。今朝まだホテルに居た頃の自分が、今のこの状況を果たして予測出来ただろうか。
 恐る恐る後ろを見る。こうなった原因の少女は、今はもう白と青のひらひらとした服を纏い、膝を抱いて座っている。シンはこっそりと胸をなでおろした。先ほどまで、自分達はほとんど裸だったのだ。それというのも、海に落ちて着ていた服がずぶ濡れになったのだから、それを乾かす為に脱がなければならなかったのも仕方のない事だと言えば仕方ないのだが、それにしても不可抗力で見てしまった少女の裸が脳に焼き付いて離れない。
 ほっそりとした体。たき火の炎に照らされた艶やかな肌。女の子らしい丸みを帯びた腹や腰のライン。そして、柔らかそうな……。
 ――〜〜っ!!何を考えてんだ、おれは……っ?!!
 勝手に女の子の裸を思い出して勝手に恥ずかしくなるなんて、本当に情けない。これではただの変態だ。
 そんなことより救援はまだなのか。じっと耳を澄ませてみても、シン達の居る洞穴に何かがやってくるエンジンの音も、ローター音も全く聴こえない。聴こえるのは、パチパチとたき火の炎がはぜる音、打ち寄せる波の音、それから、何かを擦るような音。
「?」
「うぅ……」
「ステラ?」
 後ろを振り返る。金髪の少女は、膝を立てて座ったまま、両の腕をさすっていた。
「ステラ、どうしたの?寒いの?」
「うぅ〜……」
 シンの問いかけに答えるでもなく、少女はひたすら両腕をさすり続ける。その姿にシンの胸はざわつく。
「だ、大丈夫だよ、ステラ!もうすぐ救援が来るから!うん、ほんと」
 ほとんど自分に対して言い聞かせるかの物言いだが、それには気付かずシンはことさら明るくそう言った。
 大丈夫。
 ここまで乗ってきたバイクに搭載されているジーピーエス機能でおおまかな居場所は分かるはずだし、多分今居るこの洞穴もバイクを止めてある場所からはそんなに離れていないはずだ。大丈夫。すぐに救援が来る。そうしたらこの少女も保護してもらってすぐにディオキアに届けてもらおう。
 だから、それまでは自分がこの子を守る。
「………?」
 妙な感覚がシンを包んだ。先ほど、少女を落ち着かせる為に抱きしめた、その際も感じた正体の分からない違和感。
 勇気とも取れず、期待や希望、自負といったものでもない。だけど、少女を――ステラを見つめる度に、そばにいるごとに、そんな不可思議な感じになるのだ。
「……さむい……」
 その内にステラの震えが見てとれるほどになった。さすっていた手を止め、両膝を抱え込み自分で自分を抱きしめる。
「ステラ……」
 名前を呼ぶだけで胸が苦しくなる。ざわつく。
 何とかしてやりたい。ステラの辛い顔は見たくない。その顔に笑みを浮かばせてあげたい。
 見れば、たき火の火はチロチロとかなり頼りないものへと変じていた。火の勢いを強めねばならない。しかし、集めてきた木枝は使い切ってしまった。洞穴の奥へと視線を巡らす。黒い穴がぽっかりと口を開けている。またあそこへ行けば、流木の一つや二つ見つかるかもしれない。
 立ち上がりかけて、やめた。
 今のステラを一人にしておくことなんて出来なかった。かといって、連れ回すことも出来ない。
「ステラ」
 少女のそばに寄り、そっと肩に触れた。何とも細い肩だった。今まで、一度だってこんな気持ちになったことがあっただろうか。
 家族を亡くした。力を欲した。何も出来ない無力な自分が嫌だった。力を手にした。それからは自分の思いのままに力を行使した。力によって踏みにじられる人を見るのは嫌だった。だから、力をもつ自分がそれらをなぎ払う。当然の事だと思った。自分には力があるのだから。これでもう無力感も惨めさも味わうことはない。
 でも、その気持ちと、今この小さな少女に対して抱く気持ちはどこか違う。それが何かは分からない。分からないけど、守りたいと思う。無くしたくないと思う。少女の為だけに、そう思えるのだ。
「大丈夫だよ、ステラ。おれがついてる。おれが絶対守ってあげる」
 少女の背中を、シンは優しくさすってやった。そうすることで少しでも彼女が温かくなるように。
 少女の体温を手のひら越しに感じる。この温かさを失ってはならない。守れるのは自分しかいない。
「シン……」
 振り返った少女がシンを見上げて少しだけ微笑んだ。それに、シンはにこりと笑い返す。
「大丈夫」
 少女にも、自分にもそう言い聞かせて、シンは少女の背中を優しく優しくさすり続けた。



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